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ギレイの旅  作者: 千夜
11章
315/561

暴走の収束

「え~っと、ベクトさん。長時間の抜き放し禁止ってことで、この件は落着にしませんか……?」

天井の彼方に青空でも見えるのか、儀礼は晴れ晴れとした表情でどこかを眺めている。

「ギレイさん、現実逃避はいけないと思います。」

きっぱりとした口調で言うベクト。


「じゃ、気付かなかったことにしてよ。なんとか噛み合いそうな言い訳考えるから。」

視線を逸らせたままで提案する儀礼。

室内を泳ぐ暴走した魔力は、段々と威力を弱めていた。

ベクトは眉をしかめる。


「もしかして儀礼さん、今までに、そうやってごまかしてきたことがあるんですか?!」

厳しい口調で、儀礼に向かって言うベクト。

その苛立ちを感じたのか、儀礼はびくりと体を硬直させる。


「そ、の……。」

否定の言葉が出せない儀礼。

「儀礼さん、不正は不正。犯罪です。確かに、厳しい状況になるのはこちらですが、それを許していたら、大惨事を招きかねないんですよ? あなたのような人が、それがわからないなんて言うんですか?!」

ベクトは儀礼に詰め寄っていた。

例え尊敬する人でも、許せないこともある。いや、尊敬するからこそ、許せないことがある。


「ようするに、モートックさんは、最初にギレイさんに言ったように、もうすでに魔剣の開封をしようとしてたってことですよね。それが失敗したんで管理局に来て儀礼さんに頼んだ。そういうことでしょう?」

ベクトの突きつける言葉に、儀礼はおとなしくうなずいている。

その姿は、ひどく幼くも見えた。

『あいつは、見た目も小さいけど中身も小さいんだ。』

昨日聞いた、黒髪の少年の言葉がベクトの頭の中を流れた。


 なんだか、ベクトは怒る気も失せてしまった。

「すみません、俺も偉そうなことは言えませんよね。俺だって、そのお陰でこうして生きていられるわけですし。」

(俺の命と世の中の決まりを天秤にかけて、ひとの命を選んだ。そういう人なんだ。)

小さくなった稲妻が最後の光を持って小さく爆ぜ、そして、何事もなかった様に室内は静かになった。


「なら、……あなたが、そういうなら、どういう言い訳を考えるんです? モートックさんもそのままにしておけませんよね?」

(疑うのはやめよう。)

ベクトは心に決めた。

この人は人のためにならないことはしない。そう信じたはずなのだから。


「後付けされた付加魔法の性質が合っていないので、魔力の分散現象が起こった。至急、魔法使いに付加魔法の解術を要請します。それで、今回の現象は二度と起こらなくなるはずです。それから、モートック氏に関しては、明日のグランさんの解呪の儀式で一芝居打つ予定です。」

最後の言葉に関して、儀礼は含みのある笑みを浮かべた。


「そういえば、招待してましたね。もしかして、その時からモートックさんになにかするつもりでした?」

思わず目を見開いた青年に、儀礼はこくんと頷く。

「表立ってするより、言葉で脅すくらいの方が効き目があるんですよね~。実際、今まで注意した人たちはちゃんと更正してますよ。」

にっこりと、今度は嬉しそうに儀礼は笑っている。


「そうですか。それはよかったです。それでですね、今思い出したんですが、食事と、風呂と、睡眠、どれがいいですか?」

ベクトもにっこりとワラッテ儀礼に聞く。

「え?」

意味が分からないと言いたげな表情で、儀礼は首をかしげている。


「僕はまだ、ここ片してから残りの資料と、今のデータまとめて、解術の要請書を作って、解呪の儀式用の六芒星結界の下地作る予定だから、まだいいよ。」

そう言って儀礼は、散らかった部屋の片付けを始める。

「でも、もう朝ですよ。朝食の時間にもなりますし、食べてから片付けても時間はありますよね?」

夜中に一度、夜食としてサンドイッチを食べたが、さすがにもうお腹が空いている。


「お腹空いたなら食べてきてください。もう食堂も開いてる時間ですしね。僕は飴玉があるんでいいですよ。」

と、ポケットから飴玉を取り出し、儀礼は自分の口へ放り込む。

「これで1時間は動けます。まだ5つあるんで、5時間大丈夫です。」

自信満々の顔でうなずいてくる儀礼。


「でも、水分だって取らないとまずいですよ。」

ちょっと呆れつつも、何とか連れ出そうと考えるベクト。

「水道から水が出るじゃないですか。井戸まで汲みに行かなくていいって、研究所はいいですよね~。」

なんだか上機嫌の儀礼。

「じゃ、風呂はどうですか? 寒いですし、徹夜で体が冷えてるんじゃないです? お湯で流せばさっぱりして、頭の回転もまた上がるんじゃないですか?」

(とりあえず、頼まれたのだから、面倒を見なくては。)

と、頑張ってみるベクトだが、これが中々手ごわい。


「全部終わったら夜にでも入りますよ。その方が落ち着いて入れるんで。」

魔剣『マーメイド』を机の上に戻し、拾い集めた紙の中から、必要なくなったものを儀礼は次々にシュレッダーにかけていく。

「でもギレイさん、ぜんぜん、寝てもいないじゃないですか。僕も少し休みましたし、次はギレイさんの番でしょう。」

仮眠することを勧めてみるが、やはり、反応は悪い。


「昨日僕、昼寝してたじゃないですか。まだ平気ですよ。どうせだから、魔剣の付加魔法の解析までできたら、今日中にでも解いてもらえますよね。明日魔剣返せた方が僕も楽でいいんで。ベクトさん、本当にありがとうございます! 僕一人じゃ、こんなに早く終わりませんでしたから!」

徹夜のせいだろうか、かえって儀礼のテンションが上がっているような気がする。

みるみる間に、室内は片付いて、儀礼はすでに、魔剣を魔術の解析装置にかけている。

ルンルン、と上機嫌に資料を分類していく儀礼。


 ベクトは、「ごめんなさい」、と胸の前で一度手を合わせる。

そんな怪しげなベクトの様子にも儀礼は気付いていない。

ベクトは扉を開けて、外にいた警備隊長を呼ぶ。

「何だ、終わったのか?」

外の扉に張り付いたまま警護をしていた様子の隊長。


「儀礼クンは! 無事なの?!」

二人を押しのけるように研究室に入り込むエーダ。

「はい、全て解決です。で、ギレイさんと食事してくるんで、中で剣の警備いいですか?」

「おう、行ってこい。剣の方は見とくよ。もうあんな風にはならないんだろ?」

ちょっと心配そうに魔剣の様子を覗く隊長。


「何それ、私も行く!」

いつの間にか薄い上着を羽織っていたエーダが、片手を高く上げて割り込んでくる。

美女の接近に一瞬戸惑うベクトだが、コホンと咳払いして隊長の疑問に答える。

「剣は大丈夫ですよ。鞘から抜かなければ何も起こりません。今、術式の解析してるんで、機械にかけたままで、置いといてくれればいいです。」

ベクトの話に隊長は頷いた。


そして、儀礼の方へと向き直るベクト。

「ギレイさん、許可をいただいているので、強制行動に入らせていただきます。」

「うふふ、儀礼クン。あ~ん、て私が食べさせてあげるわ♪」

そう言うと、首を振って嫌がる儀礼を、むりやり食堂へと引きずっていくベクトとエーダだった。

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