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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
357/561

メロディー

 その夜、ディセードの家に、家主である、父親が帰って来た。

「やっと帰って来れたんだな、父さん。」

玄関まで出迎えてディセードは言う。

「ああ。急いで帰ってきたんだが、お前が連れて来たって人はどこだ?」

帰りの挨拶も、ほどほどに、父親はディセードの肩を掴むようにして訊ねる。

『蜃気楼』の噂が父親のいたコーテルにまで届いていたのかもしれない。


 コーテルは『情報国家フェード』の中枢。

どんな噂話だって届かないはずがなかった。

「ああ、いるよ。すぐに来るよ。挨拶させるから。」

ディセードが言い終わらないうちに、玄関の騒ぎに気付いたらしい儀礼が歩いてきた。

服装は昼間のパーティーに出た時のままの正装。

ディセードの具合が悪かったために、儀礼たちは、ほんの少し前に会場の屋敷から家に帰ってきたばかりだったのだ。


「初めまして、アナスターさん。お留守の間にお邪魔してしまって申し訳ありません。」

儀礼は精一杯の背伸びをするように、丁寧な挨拶を心がけた。

いつも世話になっている、ディセードの父親だ。

家にも泊めてもらって、何から何まで世話になり、なにやら熱を出した時には迷惑もかけてしまったようである。

それから、ふと思い当たった。

儀礼にとって、ディセードが兄のような存在なら、この人は、儀礼にとっても父親のような存在。


 そう思うと暖かい気持ちになって、儀礼は嬉しくなって微笑んだ。

「お会いできて光栄です、アナスターさん。息子さんにはいつも大変お世話になっています。」

相手を真っ直ぐに見て、儀礼は握手のために腕を差し出す。

その儀礼の姿を見て、ディセードの父親は目を見張った。


「これは、本当に噂の通り……。」

そこで、言葉を失ったようにアナスター氏は言葉を途切れさせた。

それに気付かず、儀礼は挨拶を続ける。

「私は、ドルエドのギレイ・マドイと申しま――。」

「天女のごとく美しい人ではないか。光のような金の髪、透き通った茶色の瞳、麗しく整った顔立ち。このような方と知り合いになれるなんて何という光栄でしょう。」

儀礼の挨拶を遮って、アナスター氏は言った。

握り締める様にして儀礼の両手を取って。


「……え?」「……あ?」

儀礼は状況に対応できずに固まり、ディセードは父親の行動に呆れていた。

「父さん、よく見ろよ、そいつは――。」

父親の行動から、儀礼のことを女性だと勘違いしているらしいと感じ取って、ディセードはその手を離させて、説明しようとした。


「噂は本当だったわけね。」

そこに、冷たい女性の声が響いた。

冷たいのに、熱い怒りの気配に、儀礼は体を強張らせる。


「アナスター家のディセードが、パーティーで出会った女を家に連れ込んだって。他には、昔からの付き合いがあるようだとか、本物の恋人らしいとか。」

ほとんど棒読みのように告げられる、コーテルで流れていたと思われる噂の数々。


「待て、メロディー。その間違った噂はなんだ。それと、なんでお前がうちの父親と一緒に帰ってくるんだ?」

それが、情報国家フェードと呼ばれる国の中枢で手に入れられた情報なのかと思うと、情けなくなってくるのだが、その蜃気楼情報を隠したのも『アナザー』、ディセード自身なので、複雑な心境だ。

そして、もうひとつ。

その『蜃気楼』ではなく『恋人』をディセードが家へと連れ帰ったという間違った情報だけは、本物の恋人であるメロディーに信じてもらいたくないものなのだが。

メロディーと呼ばれた女性は、聞く耳持たないという風体で、アナスター家の玄関に腕を組んで立っていた。


「仕事帰りにおじ様に会ったのよ。この噂はどういうことだって、聞かれて、私の方が説明してもらいたい位だわ。」

とげとげとした口調でメロディーは語る。

メロディー。彼女がディセードの恋人らしい。噂の、ディセードが5年も結婚できずにいる相手。


「あなたが、ディーの……。初めましてメロディーさん。お会いできて嬉しいです。僕は――。」

挨拶をしようと儀礼が出した手を冷ややかに見て、メロディーはディセードへと向き合う。

「私、お別れを言いに来たの。可愛らしい恋人を見つけられたみたいね。おめでとう。いつからの付き合いかは知らないけど、私の知らない昔からの知り合いらしいわね。せいぜい仲良くしなさい。じゃあね!」

一言も、口を挟ませる隙を与えず、メロディーはそれだけ言い放って、扉を閉めてアナスターの家から出て行ってしまった。

「え?」

出した手をそのままに、儀礼は固まる。


「メロディー!」

ディセードがすぐに追いかけたが、メロディーは振り向くこともなく馬車に乗り込み、去っていってしまった。

この喧嘩は、儀礼のせいになるのだろうか。


 とりあえず、その日はメロディーに取り付く島もなかったらしい。

ディセードが彼女の家にまで言って、説明しようとしたが聞いてもらえず、メッセージも全て着信拒否されると言う。

このままでは、ディセードの生活の危機だ。

今までずっと世話になってきただけの儀礼は、ここで一つ恩を返すことに決めたのだった。


 翌朝早く、儀礼はリーシャンから聞き出したメロディーの家まで一人で歩いていった。

道中、どうやって、メロディーという年上の女性に儀礼とディセードの関係を納得してもらうか、一生懸命考えて。

早朝の新鮮な空気の中、冷たい空気と冷たい視線の中、儀礼は、真っ白な白衣に身を包んで、その女性の前に立ったのだった。

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