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ギレイの旅  作者: 千夜
11章
318/561

繋がる縁(えにし)

「え、でも……。」

邪気に操られたベクトとしては、それが正気を保てた方法と言われてもいまいち納得できない。

さらに問いかけようとしたベクトをさえぎったのは獅子だった。

「だから、こいつ正気じゃなかったって。やばかったあれは。」

大袈裟に首を振って獅子は言う。


「やばくないって、あれ位が普通だろ。管理局では人にこころを読ませないのが重要なんだから。」

事実、上部に行けば行くほど、情報管理は厳しくなり、信用できる者は少なくなる。

日々蹴落とし合い、水面下での争乱が渦巻いている。

それを知っているベクトは口を閉じる。

確かに、それが現実なのだ。


「お前は内面見せてりゃいいんだよ! それに勝手に人がついてくんだから!」

獅子は儀礼を指差して怒鳴るように言った。

瞬間、儀礼の目が驚いたように見開かれる。


「ば、か言うな! ついてくんのはこの顔に惹かれてくる変人ばっかだ。」

照れ隠しなのか、顔を背けたまま言う儀礼の言葉には、迫力がない。

くしゃ、と、前髪ごと顔を隠す儀礼。心なしか、頬の辺りが赤くなっているように見える。


「言いたい奴には言わせとけよ。力だけでお前に勝ったと思ってる奴なんて、実際お前と闘って勝てるわけないんだからな。」

真剣な顔で言う獅子は、儀礼の気にしていることに気付いていたらしい。

(普段はばかなのに。)

儀礼はぐっと、指に当たっていた髪を握り締める。

顔が熱を持っていることに儀礼自身も気付いていた。

冒険者ギルドで睨み付ける冒険者達。苦手な苛立ちの気配に、儀礼の体はいつも動かなくなった。

そんな自分が儀礼は嫌で、惨めな気分だったのだが、そんな事は気にするなと獅子は言う。


 事実、管理局ランクSを持つ儀礼に、勝てる冒険者など、限られてくるだろう。

ギルドで出会う冒険者ぶった奴らに、まず、「儀礼の作った凶悪なトラップ尽くしの研究室で戦えるって奴は名乗り出ろ!」と獅子は言いたくなる。

そんな自分の実力にも、儀礼はまったく気付いていないのだ。

その力を、儀礼は人を守るためにしか使おうとしていないからだろうと、獅子は考える。

(優しい奴なんだ。戦いの苦手な文人で、人を傷つけない研究者。そんなお前だから、付いてくるやつらがいる。クリーム、ヒガ、デザートの奴ら。ヤン、ウィンリード、イシーリァ、氷の谷で動いていた大勢の奴ら。それに、俺もだ。認めていい、儀礼。お前は強いんだ。……すぐ泣くけどな。)

ぽりぽりと獅子は頬をかく。


「報告行って来るよ。まだモートック氏に報告書渡してないから。」

顔を見せないままそれだけ言って、儀礼は荷物の方へ歩き出す。

報告書といっても、冊子と言っていいほど分厚い。


(ついてくる人。)

獅子の言葉から儀礼は思い返す。

エーダや、オーシャンのように、ペット扱いとも言えるような、猫かわいがりに近づいてくる人。

当初のベクトや、前の町の警備兵たちのように、狂信的とも言える態度で崇拝してくる人。

ウォールやクリームのように、本人が変人なのに、「面白い奴」と儀礼を変人扱いしてくる人。

それらの人に対して、儀礼は特に何かをしたつもりはない。

獅子には世話になってばかりだし、白には情けないところばかり見せている。


 儀礼は振り返り、話している白たちを見る。

気付いた白は明るく笑って手を振った。

獅子は自信持てとでも言うように、にやりと笑っている。

ベクトは……何を聞いたのだろうか、若干顔を青ざめ、引きつった表情で視線をゆらしている。

いや、聞かないで置こう、なにか嫌な予感がするから。


 儀礼はモートックのそばへと歩いてゆく。

モートックはまだ、グランと床に座り込んで話していた。

「お話中すみません、モートックさん。お約束の報告書です。量が多くなってしまいましたが、目を通して正しい魔剣についての知識を得ていただけたら嬉しいです。中に全てをまとめましたので、あえて説明はいたしませんが、よろしいですか?」

そう言って、儀礼は作成した冊子を渡す。


 表紙や装飾も多少いいものにしたので、保存に十分耐えられるだろう。

氏は受け取った報告書にパラパラと目を通す。

しだいに、モートックの目が見開かれてゆく。

「これは……。」

それだけで、すでに一つの歴史的資料、芸術品と呼んでいいような出来映え。

魔剣『マーメイド』と一緒に飾ればその価値は相乗効果により、高められる。

他のコレクターが羨む事間違い無しの一品だ。


「確かに、私の望んだ物、その物だ。いや、想像以上のできだ。これを使い、魔剣について知り、私と同じように魔剣の解放を願うコレクターをひき留めようと思う。」

厳格な表情でうなずき、モートックは言った。

儀礼は、それに微笑みで返す。

邪気による飾られたものでなく、ただ子供の笑顔で、純粋に嬉しそうに。

はっと、目を引かれるモートック。

その様子を見て微笑んでいるグラン。

清浄な空気がいつまでも漂う神殿の中、この町での騒動は幕を閉じたのだった。


 その夜も儀礼達はまた、グランのいる神殿に世話になっていた。

色々とやることがあり、旅立つのは翌朝と言うことになったのだ。

楽しげに話す儀礼たち三人をグランは微笑ましく眺めていた。

ベクトは一人、ここ数日の異常な出来事に疲れたらしく、与えられた部屋で早々に眠りに落ちていた。


「あなたたちをみていたら、うちの子を思い出したわ。」

儀礼たち三人を前に、優しい声で、グランは語りだした。

「黒い髪と茶色の瞳で……。」

懐かしむようにグランの瞳は細められる。


「わたしの本当の子ではないのですけど、戦災で一人になったのを引き取ったの。何人も子供を引き取ったけど、中でもあの子は1番『神通力』が強くて。わたしは、つい僧侶になることを押し付けてしまったの。」

