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ギレイの旅  作者: 千夜
13章
359/561

儀礼6歳迷子になる1

 儀礼が6歳頃のこと。

 町の管理局に儀礼は父と来ていた。

 その日は、父の用事が終わるまで、管理局の扉の外で町の様子を眺めて過ごしていた。

 入り口には監視カメラが設置されている。

 普通なら、何も起きないだろうと、礼一は儀礼が外に出ることを許可していた。


 儀礼が管理局の中で居ていい場所は、父の側か、待合室の受付の人から見える所、それから、カメラのある入り口など、限られた場所だけだった。

 管理局の扉の前からは、噴水のある広場が見え、露店などが立ち並び、見ているだけで楽しい。

 これだけ人目もあるので、絡んでくる不審な人物もいない。

 普通ならば――。


 その日、儀礼の前に二人の男が立った。

 一人は茶色いコート焦げ茶の帽子、鼻の下にひげを蓄えた40~50代の小太りの男。

 もう一人は、薄い茶色の髪で、それよりは少し濃い色の瞳。白っぽい肌。30代位だろうか。

 黄色に近い白っぽいコート。背は高くてひょろっとした細身の男。


「君、さっきからずっとここにいるけど、迷子かい?」


 心配そうな親切でかけてくれたと判る声。

 儀礼は顔を上げた。


「いえ、父が管理局に用があるので終わるのを待ってるんです」


 儀礼は答えた。

 男二人は、驚いたように顔を見合わせた。

 きっと、金髪の儀礼が、こんな所に長い時間座っていたので、旅行か何かで来た外国の子供が迷子になったとでも思ったのだろう。

 しかし、儀礼が答えたのは流暢なドルエドの言葉で、その上、返答にも慣れた様子。


「それにしては、随分長いこといるだろう。お父さんはまだなのかい? 今は寒くはないけど退屈だろう。かわいそうに」


 開く様子のない扉を見て、最初に話しかけてきた小太りの男が言う。


「慣れてるんで大丈夫です。それに、人を見てると楽しいんです」


 儀礼がにっこりと笑って答えれば、男たちはドギマギとし始める。

 そして、儀礼に聞こえない声で、何か2つ、3つ言葉を交わす。


「俺の家、すぐそばなんだ。時間があるなら遊びに来ないか? 趣味で結構な数のボードゲームを集めてるんだ。きっと気に入るのがあると思うぞ。ほら、あそこだ。二階の窓からこの入り口が見えるんだよ。お父さんが出てきたらすぐに分かるだろう」


 細身の男がにっこりと笑って管理局と広場を挟んで向かいにある何軒かの家の方を指差す。

 そのどれかは、はっきりとは分からないが、並んでいる3軒の家のどれかだとは分かった。

 そこから、儀礼がここでずっと待っている様子を見ていたのだろう。


「ありがとうございます。でも、父にここで待ってるように言われてるんで、ごめんなさい」


 頭を下げて、それから儀礼は申し訳なさそうに謝った。

 二人の男は顔を見合わせる。

 最初に話しかけてきた小太りの男が、小さく舌打ちをした気がした。

 そして、目で何かを合図した。扉の方を示した気がする。

 細い方の男が、小太りの男の目配せで儀礼の背後、扉の前へと回った。


 儀礼は二人の男に挟まれた形になる。

 少しの不安を感じながらも、儀礼は真っ直ぐに目の前にいるひげの男を見上げた。

 親切そうな顔にはいくつもの脂ぎった汗が浮き上がり、微笑む顔はどこかぎこちなく強張っていた。

 先程までの、優しい温もりは感じられない。


 その時、儀礼の両脇の下に、細い男の腕が差し込まれた。

 これは、人を抱え上げる時の仕草だ。

 わずかに足が浮き上がる感覚に、儀礼は慌てて地面を踏み切る。

 後ろの男に抱え上げられる力を利用して、目の前の男の顔、あごの下に蹴りを入れた。

「ぐおっ。」と、小太りの男が呻く。


「えっ?」

 と、驚いている様子の細い男の両腕を、儀礼は両手を上に伸ばして体を落とすようにしてすり抜けた。

 軽くしりもちをついて痛かったが、それどころではない。

 非常事態だ。

 逃げなくてはいけない、と儀礼は人通りの多い商店の方へと走り出した。精一杯に。

 何が起きたかよく分からず、目に涙を浮かせて、心に恐怖を溜め込んで。


 どれ位走っただろうか。

 初めのうち追いかけてきた二人の男も、儀礼が5分ほど走り続ければ、その姿も声もまったくしなくなった。

 しかしその後も、儀礼は不安で、怖くて、人のたくさんいる道を息の続く限りに走り続けた。

 そして、息が切れ、苦しさのあまりにゆっくりと足を止めたそこは、儀礼の知らない場所だった。


 小さな店がいくつか並んでいるので、人がいないわけではない。

 なので、住宅街に迷い込んだわけではない。

 人通りもある。

 けれど、帰り道がわからなかった。


 目に涙が浮いてくる。

 いや、元々浮いていたのだが、ついに流れ出した。

 けれど、声だけは押し殺す。

 また、あの男達に見つかりたくはなかった。

 今すぐにあの場所に戻っても、あの男達に見つかってしまうかもしれない。

 一体、何だったのか、儀礼には分からない。

 何が起こったのか、まるで分からなかった。


 人気のない場所は怖かった。

 けれど、知らない人間も、儀礼は怖かった。

 来たことのない町ではない。

 管理局には毎月、そうでない場所にも買い物などで、何度か父や母と一緒に来ていた。

 知っている建物を探そうと、儀礼は周囲を見回す。

 高い建物ならば、目印になる。


 しかし、その周囲には、儀礼の知っている建物はなかった。

 いくつかの店の店主が、心配そうだったり、不審そうに様子を伺うように儀礼を見たりする。

 今は、その目が怖かった。

2019/1/30、修正しました。

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