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ギレイの旅  作者: 千夜
14章
381/561

精霊召喚

 王都を過ぎた道の途中、そこは渇いた大地だった。

極端に精霊が少ないと、白は言った。

僅かにある緑も、どこか元気のないように、色あせて見える。

こっちの体まで、ひどく疲れてくるようだった。


「なんだか気が乱れてるんだね。せめてもう少し精霊がいたら、私でも力になれるのに……。」

精霊の力を借りて魔法を使う白は、歯痒そうに大地を見下ろす。

多くの生き物が、活力を失っているのがわかる。

この辺りに、何か邪気の流れが通ったのかもしれない。

精霊達が、逃げ去るような、よくないことが、あったのだろう。


「だからこそ、助けが必要なのに……それができないなんて。」

精霊を呼び出すには、大量の魔力と、大掛かりな下準備が必要だ。

それも、これだけ大規模な枯れた地では、1体、2体の精霊では到底足りない。

白が一人で精霊を呼び出しても、3、4日はかかる。そして、精霊を呼び出す儀式召喚のための魔法陣などを作るアイテムも持っていなかった。


 王都に戻って、調達しなければならない。

そして、キャンプのための食料等も必要になる。

しなくてもいいことだが、白がしなければ、次にいつ、それの出来るものが来るかもわからない。

まして、この地は段々に滅びに向かっているのだから。


 白は、今日ここに留まり、明日早くに王都に戻ることを儀礼と獅子に伝える。

二人とも、快く承諾した。

白が必要というなら、大切なことだと、理解しているから。

焚火を焚いてテントを張る。

引き返すにしても、渇いた地を暗闇になるまで行くよりは、少しでも緑のあるほうが安心できる。


「なんか食うもん探してくる。」

シュタッと片手を上げると軽い足取りで獅子はドコカへと駆けて行ってしまった。

腹が減っていたんだろう。

儀礼はその様子を苦笑混じりに見送り、近くの木に背をもたれて座る。

その対面あたりの石を椅子がわりにして白が座った。


「ごめんね……。」

ぼそりと、小さな声で白が言った。

申し訳なさそうで、顔を下に向け視線を伺うようにちらちらと儀礼に向ける。

「なんで? あやまることないよ。」

心配させないよう儀礼は笑う。


 これだけ荒れた大地は問題だ。何があったのかは知らないが、もともとここにいた生き物達はどうなったのだろう……。

悲しい予想のついてしまう儀礼は目を閉じる。

そして、故郷の森を想い起こした。


 青々とした木々、やむことのない鳥達の鳴き声。

1番好きだったのが、森の少し奥にあった小さな湖。

透き通った水と、揺れる水面が綺麗で、いつまでも眺めていた。

儀礼はその一つ一つを思い出す。


 体に染み渡る冷たい水、湿った土と若草の匂い。

きらきらと風で輝く葉からの木漏れ日。

儀礼の体を暖かいそれらが包んでいるような感覚を味わう。

儀礼は体から疲れが消えていくのを感じていた。気付けば、冬の寒さも感じない。


 俯きながら、儀礼が瞳を閉じるのを見守っていた白。

この空気だ、疲れていても無理はない。

白は話し掛けるのをやめ、静かに、自分に似た容姿の少年を見つめる。

自分では自覚がなかったが、こうして見ると、似ていると言われる彼がずいぶん綺麗な顔立ちをしていると気付く。

綺麗、と言うよりもむしろ、愛らしい可愛らしい、という少女のような表現が似合うが。


 男の子の振りをしている白としては危惧すべきところだ。

そんな事を考えていたら、儀礼の体が淡く光り出した。

驚きながらも白は冷静を心掛ける。

周囲への影響がないところを見ると精霊、もしくは魔法系統の現象のようだ。

白は注意深く観察しながら息を飲む。


 何が起こるのかわからない。

こんな風に人が光るのを見たことがない。

儀礼が敵意を向けるはずはないし、光も悪い感じはしないが、警戒してしまうのは仕方のないことだろう。

そう思っているうちに、光が中心、儀礼の胸元あたりに収束していく。


 そして、白は信じられない光景を目にした。

収束した光が、白の見慣れたものへと姿を変えたのだ。

それは、小さな人型に美しい羽の生えた姿で淡く、青く光る――水の精霊。


 白が驚愕してる間にも再び、儀礼の体が光り出す。

収束の後に現れたのは黄金に輝く大地の精霊。

それから、光はやむことなく続いた。赤く燃える火の精霊。鋭い緑は風の精霊の光。

短い時間。そう、儀礼の瞑想の間に、辺りは精霊達で賑わっていた。

呼び出された精霊達は嬉しそうに儀礼の回りを飛び回っている。


(精霊の召喚……!!)


 それも、魔法陣も詠唱もなしに完全な儀式召喚をやってのけたのだ。

しかも、属性の違う複数体を連続で。

それは、白の、いや人類の思考の外にある出来事だった。

白はしばし、茫然と見入っていた。その奇跡の光景を。


 渇いた大地に、精霊達が翔けていく。

何の願い(詠唱)も、命令(呪文)もしていないのに――。


 ――風が変わった。暖かい、けれど渇いていない、息吹の感じられるものに。

 ――日差しが変わった。刺すような鋭いものから、穏やかな陽だまりに。

 ――大地が変わった。枯れ始めていた植物がみずみずしく顔をあげる。

 ひび割れていた地面がわずかに揺れる。揺れた大地から――水が湧き出した。

辺りに染みだし、砂を土に変えてゆく。木々の葉を雫が湿らせる。


 一見したら、何も変わっていないような変化。でも、精霊達の数が違う。

あとは、精霊達がここに留まってくれるような物があれば、この地は満たされていくだろう。

それは、白の守護精霊、シャーロットの力で、小さな泉でも作り出せば事足りるものだった。


「どうしたの、白?」

目を開いた儀礼が不思議そうに首を傾げて白を見ている。

不思議なものを――奇跡を見たのは、白の方だと言うのに。


 今、儀礼が行ったのは、精霊の儀式召喚だ。

それも、魔法陣も、詠唱もなしに行ったありえない出来事。

やった当人は、魔力の減少や疲れを感じている風もなく、きょとんとしているだけだった。

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