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ギレイの旅  作者: 千夜
11章
314/561

魔剣の暴走

 疲れているのになかなか眠れない青年は、横になったまま魔剣の分析を進める儀礼たちを見守っていた。

儀礼は、魔剣をさやから引き抜き、分析用の機械にセットする。

「エーダさん、現在の状況を知りたいんで、過去のデータとの差異と数値を記録してください。隊長さんは、魔剣の暴走や、魔力をかぎつけてくるかもしれない不審者に注意していてください。」

儀礼は指示を出すと、自分は再びコンピュータに向き直り資料のまとめに入る。


「何とか今日中に終わりそうだ。」

小さな声で呟き、安心したように儀礼は笑う。

明日の朝に神官グランが儀礼のナイフの呪いを解くことになっている。

そこで、これらの資料の受け渡しを行うことになっているのだった。


 バチバチッ

機械にセットされた魔剣から、青黒い小さな稲妻のような物が放出されている。

初めて見る、そして、これから二度とないかもしれないその光景に心を奪われながらも、横たえた体は疲労していて、段々に青年の意識を奪っていった。


 ガタンッ!

大きな衝撃で青年は目を覚ました。

ドン、と背中に痛みを感じたのだ。

目を開けると、まず、天井が見える。

そして、ベクトは自分が、ソファーに乗ったまま倒れた、いや、ソファーが倒れて自分が床に落ちたのだと知る。


 バチバチバチッ!

眠る前に見たよりずっと大きな稲妻が部屋中を走っている。

本物の稲妻とは違い、蛇や竜がうごめいているように、小川の流れるような速度で動く青黒い光の線。

それは、狙いを定めたかのように女性、エーダをめがけて泳いでいる。

そのエーダを抱えて、警備隊長が狭い部屋の中をよけている。

攻撃して払おうにも、稲妻には実体がないのか、隊長の剣は素通りしてしまうようだった。


(ギレイさんは!?)

慌ててベクトが儀礼に目を向けると、暴れ回る光の蛇から、まとめた資料を必死に守っていた。

否、ぶつぶつと文句言っている姿は、ちょっと余裕があるようにも見える。

「大丈夫ですか? 何があったんです?!」

起き上がったベクトは、とりあえず、安全そうな儀礼のそばへ駆け寄る。


「ま、見ての通り暴走しました。でも、『海の鬼』の方じゃなさそうだから、大丈夫かな。」

あくまで軽そうな口調で言う儀礼。

「『海の鬼』じゃないって、どういう意味ですか? 魔剣の暴走ってことは当然ペナルティーがあるんじゃ……。」

研究中に魔剣の暴走を起こせば、当然ランク降格や、罰金などの罰則が与えられる。

もちろん、研究者としての信用にも関わってくるのだが……。

なぜか儀礼は落ち着いているのだ。


「正確に言うと魔剣じゃなくて、魔剣に付いてた魔力の暴走、かな。多分誰かが後から付加したんだろうけど。魔剣はめったに抜くことがないから長年、気付かれなかったみたいだね。」

作った資料の束を、飛ばされないように引き出しの中に押し込むと、儀礼はセットされた魔剣と、逃げ回る二人の方へと近付く。

ベクトは儀礼に続く。


「隊長さん、とりあえず、エーダさんが危ないんで、部屋から出てもらえますか? ついでに、外の人に安全だから問題ないって説明しといてください。」

「よし、わかった。ここはまかせていいんだな?」

光の蛇からひらりと身をかわすと、隊長はエーダを抱えたまま素早く扉へと向かう。

「まかせてください。」

にっこりと儀礼は笑う。

パタン。

部屋の中の喧騒を無視して、扉は静かに閉まった。


 バチバチバチッ!

