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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
338/561

武闘大会3

 オオカミ少年の動きは身軽だった。

素早い白の攻撃を難なく避けてしまえるほどに。

(ギレイ君て、こんなに速かった?!)

驚きに白は攻撃の手をさらに速める。

しかし、それすらもオオカミを名乗る少年は右に左に、はては後ろへ空中回転などして避けて見せた。


「オオカミって奴の動き、ティルみたいだな。」

試合を見ていた獅子が呟く。

「ティルって?」

その声を聞き取った拓が問いかける。

「ストーフィムの剣術大会のときに、あった奴だよ。拳に鉤爪入れてて、動きが身軽だった。」

獅子が言う。


「あんなに速いのか? 白の攻撃を避けるほど。」

「あー。白の奴、本気出してないんじゃねぇかな。相手の見た目が動物っぽいから手が出せないとか、そんな戦い方してる気がする。本気の白なら、とうに勝負はついてる。」

苦い笑いで獅子は答える。

「白も強いんですね、了様。」

「ああ。あいつ本気で強いぞ。普段は魔力で底上げしてるって言ってたが、基礎がしっかりしてるんだな。相当、真面目に訓練したんだと思うぜ。」

白の修行を手伝ってきた獅子は言う。


 しかし、その白の攻撃がまったくオオカミに当たらない。

目隠しをしているように見える目元も、実はしっかりと見えているらしいが、その表情はまったく読めない。

だんだんと白の攻撃が早くなり、本気の攻撃になったと思った頃に、意外にも、オオカミが勝利を収めた。

白の攻撃を避けた直後に、オオカミは強い力で白の体を吹き飛ばし、場外に落とした。


『大丈夫?』

また、白の前で小さなアルバドリスクの言葉が紡がれる。

白はオオカミという少年の手を取って立ち上がった。

『大丈夫。ありがとう。どうしてそんな格好してるの? ギレ――く……。』

訊ねようとした白の口を少年は手の平で塞いだ。

それから、自分の口元に人差し指を当てる。


「ワン。」

内緒にしてほしい、ということらしい。

その割には、白には正体を明かしている気がする。


「勝者、オオカミ!」

審判が高らかに宣言して、少年はくるりと宙返りして舞台へと飛び上がる。

早々に負けると思われていた、お祭り参加の仮装少年のまさかの決勝戦進出に、会場は盛り上がりを見せた。

向けられたマイクに向かって一言。

「ワン。」

やはり、それしか言わない少年に、会場内に笑いが巻き起こった。

寒い冬のさなか、不思議とその外にある大会の会場には温かい風が流れていたのだった。


 次は獅子の出る準決勝だ。

当然、勝者は獅子。

瞬殺って、相手がかわいそうだと思う。

白は一人で頷いていた。


 稽古をつけるようにして、獅子は試合を長引かせていた。

そして、相手が疲れきったところで本気を出して引導を渡す。

獅子の対戦相手の少年少女たちは、噂の『黒獅子』に稽古をつけてもらったと、大はしゃぎだったらしい。


 最初の相手を獅子が瞬殺してしまってから、泣きじゃくる相手にアドバイスしていたのを見ていたようで、次の対戦相手は試合開始前から、よろしくお願いしますと頭を下げて修行を乞うていた。

そして、真剣勝負しながら修行になると言うおかしな光景ができあがっていたのだ。


 ついに、決勝戦の時がやってきた。


  シシ 対 オオカミ。


 黒い髪、黒い瞳の少年と、黒い犬耳のニット帽、黒い目隠しをした少年の戦いが始まろうとしていた。

「お前とは本気でやれそうだな。」

「ワン。」

ニヤリと笑う獅子に対し、その少年の返事はふざけているようにも、受けて立つと言っているようにも聞き取れた。


 『黒獅子』対オオカミの試合で、最初に攻め込んだのは意外にもオオカミの方だった。

獅子の動きを真似た獅子倉流の攻撃。

意外そうにしながらも、獅子は難なく受け止めていく。


「ワン。」

「ものまね野郎か?」

それらの攻撃を挑発と受け取って、獅子はさらに早く強い一撃を放つ。

その攻撃をオオカミはひらりとかわす。

次々と攻め込む獅子の拳を素早い動きでオオカミはかわしていく。


 しかし、さすがに余裕はないようだった。

オオカミ少年からは汗の粒が流れ落ちている。

獅子が蹴りを繰り出したところで、オオカミは空中へと飛び上がった。

チャンスとばかりに獅子は拳を振りぬく。

身動きの取れないオオカミの腹部に直撃のコースだ。


 バシンッという高い音がした。

獅子は眉をしかめる。

大きな音はしたが、手ごたえは軽かった。

「……ワン。」

危なかった、とても言いたげに、オオカミは黒い布の下で汗を拭う。


「何しやがった。」

ちょっと待ってね、とでも言うように、獅子に手の平を見せオオカミはポケットからペンとメモ用紙を取り出した。

あくまでも、しゃべるつもりはないらしい。


『君の攻撃の威力に合わせて後方に回転して避けた。威力は半減。でもくらったよ。』

「ワン。」

少年はその紙を獅子へと見せる。

「……。」

獅子は無言でそのメモを見る。


「ワン?」

わかった? とでも言いたげに、オオカミは首を傾げた。

会場が訳がわからない展開にざわつく。

「……読めねぇよっ! ドルエドの文字で書け!」

苛立った様に獅子はメモ用紙をオオカミへと投げ返した。

オオカミは仕方なさそうにそれを審判へと差し出す。

あくまで、しゃべるつもりはないらしい。


「えーと、黒獅子選手の攻撃の手に合わせて、後方へと回転することで威力を弱めたらしいです。」

審判声に会場と獅子が納得した。

オオカミの唯一見えている口元が大きく笑う。

その息はもう、荒くはなかった。

体力を回復する時間を稼いだようだった。


「せこいやつ。」

観戦していた拓がつぶやく。

(ギレイ君……。)

白までも、何か情けないような気がして、苦笑してしまった。


 オオカミが最後に大きく息を吸う。

そこからはもう、試合終了まで止まる暇などなかった。

獅子の苛立ちにも恐れることなく、固まることなく対応するオオカミ(ギレイ)の姿。

嫌っていた戦いの場に姿を現し、白と本気での戦いで勝利してみせた。

幼い頃の恐ろしい記憶から、命を懸けて守ってくれた者の存在を知り、その名を思い出し、ギレイの中で何かが変わり始めているようだった。


ご指摘いただきました誤字、訂正しました。ありがとうございます。

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