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ギレイの旅  作者: 千夜
12章
328/561

初めてのパソコン

 儀礼は5歳の時に、初めてパソコンのネットと言うものを知った。

祖父の部屋に置かれている、父、礼一のパソコンをいじって、遊んだのだ。

3月の終わり、学校は春休みに入る前だったが、両親も祖父も卒業生と新しく入学する子供たちのための準備で忙しいらしく、儀礼の相手をしている暇はないらしかった。

つまり、儀礼は退屈していた。

そこで、一人暇を持て余した儀礼が、目をつけたのが父のパソコンだった。


 目の前にたくさんの文字が出てくる。

そのほとんどが、儀礼が普段使っているドルエドではなく、隣の国フェードの文字だった。

儀礼はそれを覚え始めたところだった。

こんにちは、などの挨拶から始まり、季節のことや、庭のことや、世間の事件のことなど、いろいろなことが会話の様に文字になって流れていく。

知っている言葉、知らない言葉、儀礼はしばらくそれをじっと見ていた。

みんなが、自分の前でしゃべっている。儀礼にはそう、思えた。


 「名前」と書かれた入力用の四角があった。

儀礼はそこに、フェードの字で「ギレイ」と打ち込んでみた。

名前を保存しました。と表示された。

次に、画面の下のほうに「発言する」という四角があることに気付いた。

『こんにちは』

儀礼は思い切ってキーボードで文字を打ってみた。

表示された言葉を「決定ボタン」で「発言」する。

モニターの下に書かれている指示のとおりのことを儀礼はしてみた。


『こんにちは』

儀礼の打った文字が皆の話しの中に表示された。

「うわっ、すごいっ!」

儀礼は感激の声を上げた。

『こんにちは』

『こんにちは』

次々と儀礼へと挨拶が返されてくる。


 しかし、大人たちの会話は幼い儀礼にはとても速かった。

読むことはできても、覚えたばかりの文字を打ち込むのにはとても時間がかかってしまった。

文字を打っている間に、画面の文字は次々と変わっていく。

それでも、儀礼はそれが退屈だとは思えなかった。

しばらくすると、「穴兎さん」という人が、儀礼に対して、二人で話をしないか、と誘ってきてくれた。

ゆっくりとしか会話できない儀礼に、何度も話し掛けてくれていた人だった。


 その穴兎に説明されながら案内された個別の部屋で、儀礼は1対1でチャットをする。

その場所で、儀礼は、分からなかった言葉や、パソコンの操作についてを穴兎に次々と問いかけた。

穴兎は面倒くさがらず、全てを丁寧に噛み砕いて教えてくれた。


『穴うさぎさんはどんなウサギさんですか?』

そして、儀礼は聞いてみたかったことを思い切って聞いてみた。

儀礼は見た目の話をされるのはあまり好きではなかった。

もし穴兎もそうだったとしたら、儀礼は嫌な思いをさせるのかもしれない。

けれど、どんなウサギがこの画面の向こうで、儀礼と話してくれているのか、とても気になったのだ。


『白くって、耳が長くて、目が赤いんだ。』

返事はすぐにあった。

儀礼の知るウサギ、そのものだった。

『うわあー。ほんとのうさぎだね。』

嬉しくなって、儀礼はいつの間にか、パソコンの画面ににじり寄っていた。

目の前に広がる文字の世界。

親切に丁寧に接してくれる穴兎という、画面の向こうにいるうさぎの存在。

それは、とてつもなく儀礼を魅了したのだった。


 儀礼の両親である礼一とエリは儀礼の言う、

「パソコンで、うさぎさんとお話したの。」

と言う言葉を、パソコンをウサギの家に見立ててする空想の遊びだと思ったようだった。

「どんなウサギだい?」

子供の想像の世界を大切にするように、礼一が聞く。

「白くって、耳が長くて、目が赤いの!」

得意になって話す儀礼を両親は微笑ましく見ていた。

5歳のこどもが話すそれが、まさか本物の、人間相手のチャットだったとは、二人とも夢にも思っていないのだった。


 ***


 儀礼が7歳の頃だろうか、ようやく『穴兎』が「ハンドルネーム」という偽物の名前だということに儀礼は気付いた。


『ごめん、あなうさぎ。君が本当は人間だってぼく気付けなくて。』


人間をウサギだと思っていた。

恥ずかしいと思うよりも、相手の本当の姿を見ていなかったことに儀礼は衝撃を受けていた。

悲しそうに謝る小さな儀礼。


『いいさ、俺も言い出せなくて悪かったな。』

穴兎は、気にした様子もなくいつもの様に優しく許してくれる。


『ううん、これからは人間同士のお友達になろうね。』

すんなりと許してくれた穴兎に、儀礼は新たな決意を表す。

人間同士の友達。

それは、今まで以上に、儀礼には穴兎がとても大切な存在になったように思えた。


 ***


『ごめん、あなうさぎ。君が本当は人間だってぼく気付けなくて。』

そのギレイの言葉に、穴兎は成長を感じるようで、同時にさみしくもあり、なんとなくしんみりとした気分になっていた。

『いいさ、俺も言い出せなくて悪かったな。』

あまりに素直に信じきっていたので、穴兎は2年もの間、それを訂正することができなかったのだ。


しかし――、

『ううん。これからは人間同士のお友達になろうね。』


その、かわいらしい子供の発想に、今度は笑いの止まらなくなったディセードだった。


 ***


 実は儀礼は、12歳の時に一度、眼鏡型のモニターに画像を表示できるようにしたことがあった。

しかし、『アナザー』がいたずらで送った『女性の水着姿』が、授業中の儀礼の透明なグラス(当時は、透明なグラスをかけていた)に映り、教師である母に見つかり、取り上げられた。


 なんて気まずい瞬間だったろう。


「友達のいたずらだ」と言ってもなかなか信じてもらえず、一週間、儀礼は母とまともに会話ができなかった。

その顛末を聞き、穴兎は大笑いしていた。

以降、儀礼の眼鏡型のモニターには、文字しか表示できないようにされている。

このような拙い作品を、読んでくださりありがとうございます。

お気に入り登録してくださりありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。

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