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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
340/561

優勝パーティー

 翌日、フェードのとある町。

 武闘大会の行われた町の隣りビーツという町で、マッシャーという貴族の屋敷において、『黒獅子』の武闘大会優勝パーティーなるものが開かれていた。

 大会の出場者ならば、だれでも参加していいということで、多くの人で賑わっている。

 その他にも、マッシャー家の知り合いの貴族などが多く招待され、華やかなパーティーとなっていた。


 主役とされた獅子は、居心地悪そうに、不機嫌な表情を露わにしている。

 次から次に知らない人間が、さも親しげに挨拶に来るのだ。

 準優勝であったオオカミ少年の姿は、ない。

 当然のことであるのだが、獅子は逃げたのでは、と心の中で少し思っていた。


「大変そうだねぇ」


 ジュースの入ったグラスを手に、儀礼が獅子に声をかけた。

 一瞬だけ、獅子の周りにいた者達は遠慮したように空間に隙間を空けた。


 儀礼の着ている正装は借りたもので、いつもの白衣ではない。

 金の髪、茶色の瞳、整った顔立ちに、背中の真っ直ぐに伸びた、姿勢の良い佇まい。

 このパーティーの中で儀礼は、大会で3位を飾った白の『兄』ということになっている。

 そのあまりに人間離れした雰囲気に呑まれ、周囲の人間は近付くことにためらいを感じていたのだった。


 しかし、儀礼の正体が管理局のSランク『蜃気楼』であることはまだ、バレてはいなかった。

 そのため、『黒獅子』を招待すれば、もれなく『蜃気楼』すらも手の内に呼び込めると思っていたマッシャー家の人間は歯がゆい思いをしている。


「何か、気に入らねぇんだよな。ここの連中。皆、俺のこと褒めてくるんだけど、あんな闘気も使わない大会で子供に勝ったからって、褒められてもちっとも嬉しくもなんともねぇ。むしろなんかむかつく」


 がりがりと獅子は乱暴に頭をかく。


「だから言ったじゃん。普通の子供向けの大会なんて出ても、相手なんかいないって」


 くすくすと笑って儀礼は獅子の愚痴を聞き流す。


「じゃ、獅子は大丈夫そうだから、今度は白の方でも見てこようかな」


 何が楽しいのか、儀礼はまた、くすくすと笑ったまま、獅子の側を離れる。

 周囲の人間がその笑顔にしばしの間見惚れていたことに、儀礼はまったく気付いてはいない。


 白の方も獅子ほどではないが、たくさんの少女達に囲まれていた。


「ねぇ。あの帽子、今日は被ってないの?」

「可愛かったのに」

「白くんて何歳なの?」

「小さいのに、強いんだねぇ」


 矢継ぎ早にされる質問に、白はたじたじになっていた。


「あの帽子は僕が被せたから。弟はまったく気付いてなかったんだよ」


 くすりと笑って、少女たちと白の間に儀礼は顔を出した。

 少女たちの目が、そっくりな容姿の二人に釘付けとなる。


「あ、ギレイ君」


 助かったとばかりに、白は大きく安堵の息を吐いた。


「お二人は兄弟なんですか?」

「お兄様は大会には出場されなかったんですか?」


 今度は、儀礼へと早口に質問が繰り出される。


「僕は武道には向いてないから。研究してる方が性に合ってるんだ」


 にっこりと笑って儀礼は少女達へと答える。

 ふわりとした空気が周囲に流れた気がした。

 少女たちの瞳は儀礼の笑顔へと引き寄せられ、目が合えばその顔が真っ赤に染められてゆく。


「少し話があるから、弟は連れて行くよ。またね」


 にこりと儀礼が微笑めば、少女たちは黙ったまま、ゆっくりと頷いた。

 儀礼の左腕では、銀色の腕輪の石が、元から色付いているかのように、白い光を放っている。

(朝月さん、今日もご機嫌だ)

