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ギレイの旅  作者: 千夜
13章
364/561

誘拐犯の捕縛

「花束だとね、手がふさがっちゃうでしょ。手を繋げなくなっちゃうんだよ。母さんがいつもそう。片手にかばんで、片手に花をいっぱい摘んで。僕は後ろからついてって、落とした花を拾うの」


 儀礼が言えば、ツイーラルがくすくすと笑った。楽しそうだ。


「その花のくきには、保湿の効果がある汁があるから、刻んで布で包んで、お風呂に入れると肌にいいんだって。それで、花びらは一枚ずつはがして浮かべると、香りが増すんだってさ。『やすらぎこうか』って言う匂いだから、寝る時にもいいんだって。図鑑に書いてあった」


 儀礼は得意げに言う。


『レイイチ君は町一番の秀才だった。自分の力で王都の学院へ行く力をつけたよ。そして、本来3年制の学院を2年で卒業資格を得た』


 突如、シュナイは父、テクロ・センバートの言葉を思い出した。

 そんな人間が本当にいるとは思わなかった。

 いたとしても、身近になんているわけがないという、非現実感の方が強かった。

 だが、シュナイは今、確かに実感していた。

 軽い重み。細い手足。幼い少年の、世間話として語る言葉は、一般の知識を超えている。

 専門職の域。

 ほんの短い時間の、ごく一部しか聞いたわけではない。

 それでも、その少年の会話に、シュナイの頭には『聡明』という言葉が自然と浮かんできた。


「――そしたらさ、お風呂入った時にも、僕のこと思い出してね」


 いつの間にか、考え込んでいたシュナイははっと会話に意識を戻す。

(美女の入浴中の空間にお邪魔するとは、お前、なかなかいい身分だな)

「シュナイさんの次でいいから」


 無邪気な少年は継ぎ足すように言う。

(俺もいいご身分だ)


「本当はね、ポプリにしたら長い時間もつけど、一輪じゃそれには足りないから、やっぱり、香りを出すなら、お湯に入れるからお風呂に入れるのが一番かなぁ」

 シュナイの頭の上で、花の使い道に持ち主でない儀礼が悩んでいる。


「他の花びらと混ぜてポプリにするのもいいわね。この花は一輪でも香りが強いし」


 嬉しそうに瞳を輝かせているツイーラル。本当に、そういう作業が好きなのかもしれない。


 そうこうするうちに、ようやく管理局が見えてきた。

 その入り口付近は、なんだか物々しい雰囲気で、大勢の警備兵が集まっている。その数、十人以上。

 その中心には、このあたりでは珍しい、黒い髪の男。

 警備兵とは違い、制服は着ていない。一般人だろう。


 シュナイは儀礼を下ろす。

 何かあったのなら、すぐに動ける態勢の方がいいだろうと判断した。

 しかし、下ろしたとたんに儀礼は駆け出す。


「おい、ギレイ! 危ないかもしれない。何かあったようだ。待てっ」


 シュナイの声に一瞬振り返り、にっこりと笑うと儀礼はまた、子供とは思えない素早さで人ごみを抜けて行ってしまった。


「父さんっ!!」


 嬉しそうな儀礼の叫び声が人ごみの間から聞こえてきた。

 人ごみを掻き分け、はぐれないよう、シュナイはツイーラルの手をつないだまま、その管理局の入り口まで抜け出てみれば、儀礼が黒髪の男性にしがみついて泣いている。


 そう言えば、シュナイは一度だけその男を見たことがあった。

 ヨーシアの形見というものを持ってきた親子を父に紹介されたのだ。

 珍しい黒髪と、金色の髪の親子。

 その時は、特に興味がなかったので、珍しいと思っただけで忘れていた。

 シエンに住む、シュナイの小さないとこ。


「ギレイ。良かったな、父親に会えて」


 シュナイが微笑んで言えば、儀礼は恥ずかしそうに涙を拭った。

 今さら照れるようなものでもないと、シュナイは思ったが。


「シュナイ・センバートさん。息子がご迷惑をおかけしたんですね。申し訳ございません」


 深々と黒髪の男、礼一が頭を下げる。

 シュナイの父に言わせるなら、その人はシュナイの『叔父』に当たることになる。


「気にしないでください。俺も楽しかったんで。美女とも知り合えましたし」


 そう言って、繋いだ手を示せば、ツイーラルが顔を真っ赤に染めた。

 思わず勢いで言ってしまった言葉に気付き、シュナイは慌てた。

 これでは、シュナイが随分と軽い男のようだった。


「あ、っと、本当に、あなたと出会えたのは幸運だと思ってるんで、信じてもらえると嬉しい」


 シュナイが焦るように言えば、ツイーラルは小さく頷いた。

 シュナイは心の中でガッツポーズをしていた。

 その時、警備兵の一人がシュナイたちの元へと近付いてきた。


「犯人を見つけましたよ。カメラに記録が残ってて良かったですね。すぐに手配できました。今回も未遂で済んで本当に良かったです」


 その男が礼一に言う。


「本当に、うちの息子のせいで迷惑をかけて申し訳ありません。これからは、必ず、管理局の中にいるように言っておきますので。ありがとうございます。皆さんのおかげです」


 礼一は何度も警備兵達に頭を下げて感謝をしている。


「いえ、むしろまたお手柄ですよ。捕まえた男二人が、吐きまして。近くに人さらいの一味がいて、見た目のいい子供を高く買い取ると聞いたと言ってまして。その場所に行ってみれば本当にいたんですよ。隣町で不明になっていた子供二人を保護できましたよ。誘拐犯一味も一網打尽です」


 はっはっはっ、と警備兵が笑う。


「それは、本当に無事で何よりです。うちの子も何事もなく帰ってきて本当に……」


 儀礼の頭をなで、礼一はまた、シュナイとツイーラルの前で頭を下げる。

 腰を垂直以上に曲げて、できる限りと言った感じで頭を下げた。


「本当に、息子を連れてきてくださってありがとうございます。命の恩と感じ入り、感謝してもし尽くせません。ぜひ、日を改めて、お礼に伺います」


 何度も、何度も頭を下げて、礼一は言った。


「……父さん、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに儀礼は言う。

 儀礼のせいで、父は頭を下げているのだと、幼い儀礼にもわかる。


「ばかだな。父さんは、お前が無事で嬉しいから、感謝してるんだ。儀礼が謝る事はない」


 礼一は儀礼の頭を撫でる。


「しかし、以前は管理局の内部での犯行でしたからね。子供の権利を奪うようなことになるので、連れて来るなとは言えませんし、護衛のようなものでも雇ったらいかがです?」


 警備兵が言う。

 シュナイは先程から気になっていた。

 この警備兵の言葉。


『今回も、未遂でよかったですね』

『以前は管理局内での犯行でした』

 その他にも、『捕まえた男二人』『誘拐犯一味』『子供を二人保護』。

 そして、『またお手柄です』。

 この親子は一体、どういう生活を送っているのだろうか。

2019/1/30、修正しました。

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