グランは悲しそうに、しわの刻まれた目元を伏せた。

「戦うために剣を習いたいと言ってたのだけど、争うことを嫌う教会だから……。飛び出して行ってしまったわ。もう10年以上前になるかしらね。」

何かを愛おしむように、グランは自分の皺だらけの手をそっと、なでた。


「今、どうしているのかも、分からないけれど……元気でいてくれるといいわ。」

そう言うグランの表情は、ひどく寂しげな様子だった。本当に大切に思っているんだと、三人には思えた。

グランは古い写真を取り出し、三人に見せてくれた。

どこかの教会の前にならぶ20人ほどの子供達と全く変わらず優しく微笑むグランの姿。

「これが、わたしの子供達。この子がそうよ、色が褪せてしまってるけど、黒髪と茶色の目。責任感が強くて、よく下の子達をみてくれたわ。」

なつかしそうに写真を眺めるグラン。


「どうして旅をしてるんです?」

この子達を置いて、と不思議そうに儀礼はグランに問いかける。

「求められたからよ……それに、この子達がわたしを送り出してくれたのよ。自分達はもう、小さな子供ではないからって。」

もう一度、グランの大切に持つ写真に目をやった儀礼。


「あれ?」

思わず声を上げた。

「獅子、ちょっと見て、これってウォールじゃない?」

儀礼の声に、手持ち無沙汰に部屋を見回していた獅子が写真を見る。

「ウォール?」

「ウォールを知ってるの?!」

聞き返す、獅子とグランの声が重なった。


「ほら、旅に出てすぐの剣術大会で会った……。」

「あの野郎か。」

儀礼の声に、明らかに獅子の顔が渋くなる。

それを見て儀礼はくすくすと笑った。


 話を促すように、グランと白が儀礼の顔を見つめている。

「半年以上前になるけど、ストーフィムの町の剣術大会で会いましたよ。ウォール・カシュリーって名乗りました。その大会で彼は優勝したんですよ。獅子は負けたから。」

儀礼が言うと、獅子はふてくされたように言葉を挟む。

「うるせー、次は勝つんだよ」

またくすくすと儀礼は笑う。

言いながら、獅子がそれほどウォールのことを嫌っていないのを儀礼は分かっていたから。


「強いですよ、ウォールは。旅をしてるって言ってましたけどね。」

「そう。剣士になったのね……。あの子は夢を叶えたんだわ。」

嬉しそうに涙ぐむグラン。

「ただの剣士じゃないですよ、ウォールは。『たえなる老刀』、って特別な木刀を使って、魔物退治をしてます。剣の技術はあるのに、神聖剣は我流だって言ってた意味がやっとわかりましたよ。彼の神性は天性のものだったんですね。」

儀礼の言葉に、グランは顔をほころばせる。


「あの子の事を知ってる人がいるなんて。」

グランは本当に嬉しそうだ。

「元気そうだったのかしら? 背は高かった? ごめんなさい、もう少し何でもいいから聞かせていただけない?」

「背は高かったですよ。獅子より15センチ位でかかったかな、190cm位あったと思います。腕とか足とか、剣で鍛えてるだけあって、力強いです。病気はしたことないとか言ってましたよ。」

そうして、儀礼は白と獅子を先に寝るように言い、グランと二人で長い話をしたのだった。


 ***


「そのウォールって人とギレイ君は、仲いいの?」

借りた部屋に布団をひき、雑魚寝する獅子と白。

白は今日もまた、眠そうに目をこすっている。

「そうだな。なんかそいつの持ってる木刀に儀礼がやたら興味もってたな。古代遺産らしい。」

「ふうん。いい人なの? 大会で優勝したってことは強いみたいだけど。」

枕に半分顔をうずめている白に、笑いながら獅子は答える。

「強かったな。あん時は俺もあんまり剣技は使えてなかったし、圧倒されたよ。」

白は、話を聞きながらうとうとと、し始めた。


「悪いやつじゃないよ。きっと。儀礼を助けてくれたしな。」

「そっか、よかった。」

それだけつぶやくと、白は口元に笑みを浮かべたまま、眠りに落ちた。

白に掛け布団をかけ直してやり、獅子も横になる。

ずっと前に戦った男。

その時には、必死に追いつこうとしたが、結局手も足も出なかったという負け方だった。

試合の後、ボロボロに崩れたウォールの使った既製品の刀。

「まだまだだよな、俺も。」


 儀礼の銀のナイフは呪いが解けた。

獅子の光の剣は、闇を払う力を持っている。

しかし、必要なのは武器の力だけではないのだ。

それを思い出し、明日からの稽古で、対魔の技術をさらに充実させようと、獅子は頭の中でウォールの動作を思い出し、修業に組み込むことにする。

そうこう考えるうちに、獅子もまた眠りに落ちていった。


 日付が変わってしばらくしてから、儀礼はようやくグランとの話し合いを終えて、獅子と白の寝ている部屋にたどり着き、そのまま布団に倒れんだ。

そして、すぐさま深い眠りについた。

その表情は満ち足りた笑顔で、グランのほころぶ笑顔までが、容易に想像できるものだった。

ウォールとグラン。こんな所に奇縁が……!


素直な儀礼にだからこそ、ついてくる者がいる。

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