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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
334/561

ランプの中の友達

「なんだ、お前……。」

儀礼たちの後方から現れた、黒髪黒瞳の少年に、酔っ払いの男たちは息を飲む。

すでに、獅子の気配に飲まれているようだった。


「この人たちが白に絡むから、兄として放っとけないだろ。」

「お前のどこが兄だ。白のがずっとしっかりしてる。」

「うう。……ひどいよ。じゃぁ、名付け親。」

目に涙を浮かべて、それでも気を取り直したように微笑んで儀礼は言う。

「お前は、勝手に何にでも名前をつけてるだけだろ!」


獅子が怒鳴れば、火の精霊も負けじと炎を強める。

すると、周囲のランプがさらに明るさを増した。

「そういや、儀礼。お前、昔、学校のランプにも名前付けて持ち歩いてたってな。」

その明るいランプを見て思い出したのか、歩いてきた拓がそう言った。

利香もいるので、どうやら、食べ終わったらしい。


「何で知ってるんだよ。」

ランプを持ち歩いていたのは、確か儀礼が5歳になる前のことだ。

槍峰やりみねの姉貴たちが言ってたな。ペットのようにランプを連れて歩いてたって。それも変な名前を付けて。」

にやにやと拓は笑う。

確かに、小さな時、儀礼はどこに行くにもランプを持って歩いた時期があった。

それはとても大切な思い出で、それを思い出した途端に、儀礼は拓に怒鳴り返していた。


「変じゃない! 火の王でヒオウだ!」

《ヒオウじゃねぇ! Fio、フィオだ!》

儀礼がヒオウと言った瞬間に周り中のランプの炎が燃え上がった。

驚いたように儀礼は目を見張った。


《お前は、昔っから発音おかしかったな。父親ゆずりか?》

腕を組み、胡坐をかき、考えるように首を傾げて、空中で小さな火の精霊フィオがつぶやく。

気の強そうな目元、自信溢れる口元、そして、透明な美しい精霊の羽。

火王ヒオウ……?」

燃え上がるランプに目を留めて、儀礼は呆然と呟く。

《フィオだ。》

儀礼の目の前に飛び上がり、フィオが言う。


「フィオだって、ギレイ君。12歳位の姿をした火の精霊だよ。」

その位置を指差し、白が言えば、儀礼は目を見開いたままボロボロと涙をこぼした。

「そうだ、フィオ……。どうして僕、忘れてたんだろう。母さんに聞いた、精霊の友達の名前。」

驚いたように呆然と儀礼は涙を流し続ける。

その精霊は見ることはできなかったが、幼い儀礼に、いつでもランプの中の炎を揺らして、確かにその存在を示してくれていた。


「えっと、昔、ギレイ君が誘拐されかけた時に、魔力を使い過ぎて、一度消滅しかかったんだって。だから、精霊としての存在が消えて、ギレイ君は忘れちゃったんだって言ってる。」

精霊の言う言葉を白は儀礼に伝える。

しかし、その言葉が本当ならば、消えかけるまでに弱った精霊のフィオはやはり、また新たに姿を保てるまでに脅威の回復をしたことになる。

儀礼の生きてきた、たった15年という時間の中で。


「誘拐されかけた時って? いつのこと? 4歳までは僕、火王フィオのこと覚えてたよね。」

涙を袖で拭きながら、儀礼は尋ねる。

《お前が剥製はくせいにされかけた時だよ。大丈夫だ。もう、あんなことにはさせない。絶対に俺が守るからな。》

まるで、保護者ででもあるかのように、フィオは優しく儀礼を見つめる。

ランプの炎が食堂中で明るく揺れた。


「ギレイ君が……はくせいにされかけた時だって……。」

はくせい、剥製? と、白は自分の言った言葉に青ざめる。


「5歳の時。あ、あの時、父さんや穴兎だけじゃなくて、フィオも助けてくれたんだ。消滅しかけて……?」

ぎりっと儀礼は奥歯を噛む。

「フィオ。助けてくれて、ありがとう!!」

そう言って、儀礼は食堂のランプに向かって微笑んだ。

残念ながら、フィオはそことは逆方向にいるのだが、強大な魔力が動いたのが、白には分かった。


 魔力は火の精霊フィオへと注がれる。

煌煌こうこうとフィオは強い光を放つ。

ほんの少しだけ成長したように見える。人間にして、1歳分。

精霊にすれば100年分の成長。

白の顔はさらに青ざめた。


《ばか。お前は、また配分も考えずに他人に魔力を与えちまって。また、魔力切れで倒れるぞ。ただでさえ無茶ばっかすんのに……。》

呆れたように、困ったように言った精霊の口元は優しく緩む。

《でもな、ありがとう。》

嬉しそうに精霊フィオは笑った。


「おい! いい加減にしろよ!」

突如、苛立った声が食堂内に響いた。

最初に白に絡んできた男の声だった。

仲間らしい5人の男たちも腕を鳴らして戦闘態勢になっている。

「俺達をここまで、こけにしてくれたのは、お前らが初めてだよ。」

別の男が怒りに顔を赤く染めて言った。


 儀礼たちの中では、すでにこの男達との話は終わっていたのだが、男たちの中ではまだ続いていたらしい。

拓と獅子が前へと進み出る。

しかし、泊まっている宿の食堂で、乱闘騒ぎは避けたいところだった。

追い出されることになるからだ。

儀礼は腕を広げて二人を止めた。


 そして、いたずらっぽく口元をにやりと上げる。

「この店のランプって、明るいよね。」

意味ありげに儀礼は呟く。

「何をどうでもいいことを、話を逸らす気か!」

怒りをあらわに、6人の男たちが儀礼たちへと殴りかかってくる。


「獅子、六ね。フィオ、お願い!」

にっこりと楽しげに儀礼は笑った。

次の瞬間。

儀礼たちと男達との間には、食堂のランプから燃え上がった炎で壁が出来上がっていた。

殴りかかっていた男たちの腕を、炎の壁が焼き付ける。


「うお~ぉ!」

その場に、男たちの呻き声が響き渡った。

炎の壁は一瞬でなくなり、その場に儀礼たちの姿は、なくなっていた。

儀礼が獅子に言った『六』とは六時の方向、後退を指す言葉だったのだ。

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