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ギレイの旅  作者: 千夜
13章
375/561

思わぬ出会い

 新年の花火を見た後は、初詣に神殿へと向かった。

大勢の人の流れに乗って、皆が神殿へと歩き出す。

人々がずらりと並んでいるので、どこもすごい人混みだった。

段々と神殿の内部に近付いてきたところで、儀礼の顔色が目に見えて悪くなってきた。

貧血の影響だろうと思われる。


 心配した僧侶の一人が、神殿の奥で休むようにと提案してくれた。

儀礼は感謝を述べて、その神殿の奥へと足を進める。しかし、その歩みは遅い。

すぐに、獅子が儀礼に肩を貸す。

それで、ようやく儀礼はまともに進めるようになった。

だが、案内された部屋に入ろうとしたところで、突然、勢いよく火の精霊、フィオが入るのを止めた。


《待て! 入るな、儀礼! だめだっ!》

慌てたように両手を広げて、儀礼が進むのを止めようとする。

しかし、残念ながら、獅子にも儀礼にもその必死な様子のフィオの姿は見えない。

その悲痛とも取れる叫び声も届かない。


「待って、ギレイ君。入っちゃダメだって、フィオが言ってる。」

白が慌てて二人を止めようとしたが、時すでに遅く、二人はその部屋の中へと入ってしまっていた。


 そこには――、昔、儀礼を剥製はくせいにしようとした男が、自身が剥製となって飾られていた。


「あっ。」

その男を見た途端に儀礼は息を飲む。

だが、すぐにふぅーと、大きく息を吐き出した。


「大丈夫だよ、フィオ。ありがとう。僕を心配してくれたんだね。僕はもう、怖がってるだけの子供じゃないから。怯えたりもしないよ。」

バチバチと警戒したように燃え盛る、部屋のランプの炎に向かって、儀礼は微笑む。

そこには、男に向かって怒りを露わにしたフィオの姿があった。


「……うん。父さん、犯人をどこに連れてったのかと思ってたら……こんな外国の神殿の中なんて。なんだか、親子だなって気がしてきたよ。」

どこか遠くを見つめて儀礼は呟く。


 氷の谷で犯罪を犯していた首謀者の氷付けを、儀礼は近くの神殿へと運び込ませた。

長い時間説法を聞けば、改心するのではないかという考えの下だ。

父親が、同じ様な考えで、儀礼が普通ならば出会いもしないような、こんな遠い外国の神殿に犯人を送り込んだのだと思えば、本当に、よく似たものだと思えてくる。


 儀礼が誘拐されかけ、剥製にされかけたのはもう10年も前のことになる。

つまり、この男はここで10年もの時を過ごしてきたのだろう。

いったい今、何を思っているのだろうか。


「まさか、こんな所で会うなんて。……見つけてしまったのね。」

後ろから聞こえた声に振り向けば、そこに立っていたのは、30代と思われる美しい女性。

それに、背の高い茶色の髪の男性が並んで立っている。


「……ツイーラル?」

驚いた様子で儀礼はその名を口にする。

こんな所に居るはずのない、ドルエドの女性が、フェードの王都の神殿の中にいた。

「毎年、ここに様子を見にきていたのよ。この男の。」

ツイーラルが悲しげに呟く。


「大勢の人に紛れれば、俺達がここに入ることも気付かれないだろう。」

そう言ったのは儀礼の義理のいとこ、シュナイ・センバートだ。

「レイイチさんが、お前が二十歳になるまで、この男をここに置いておくって契約をしたんだ。お前が自分で相手を裁けるようになるまで、な。本来なら、15歳で成人なんだが、……レイイチさんも案外、心配性というか、親ばかだよな。」

