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ギレイの旅  作者: 千夜
13章
360/561

儀礼6歳迷子になる2

 儀礼は立ち止まらないよう、注意深く周囲を見ながら歩いていく。

視界の端にあの男たちが映らないか、慎重に見回しながら。

(まるで、山の中にいる時みたいだ。)

また、じわりと儀礼の目には涙が浮いた。


 山の中では気を許してはいけない。

害のない木々だけに見えても、どこに獣や魔獣が潜んでいるかはわからない。

身を隠し、こちらの様子を探っているかもしれない。

獅子倉の道場主である重気の言葉が頭の中に聞えた気がした。


 儀礼は、息も涙も飲み込み、意識を集中させる。

自分を、見ている目はないか。


 ゾクリと背中に何かを感じて、儀礼は後ろを振り返った。

そこには、隠れも潜みもしていない、心配そうに小首を傾げて儀礼を見ている女性がいた。

金に近い薄い茶色の髪に、灰色っぽい猫のような目。

儀礼がその女性を見たことに気付き、その人はにっこりと優しそうな微笑みを浮かべた。

どことなく、母に似た感じの、その優しい雰囲気に、儀礼の緊張は和らぐ。


 思わず涙が溢れだし、儀礼の両頬を伝った。

「あ、大丈夫? どうしたの? 道に迷ったのかしら?」

女性はすぐに駆け寄ってきて、いい匂いのするハンカチで儀礼の頬を拭いてくれた。

ふんわりと、女性からも甘いような、すうっとするような爽やかな香りが漂ってくる。


 儀礼はまた、流れ出た涙を、今度は自分の手で素早く拭って口を開いた。

「管理局に、父さんが。変な人たちに追われて、逃げて……っ。」

途中から、声はまた涙に変わってしまった。


「怖い思いをしたのね。いやね。隣町では2人子供がいなくなったって。一人でうろうろしちゃダメよ。管理局にお父さんがいるのね?」

女性が儀礼に尋ねる。

優しそうな雰囲気とは別に、知的な態度が感じられた。


 儀礼は声を出すことができずに頷いた。

声を出してしまったら、また泣いてしまいそうだった。女性の優しい微笑みに。

「結構、距離があるわね。歩いてきたの?」

聞かれて、しかし、儀礼は答えられなかった。

声を出せば泣いてしまいそうだし、走ってきたので、歩いてきたと頷くわけにはいかない。

儀礼は小さく首を横に振った。


「誰かと来たの?」

儀礼はまた首を横に振る。『一人で、走ってきた』のだ。

「馬車に乗った?」

儀礼はまた、首を横に振るしかなかった。


「困ったわねぇ。」

と、女性は小さく溜息を吐いた。

迷惑をかけている。

そう思って、儀礼は慌てて頭を下げて女性の元を離れようとした。

しかし、女性が儀礼の手を掴む。

儀礼は思わずビクリと震えた。あの男達を思い出す。


「あ、ごめんなさい。大丈夫よ。怖がらないで。私はツイーラル。ツイーラル・ハンダーよ。管理局には私もよく行くから、送っていってあげられるんだけど、歩くと30分位かかるの。大丈夫? 歩ける?」

にっこりと笑って、女性は儀礼のためにひざを折ってくれた。

同じ高さの目線でツイーラルと名乗った。

その顔はやはりとても優しく笑っていて、儀礼の母に負けない位の美人だと、儀礼は思った。


 心配そうに小首を傾げるツイーラルに儀礼は頷いた。

元々、走ってきた道である。

歩くならどうってことない。儀礼にとっては。

「僕はギレイです。」

やっと、気分が落ち着いてきたので、儀礼は名乗りを返す。

それが礼儀だと、儀礼は教わった。


「ギレイ……ちゃん? 変わった名前ね。外国から来たの?」

こっちよ、と儀礼の手を引いて歩きながらツイーラルが言う。

「男です。」

儀礼はよく言われる間違いを先に正した。


「えっと……男の子、なのね。ごめんなさい。あんまり綺麗だから。」

ちょっとぎこちなくツイーラルは笑う。

儀礼の目はさっきの男達を思い出し、疑うようなものになっていた。


「よかった、一つだけ残ってる。これください。」

そう言って、ツイーラルは儀礼の手を少しだけ強めに引っ張って、近くの露店であめを買う。

水色の、ビー玉のように綺麗なあめに、太い糸が付いていた。

なぜ糸が付いているのか、儀礼には分からない。


「はい。男の子だから青。一個だけ残ってて良かったわ。綺麗だからすぐに売り切れちゃうのよ。」

にっこりと笑って、ツイーラルは儀礼にそれをくれた。

知らない人から物をもらってはいけないと、儀礼は常々、重々言われていた。

しかし、これはもらってもいいだろうか。

きっと、断ったらツイーラルはがっかりするだろう。


「あの、いいんですか?」

儀礼は遠慮がちに聞いてみる。

「ええ。間違えちゃったお詫びだから。受け取ってもらえなかったら、私、困るわ。」

にっこりと、またツイーラルは笑う。

「ありがとうございます。」

頭を下げて、背を伸ばし、足をそろえて、儀礼は丁寧にお礼を言った。


「そんなにしなくてもいいのに。礼儀正しいのね。」

クスクスとおかしそうにツイーラルが笑う。

そして、「どういたしまして」と、嬉しそうに微笑んだ。

それからまた、ツイーラルは儀礼の手を握って歩き出す。

その手は柔らかくて、前を行くツイーラルからは爽やかな甘い香りが流れてくる。

それが、あめの甘い香りと混ざって、口の中に広がって、儀礼はもう怖い気分など、どこかに行ってしまった。

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