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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
356/561

殺気ってやつ2

「あんな、顔……すんなよ。」

目を隠したまま、ディセードが言う。

意味が分からず、儀礼は自分の顔に触れ、首をかしげた。

「怖かった??」

あっけらかんとした、明るい声で言う。

見ている時だろうか、と儀礼はポケットから小さな鏡を出してみるが、自分を見ても特に怖い顔をしているようには感じない。

自分だからだろうか、と儀礼はまた首を傾げる。


「違う。」

抱えていた両手を離し、ディセードは起き上がる。

そして真っ直ぐに、睨むように儀礼を見た。

その目が、ウサギの様に赤いことには、儀礼は気付かないふりをした。


「俺が、お前を殺そうとした時だ。」

ディセードは真っ直ぐに儀礼を見て、言った。


 ディセードがその時、儀礼の表情に見たのも、感じたのも、恐怖ではなかった。

それは、悲しみ。

深い深い、悲しみ。孤独と寂しさ。

なのに、微笑むわらう

命を奪おうと動いたディセードに対して、儀礼の表情から浮き出た言葉。

『仕方ない』。


(いいよ、殺して。)

ディセードにはそう、聞こえた気がした。

信頼を置く者に、狙われる命なら、くれてやる方がいいと。

自分の命などいらないと、自身の存在を否定するような孤独感。潔いまでの命に対する無欲ぶり。


 冒険者ランクを持ったとしても、Eランクのディセードの攻撃など、シエンで育った儀礼には本当に簡単に避けられるのだろう。

その身体能力を、確かにディセードは知っていた。

けれど、もしディセードがあの即席の武器を振るっていたなら、儀礼は本当に避けたのだろうか。

儀礼の態度に、ディセードは、死を受け入れようとしているような危うさを感じた。


「あんなもんじゃ、僕は死にませんて。」

ははんっ、と鼻で笑うような音が聞こえた。

目の前に視線を戻して初めて、ディセードは自分が思考に埋もれていたことに気付いた。

「あんなんで、殺そうとしたなんて言わないでよ。そしたら、僕、……毎日友達に殺されかけてることになるから。ホントに。子供の時から……。」

最後の方は、涙を伴い、儀礼はディセードにうったえる。


「お前の場合は、……あれ? え、とマジでか。」

自分の握った凶器を思い出し、ディセードは困惑する。

この少年は、本物の武器で友人たちに追い回される生活をしてきたのだ。

その事実を、ディセードは確かに知っている。

それを、当たり前の様に聞いてきた。

初めは冗談とか、大袈裟とか思っていたのだが、シエンにいるのは本当に本気で、武器を扱う子供たちだった。

そこで儀礼は、確かに生きてきた。


『また、拓ちゃんが弓矢で狙って来た、ひどいよね。掴んだら、手紙が付いてるの。矢文だよ、矢文。時代を考えろって。しかも、中味は“ちび”だし。』


矢を、射る方も射る方だが、素手で掴む方も掴む方だ。

そう言う場所で、儀礼は生きてきたのだ。


「お前、文人……か?」

自分を、まるきり運動のできない文人と豪語してきたディセード。

文人とは、そう言うものだと思っていた。

考え直してみれば、儀礼は、ディセードの周りで見れば、十分武人で通る力を持っている。

むしろ、Cランクのディセードの妹はおろか、この屋敷で護衛をしている者たちよりも、上の実力を持っているのではないか、とディセードはもう一度、儀礼に視線を合わせる。


 そこには、にぃ、と口を広げて、嬉しそうに笑う子供の姿。

「僕、初めてうさぎに勝った。」

ベッドの横にしゃがみ込み、瞳を輝かせてディセードを見上げる。

「大きくなっただろ?」

その成長振りを見せ付けるようにゆっくりと、儀礼は立ち上がる。

それは確かに、5歳の少年ではない。

15歳の、『蜃気楼』とまで呼ばれる少年だった。


「うさぎに勝ったから、もう子ども扱いするなよ。」

にやりと勝ち誇ったように笑い、フンフンと鼻歌を歌いながら、儀礼は部屋を出て行こうとする。

その後ろ姿には、微塵も命を狙われたとか、悲しいという気配を感じない。

「おい。」

ディセードは儀礼を呼び止める。


 後ろ姿だけの、見えない顔が気になった。心を隠すのが得意になった『蜃気楼』。

また話をすり替えられた気がした。

「ん?」

くるりと振り返った少年は、その態度のままに上機嫌な笑顔。

初の勝利に、本当に嬉しそうに笑っている。


『みんな、僕のこと能天気って言う。』


 その顔に、ディセードは儀礼のよく言っていた、不満げな言葉を思い出した。

うつうつと悩む状況など、カラッと忘れさせてしまうような、爽快な笑顔。

「間違ってない。……お前は、多分、能天気だ。」

ディセードの言葉に、儀礼の笑顔が固まる。

え? なんで? と、儀礼の顔に浮き出ている。


「褒めたんだよ。」

ディセードが笑えば、儀礼は首をかしげながらも、にっこりと笑う。

「褒め言葉知らない? 教えてあげようか?」

楽しそうに儀礼は笑う。


「うさぎ語だけど。」

くすくすと笑って、儀礼は扉を開けて出て行く。


 あの少年に与えられた『殺意に似たもの』は本当に恐ろしかった。

しかしそれよりも、自分の抱いた感情の方がディセードには衝撃だった。

人を殺そうとする心が、自分の中には眠っていた。あれが、本能と呼ばれるもの。


 ピコンと軽い音がして、ディセードの持つ端末に、儀礼からのメッセージが入った。

『食べ物と飲み物もらって来るから寝てていいよ』、と。

「能天気。」

もう一度その言葉を呟き、ディセードは笑う。

晴れ渡る晴天の空のような、爽快な気分が、ディセードの心に満ちていく。

「天気にる。ほら、褒めてんじゃねぇか。」

ディセードは楽しそうに、声を上げて笑った。

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