くしゃりというような、苦い笑いで、シュナイは儀礼に言う。


 案内した僧侶も、まさか、儀礼がここに通してはいけない人物だったなどとは思いもしなかっただろう。

本当に偶然にここに通されたのだ。

「……じゃ、あと5年。ここで、反省してもらいますか。」

苦い笑いで、儀礼は動かない男に笑い返す。

あの時、幼い日、儀礼は本当に死ぬような思いを味わった。


「――とは、さすがに言えませんよね。解放してあげられませんか?」

儀礼はシュナイとツイーラルへと向き直る。

こんな、人を物として扱うようなことへの監視を、大切な友人にさせ続けることなど、儀礼にはできない。

「レイイチさんが、契約しちゃってるからな。貸し出し料金みたいのもの発生してるんだよ。料金もらってる分はちゃんと置いておかないと……な。」

困ったようにシュナイが答える。


「15年刑期、って考えたらいいのかな……。幼児の誘拐、監禁、殺人未遂なら、それくらい普通?」

こてんと首を傾げて、儀礼はディセードへと問いかける。

「……死罪でもおかしくはないな。こいつか、直接見るのは初めてだな。いっそ死刑でよかったんじゃないか?」

聖人のごとく飾り付けられた犯罪者を見上げて、ディセードは吐き捨てるように言う。


「ギレイ、そちらは?」

ディセードたちを見て、シュナイが尋ねる。

お互い、面識のない者どうしだ。

獅子と拓たちはシエン人なので、見ればシエンの村の者だとわかるだろう。

しかし、ディセードとリーシャン、白は……。


「こちらが、ディセード・アナスターとリーシャン・アナスター。このお祭りに連れてきてくれたんだ。お世話になったの。こっちは白。僕の弟。」

最初にディセードたちを示して、儀礼は紹介し、次いで、儀礼にそっくりな白を紹介する。


「……ギレイ、いつそんな大きな弟が生まれたんだ。俺、レイイチさんから聞いてないぞ。」

理解不能、と言った様子でシュナイは大きく首を振る。

「あっ、間違えた。この子は白。拾ったんだ。そっくりだから、弟ってことにしてるの。」

しまったという顔をした後、儀礼はにっこりと笑って、白を紹介し直す。

「拾ったって……。」

その言葉も理解できないようで、シュナイはしばらく呆然としている。


「それで、この人たちは、シュナイ・センバートさんとツイーラルさんって言って、父さんの知り合いで、僕の友達なんだ。」

儀礼はディセードたちにシュナイとツイーラルを紹介する。

獅子達も、ツイーラルに会ったのは初めてになる。

管理局や町に儀礼は大人の友達がいる、という程度の認識でしかなかった人物だ。


「初めまして、ディセード・アナスターです。ギレイにはいつも世話になってます。お二人のお話も伺っています。ギレイの秘書をされていたとか。」

ディセードが二人に握手のための手を差し出す。


「ああ。今は断られてしまって、お役御免なんだがね。よろしく。儀礼が世話になったそうだね。ありがとう。親族として、レイイチさんに代わって礼を言うよ。」

シュナイが丁寧に言う。

「初めまして、私はツイーラルです。この度はギレイくんがお世話になったそうで、ありがとうございます。」

ツイーラルもディセードたちと握手を交わし頭を下げる。


「わ、私は、しろ……シャーロ・ランデです。初めまして。」

自分の名前を忘れかけていた白が挨拶を交わす、儀礼がくすくすと笑っている。

「シャーロ君。……ギレイ、この子の名前、シロじゃないじゃないか。」

睨むようにシュナイが儀礼を見る。

「呼びやすいから。」

にっこりと儀礼は笑う。


「でも、少し前のギレイくんを見ているみたいね。本当にそっくり。」

懐かしいものを見る優しい瞳で、ツイーラルが白を見つめる。

美人に見つめられた白は、照れたように頬を赤く染め、困ったように儀礼の背後に隠れた。

「本当に兄弟みたい。」

くすくすとツイーラルは笑う。その笑顔もほんわかとしていて優しい雰囲気だ。


「で、これが儀礼の好みと。」

ぼそりと小さな声でディセードが儀礼をひじでつつく。

「黙ってろ。」

不満そうに声を低くして儀礼は答えた。

その手は、懐の銃に伸びている。

ディセードはおとなしく口をつぐんだ。

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