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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
336/561

武闘大会1

「武闘大会?」

今、聞いた言葉に、儀礼はパチパチと大きく瞳を瞬いた。

それは大きくはない町のお祭りのような大会らしい。

12、3歳から17、8歳位までの若者達が自分の腕を試し、確かめるための楽しむための大会。


「俺も出ていいのか?」

獅子が、瞳を輝かせて言う。

売店のおばさんが大きく頷いて答えた。

「誰だっていいんだよう。男の子だって女の子だって。闘気や魔法は禁止だけどね。昔、4、50のじっさんが17歳だって偽って出たって話まであるんだから。」

あはは、とそのおばさんは楽しそうに笑いながら教えてくれた。


「獅子、出るのは子供ばっかりみたいだし、怪我させたら大変だよ?」

にやにやと笑って儀礼は言う。

そんなにしてまで武闘と名のつく大会に出たいのか、と。

「だって、もしかしたら強い奴がいるかもしれないだろ?!」

期待を込めた瞳で獅子は言う。

「……いるか?」

儀礼は本気で首を傾げる。


「白、出てみる?」

拓は出るつもりもなさそうだし、とても相手になりそうな者が見当たらないので、儀礼は白に聞いてみる。

白だとて、獅子に敵うような力ではないが、おそらく決勝戦で当たる、一番可能性があるのは白だろうと、儀礼は考えた。

「え、私……面白そうだけど、こういうの出たことないし。」

大きな瞳を瞬かせ、少し不安そうに周囲を見回す白。


「大丈夫、大丈夫。お祭りだよ。ほら、帽子被っちゃえばあんまり目立たないし。」

にっと笑って儀礼は白の頭にニットの帽子をかぶせる。

白く、耳当てのついた帽子の上部には、真っ直ぐに立つ二つの犬の耳がついていた。

「似合う、似合う」

儀礼は笑う。

「これでいいのかな?」

遊ばれていることにも気付かず、白は真剣な顔であごの下で帽子のひもを縛っている。

「うん、ぴったり。獅子もあるよ、黒いの。」

にっこりと笑って儀礼は黒いニット帽を獅子に差し出す。

「いらねぇ。」

冷たい一言で返された。


「ギレイ君は出ないの?」

切ないげな瞳で儀礼を見上げる白。

「いや、僕、戦闘要員じゃないし……。」

儀礼は、自分でも意味の分からない理由をこじつけて断ろうとしたが、白は人目に付く場所に一人で出るのが心細いのか、不安そうにじっと儀礼を見つめる。


「あの……えっと……僕、見つかるとやばいからっ!!」

じりじりと後退し、最後は叫ぶようにして儀礼は白の前から逃げ出した。

犬の耳のついた白。儀礼は昔飼っていた犬のシロのことを思い出してしまった。

そのシロはおそらく、寿命から考えて、今はもう生きてはいないだろう。

「……一緒にいられる間に遊んであげないと、だよね。」

儀礼は冷たい地面に目を向けた。

気付かないうちに、人気のない場所にまで走ってきていた。


儀礼:“穴兎、僕だって気付かれないで武闘大会に出る方法とかってないかな?”

一人で考えるのが寂しくなり、儀礼はネットの友人に呼びかける。


穴兎:“懐かしいな。その武闘大会、俺も出たぞ。一回だけな。一回戦でボロ負け。

穴兎:“適当な偽名で出ればいいじゃねぇか。ミラージュとかシンとか。”

穴兎からはすぐに返答があった。

いつも通りの気のいい友人。

それにしても、『アナザー』に武闘大会とは奇妙な組み合わせだ、と儀礼は感じた。

今までの付き合いから、穴兎は戦いに関しては、うとそうだった。


儀礼:“蜃気楼ミラージュじゃ、まんまだろ。すぐばれちゃうよ。シンてそれも蜃気楼しんきろうのしん?”

苦笑するように儀礼は穴兎に返答する。

儀礼:“あ、「うさぎ」は?”

穴兎になりきり登場してみるとか、と考え儀礼は一人で笑う。


穴兎:“やめてくれ。なんかものすっごく嫌だ。”

儀礼の笑い声の間に穴兎の返答があり、儀礼はさらに笑う。


儀礼:“シシにシロにシンて兄弟みたいでいいかもね。”

楽しそうに儀礼はメッセージを送る。

穴兎:“まぁ、楽しそうだが、できればお前は顔を出さない方がいいだろうな。”

穴兎の少し、真剣な気配がその文字から儀礼へと伝わる。

儀礼:“そこは大丈夫。ちゃんとマスクして顔隠すから。あ、いっそ獅子と白にも内緒にしちゃおうか♪”

いいこと思いついた、とばかりに、儀礼は口の端を上げる。


穴兎:“いいけどな。被り物して一回戦負けは恥ずかしいぞ。”

儀礼:“誰が被り物って言ったよ。マスクだってば。アイマスク♪”

穴兎:“確実に間違ってるな。”

儀礼:“ははは、じゃ、結果は後で知らせるね。どうせ獅子の勝ちだけどな。”

穴兎:“おう、優勝掻っ攫って来い、シンキロウ。”

儀礼:“それバレる。”


 くだらないやり取りを終えて急いで準備をすると、儀礼は受付へと足を運んだ。

締め切りギリギリの時間に儀礼は間に合った。

予想通り、獅子は『シシ』、白は『シロ』で申し込みをしてあった。


 儀礼は受付名簿に自分の仮の名として、しばらく考えて、にやりと笑うと『オオカミ』と書き込んだ。

「あなた、その格好で出るつもり?」

くすくすと受付けの女性が笑う。

「はい。」

と儀礼は笑顔で答える。

しかし、その笑顔の上半分は見えていない。


 くっきりと半円を描く口の形で、笑っていることは分かるが、その目元は黒い布で覆われていた。

シュリの持ってきてくれた特殊な布だ。

一見分厚そうに見える黒い布だが、視界はかなり、はっきりとしている。

儀礼はそれに、獅子の被らなかった黒いニット帽を被っていた。

白の被っているのと色違いの、黒い犬の耳の付いたニットの帽子。

それから、着ている物もいつもの白衣ではなく、近くの服屋で買った、黒っぽい普通の服装だった。

儀礼は完全に、お祭り参加の仮装少年と化していた。


 しかし、と儀礼は嬉しそうに笑う。

誰も儀礼を少女とは間違えなかったのだ。

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