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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
345/561

リーシャン

 食事を終え、儀礼は風呂に入っていた。

徹夜での作業は認めてもらえそうにないので、明朝早く起きることにしたのだ。

朝早く起きる分には、文句は言われないだろう。

それが、5時だとしても、4時だとしても。

フフン、と翌朝やる愛華の整備を考えれば、自然と儀礼の口からは鼻歌が漏れる。

細かな機械の質がいいので、パーツに困らないのが助かる。


 普段は、儀礼は自分で部品の多少の微調整を行っていたのだが、ここに揃っているものは、みな、僅かな狂いもない新品ばかり。

それを好き勝手に使っていいとは、ディセードも人がいい。

蜃気楼を手元に置くことがそれ以上の利益をもたらすということに、儀礼はまだ、気付いてはいない。

いや、多分、『蜃気楼』という自分の価値に気付いていない。


 その時、風呂のすりガラスの向こうに人の気配がした。

こんこんこんと、扉が叩かれる。

「お風呂で寝ちゃってたりしない?」

高い声はリーシャンのもの。

「起きてます!」

慌てて儀礼は返事をする。


 思考に没頭しすぎて、かなりの時間を風呂場で過ごしていたようだった。

これでは明日の朝早く起きるという計画に支障をきたす。

儀礼がそう思って、上がろうとしたときだった。

突如、そのすりガラスの扉は開かれた。


 リーシャンが、服を着ていたことに、とりあえず儀礼は安堵する。

しかし、儀礼の方は逃げ場がない。

貴族の娘さんが、いきなり人の風呂場を覗きに来るとは何事だろうか。

まず、普通はありえない。

儀礼の思考が一瞬パニックに陥っていたとしてもおかしくはないだろう。


「本当に男の子なんだ。ディセード兄さんの浮気相手かと思ったのに。」

唇に指を当て、どこか残念そうにリーシャンは言う。

全ては見えていない。湯船に浸かっているので、見えているのは上半身だけのはずだ。

しかし、やはり淑女のすることではない。

「あのっ、何の話か分かりませんが、僕は男ですし、まず、出てってください。」

茹で上がりそうな全身に、とりあえずシャワーのコックを捻り、儀礼は湯船の中から真水をかぶった。


「メロディーが5年も付き合ってて兄さんと結婚しないのは、私の勘では、兄さんの浮気を怪しんでるからだと思うのよね。」

左手を口元に当てたまま、リーシャンは自分の推理を披露する。

「ないよ。うさぎが5年もプロポーズし続けて、断られてる話でしょ。のろけ聞かされる身にもなってよ。僕、恋人がいたこともないんだよ。」

冷たい水で頭を冷やしながら、儀礼は湯船の端にあごを乗せる。

メロディーとは、ディセードの恋人の名前だ。

元、王都の学院の同級生で、今は記者をしているらしい。


「でも女性にとっては25歳はもう適齢期よ。むしろアナスター家の未来を考えるなら、遅いくらいだわ。跡継ぎの顔を見る前にお父さんが死んじゃうもの。」

「そんなあっさり、自分の父親を殺さなくても。」

あまりに軽く言ってのけるリーシャンに儀礼は呆れてきた。


「でも、とにかく、兄さんには何か秘密があるわ。それを――あなたは何か知ってる。そうでしょう。」

突然、視線を鋭くし、口元に当てていた指で、リーシャンは儀礼を指差した。

ただの友人だと言う、管理局Sランクである『蜃気楼ギレイ』とディセード。

Sランクの者と「ただの友人である」ということが、まず、常識からは考えられないと、リーシャンは続ける。


「だけど。本当に友達なんだ。僕が、『蜃気楼しんきろう』なんて呼ばれる前から、穴兎――ディセードは、僕にとっては兄さんみたいな存在で、いろんなこと教えてくれて、たくさん話も聞いてくれて……。」

友達であるということを、ディセードの身内に否定されたような気がして、儀礼はひどく落ち込んだ気分になってきた。

友達だと思っていたのは儀礼の方だけで、本当はずっと迷惑だけをかけていたのではないかと。


「や、やだ。別に泣かしにきたわけじゃないのよ。どうしよう。」

儀礼の顔にかかるしずくから、泣いていると勘違いしたらしいリーシャンが慌てたようにタオルを手に取る。

実際、儀礼の顔はひどく落ち込んだ表情をしていた。


「あなたにとって、兄さんが兄だって言うなら、私にとってもあなたは弟よ。」

冷たい水に濡れるのも構わずに、リーシャンは儀礼の頭を抱きしめた。

二人の上に冷たいしずくが降り注ぎ続ける。


 リーシャンの衣服が水を含みその姿を透けさせていく。

柔らかい胸元が儀礼の頭を抱きしめている。

儀礼は、裸で湯船に浸かっていた。


 いろいろと、おかしな状況に、とりあえず儀礼は、朝月の銀の腕輪で、風呂場の外にあったバスタオルを引き寄せると、それを体に巻きつけて、その危険領域から脱出したのだった。


びしゃびしゃなまま、2階へと上がってきた儀礼に気付き、ディセードが驚いたように事情を聞く。

そして、リーシャンが風呂場に侵入してきたことを儀礼は告げた。

寒さの限界にあった儀礼は、そのまま与えられた部屋の布団の中へと飛び込んだ。

消えていたはずの暖炉に勝手に火が灯った。


「リーシャン!!」


ディセードの怒鳴り声がかすかにだけ、扉の向こうから聞こえてきた。

しかし、儀礼はもうそれどころではない。

体が冷え切り、歯がカチカチと震えて鳴っていた。

冬場に水など浴びるものではない、と回らない頭で儀礼は考えていた。


「あれでもギレイは男だぞ、何かあったらどうするんだ! お前も女なら常識を考えろ。冒険者ランクCが何だ、あいつはあれでもSランクの研究者だぞ。」

ディセードは常識はずれな行動に出た妹を叱りつける。

本来、叱り役のはずの両親はまだ帰ってきてはいなかった。


「あーら。やだ、兄さん。だからこそじゃない。」

うふふ、とリーシャンは濡れた顔に笑みを浮かべて答える。

「世界最高峰の、『Sランク』の研究者よ。管理局の『王様』。うまく取り入れば玉の輿。世界を操るのも夢じゃないわ。」

自分の想像に、恍惚とした表情でリーシャンは語る。


(……悪いギレイ。やはりリーシャンも『アナザー』の妹だった。)

ディセードは身内の呆れるような愚考に、心の中で友人に謝った。


 儀礼は、リーシャンが切り込んだ、「ディセードに秘密がある」ということに関しては、なんとか、『アナザー』という重要事項をバラすことなく、守りきった。

 しかし翌朝、当然のことながら、儀礼は風邪をひいて高い熱を出したのだった。

読んでくださりありがとうございます。

お気に入り登録してくださりありがとうございます。

評価くださりありがとうございます。

この場を借りてお礼を申し上げます。


2013/11/17、誤字修正しました。

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