妙なる老刀
フィムの宝石はフィムの魔石とも呼ばれ、小さな石の中に高い魔力が詰まっている。
そのため装飾用としてのみならず、魔法使いや研究者達にも重宝されている。
フィムは魔力をエサにする虫と言われ、魔力の質を換える事により地中でも互いを識別しているらしい。
その魔力の性質により色ができあがる。赤は炎、青は水といった具合に。
七色集めると良いことがあると昔から言われているが、全ての効果が揃い魔除けアイテムになるのではと最近の研究者は考える。
儀礼はためらいなくそれを機械にかけて粉にした。イムの悲鳴が聞こえてきそうだ。
一色ずつ別の容器に入れていく。きらきらと輝く顔料のような物が瓶に入って並ぶ。
「何をやってる?」
工房内に響く騒々しい音にウォールは顔を歪ませた。
本来なら、工房も閉まっている時間帯だ。主に無理を言って借りたのだ。
宝石加工の工場を借りたいと儀礼が言い出し、ウォールは仕方なくついてきた。宝石かかえた子供など、夜盗の餌食だ。
しかしこの様子ではウォールの分の宝石まで粉にでもするつもりだろうか。
「蛇頭の退治費、老刀のメンテで手を打ちませんか?」
作業を終えたらしい儀礼がウォールを振り返って言う。
そういえば、一体目の魔物を倒した辺りでそんな話しをした気がする。
「それは別で出るそうだから、気にすることはない」
用がそれだけなら、ウォールは帰ることにする。無駄に時間を使った、と。
「僕が遺跡に行けるように口添えしてくれましたよね」
裏でした取引をなぜか知っているように言う儀礼。
ウォールにしてみれば、町で会った怪しい人間の観察の機会があったから使っただけのこと。
「用が終わったなら俺は帰るぞ」
言って、儀礼の視線の先にウォールの木刀があることに気付く。
「……お前が見たいだけじゃないのか?」
白い布袋に入った木刀を見せびらかすように振ってみる。
「うっ……」
儀礼が言葉に詰まる。
そこでウォールは儀礼が木刀を『老刀』と呼んだことに気付く。昨日もこの木刀を知っているような口振りだった。
儀礼が居住まいを正す。
「古代遺産、妙なる老刀。見せてください」
そう言うと、素直に頭を下げた。
ウォールが驚くほど丁寧に手入れをする儀礼。真剣な表情。
木刀の紋様に合わせ、細い筆のようなものでフィムの魔石の粉を塗りこんでいく。粉は吸収されるように紋様に溶けて消える。余った粉は油のしみこんだ布でふき取る。
塗っては拭き、塗っては拭き、たまに確かめるように指先でなでる。
儀礼は細かい作業に没頭し、1時間足らずでそれを終わらせた。
木刀は、木目の一つ一つがつやを持ち、小さな紋様までも鮮やかによみがえっていた。
試しに力を送り構えてみる。
今までにない輝きが木刀を包む。
「これは……すごい。むしろ俺が金を払わなくていいのか?」
メンテナンスというよりも修復だ。古代の技術を使った、正式な方法。
「いえ、もう。触れただけで満足です」
確かに儀礼は幸せそうな顔をしていた。
「どこで手に入れたんです? 『妙なる老刀』所在不明でしたよね」
片付けを終えた儀礼がウォールに聞く。
儀礼が手に持っているのは来る時よりも減った宝石の入った袋だけ。他に鞄のようなものはない。粉の入った瓶や筆はどこに行ったのか……。
問われたことを思い出し、ウォールはその木刀に出会った時を思い返す。
今よりずっと弱い頃。
深い森で魔物に追われ、使っていた剣は闘気に耐えられず朽ちた。
素手で戦うしかないと腹を括った時、触れていた大木の中でその刀が光りだした。
今思えば幻想的だったのだと思う。が、その時は生き残ることに必死で、鞘から引き抜くがごとく抜けた木刀を手にした。
それが『妙なる老刀』などという名の付く刀だと知ったのは随分と経ってからだった。
「ある、森の奥に生えてたんだ」
ウォールの言葉に、儀礼は不満そうに頬を膨らませる。からかわれたと思ったのだろう。
「いや、本当だって」
古代遺産の修復などという並はずれた技術を持つ少年の、あまりに子供っぽい態度。
可笑しそうに、ウォールは笑った。