 白は儀礼の背後にたゆたう、雪のように白い精霊に気付いていた。


「白、拓ちゃん達と一緒に居ればいいのに。拓が、たいていの相手は裁いてくれるよ。さすが貴族。慣れてるよね」


 少女たちに囲まれて、困っていた白に儀礼は微笑む。


「あの、女の子達と話しするのは、別に嫌いじゃないんだけど、速すぎて。人も多かったし」


 戸惑ったように白は言う。


「そうだね。怖いよね、女の子の集団。特に年上の人たちとか、腕つかまれたりとか、羽交い絞めにされたりとか……。うん、ごめん。なんでもない」


 ふるふると儀礼は何かを振り払うように、頭を振った。

 白と共に儀礼が拓と利香の元を訪れる。

 こちらは平穏にテーブルについて食事をしていた。


「拓ちゃん。困ってたから、白を連れて来た」


 拓の周りは貴族というだけではなく、暴君としての気配も充満している。

 気の弱いお嬢様方には近寄りがたいだろうと、儀礼はニヤリとした笑みを浮かべる。


「いたい」


 なぜか頭を殴られて、儀礼は不満そうに拓を見上げる。


「主役をパーティーから奪うな」


「だって、主役は獅子でしょ。白はいなくてもいいじゃん」


 頭を押さえながら儀礼は不満げに拓に言う。それから、儀礼は声を抑えた。


「あんまり顔さらしたくないんだ」


 ぼそりと言った儀礼の言葉に、儀礼とそっくりの白の顔を見て、拓は苦い表情で頷いた。

 儀礼の顔では、危険な手配書が出回っていた。

 白が、そういう物を見た人間に、勘違いされる可能性がないとは言いきれないのだ。


 それから、ここにはもう一人、機嫌の悪い者がいた。

 頬を大きく膨らませているのは、長い黒い髪を腰まで下ろしている利香だった。

 黒曜石のような美しい瞳は、輝きを曇らせて一人の人物を見ている。

 そう、それは利香にとってたった一人の大切な存在。


「利香ちゃん、今日はしょうがないよ。獅子、主役にされちゃってるし」


 何か、別の意味を含めた言葉を放ちながら、儀礼は悲しげな利香に言う。

『主役にされている』とは、元々、この家ではなんらかのパーティーを開く予定があったらしいのだが、急遽その目玉として、『黒獅子』である獅子を呼び寄せたのではないか、と儀礼には感じ取れた。


 同じことを拓も感じているらしい。

 しかし、それもこれも、あんな大会で優勝などしてしまった獅子が悪いのだ、と儀礼は心の中で苦笑しながら思っている。


 先程、白に群がっていた少女たちが、今度は獅子の元へと向かったようだった。

 元々獅子の周りにいた少女たちとも合わさって、今、獅子の周りにはとてもたくさんの少女たちがいて、獅子を取り囲んでいた。

 何かを話し掛けられる度に、獅子は無愛想ながらも何かを返答している。


「……」


 利香の頬はさらに膨らんでいく。

 そんな利香と、儀礼の目が合った。

 利香は真っ直ぐに獅子の姿を指差した。


「儀礼君、行って」


 その指示に、儀礼はとってもよく覚えがあった。


「にっこり笑うだけでいいから」


 その言葉にも、儀礼はもちろん覚えがあった。

 ストーフィムの剣術大会の時に。

 そして今、その方法で儀礼は白を救出してきたところだったのだ。


「あのさ、利香ちゃん……」

「行って」


 なんとか宥めようとする儀礼を無視して、再度、利香は儀礼に膨れた顔のまま話し掛ける。

 いじけたように膨れた頬、薄っすらと涙の浮かぶ輝く黒い瞳、泣き出すことを我慢しているのか、すぼめられた唇は噛んだように赤くなっている。


 獅子は今日の主役だ、奪い去ることはできない。しかし。


「利香ちゃん、もっといい考えがあるんだ」


 にやりと儀礼は面白いいたずらを思い付いたように、笑みを浮かべる。


「ちょっと耳、貸して」


 儀礼は利香の長い黒髪をそっとよけて、その形のいい耳に口を近付ける。


「あのさ――」


 くすりと笑って儀礼はその耳へと話し掛ける。

 声を小さくし、さらにその耳元へ口を近づければ、儀礼はそのまま利香の頬へと、そっと唇を寄せた。

 かすかに掠る程度の接触。

 なのに――その儀礼の背後には、怒れる獅子が光臨していた。


「何してやがる、儀礼」


 低い、地響きを起こしそうな不気味な声が儀礼を捉える。

 びくりと儀礼は身を震わせた。


「だってさ、抜け出そうと思えば、すぐにでも出て来れるのに、女の子に囲まれてたのは獅子の方じゃん」


 浮いてきそうな涙を必死に堪えて、儀礼は背後に立つその怒れる本人へと向き直る。


「利香ちゃん泣かしたバツだよ」


 クスリと笑って、儀礼はその場を後にした。

 いや、むしろその場に居れば、儀礼の安全は保証されないので、儀礼は逃げたと言えるのだが。

2019/1/30、修正しました。

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