青い蛇は再び標的を求めて部屋の中を泳ぎまわる。

「見てもいいですけど、目、合わせちゃダメですよ。エーダさんみたいになりますから。」

稲妻に釘付けになっていたベクトに、儀礼が恐ろしいことをそろっと言う。

儀礼は剣を機械から外し、鞘に収めた。


「どうすればいいんですか、ギレイさん?」

アレのどこに目があるかわからないが、そんなことを言われて、じっと見ていられるわけもない。

「10分も泳ぎ回ってれば、魔力が尽きて治まると思うんだけどね。でも、魔力暴走の発現までに1時間以上もかかったのがわからないなぁ。ただ魔力付加したわけじゃなさそうなんだよね。ん~、魔力関係は専門外なんだよなぁ。」

エーダの記録していた分析データを調べながら、儀礼は困ったようにあごに手を当てる。


 魔法関係に疎いドルエド国で育った儀礼には、魔法やら魔力やらは分からないことのが多い。

儀礼と一緒にデータに目を通すベクト。

大量の文字列は、ほとんどが基準内に収まっていて、おかしな様子はない。

今まで魔剣暴走の際に現れていた爆発的な魔力量の増加もない。


「どっちかって言うと、減ってますよね。」

ベクトは魔剣の内部魔力の数値が全体的にわずかずつ、減っているのを見て指差す。

「え? どこ?」

別の場所、魔剣外部の数値を見ていた儀礼がベクトの指の先に視線を置く。

「ほんとだ……内部の魔力を吸ったのか。それで発現まで一時間……じゃ、これはどっちかと言うと封印の力?」

内部の魔力を抑えるために、付加される魔法のほとんどは封印のものだ。


「封印して、暴走と同じ結果では、かえって迷惑ですけどね。」

ははは、と否定を含ませ、苦笑する青年。

時折、稲妻蛇が、すぐそばを泳いでいくのは冷や汗ものだ。


「……魔力を吸って具現化する魔力? 稲妻? いや、待って、あれは『意思がある』……?」

「人を襲う『意思』ですか? 嫌ですね、闇みたいで。」

つい一昨日、自分を襲った存在にぶるりと、体を震わせるベクト。

「闇、か。アレに触れた人がどうなるか、ちょっと見てみたくなったよ。エーダさん、放っておけば良かったかな?」

くすくす、と儀礼は言葉ではそう言っているが、真剣に考えている瞳はそれを否定しているのがわかった。


「アレは、意思あるものと考えた場合、生き物? それとも、闇なんかと同じ魔力体かな?」

室内を泳ぎ回る青黒い稲妻を示し、儀礼がきり出してくる。

「魔力体、というか、魔力そのものって感じですけどね。稲妻系の付加魔法だと、付近の敵に無差別攻撃とかありますから、それが近そうですね。」

その稲妻自体には目を向けないようにして、ベクトは答える。

「ああ、そっか。じゃ、本来魔剣を抜いた場合、持った人の意思で発動する魔法が、魔剣の魔力を吸って、『海の鬼』の意識を引き出しちゃったって感じかな。」


 水を操る魔剣に、相性の良い雷属性の魔法。

付加しようと考える者がいてもおかしくはない。

その魔法が、今回はたまたま、魔剣に封じられた魔物の魔力を吸収し、魔物の意思を呼び起こしてしまった。

それがこの魔力の暴走の正体。


「かもしれないですね。でもそんな不安定な魔法、古代の文明でかけますか……?」

今まで見つかっていない古代遺産の不良品。

性能が悪ければ、品が悪くなり、とっくに劣化して長い時間の流れに滅びてしまっているのだ。

封じられた魔物から付けられた魔法で、魔力を吸収できてしまうような、中途半端な封印ならば、とっくの昔にこの魔剣は、暴走を起こして『海の鬼』は開封されてしまっている。


「ないよね。そうなると、この魔法は現代に付加された可能性が高いね。」

少しずつ弱まり始めた稲妻龍を見て、儀礼も青年の意見にうなずく。


「一番最近で詳しく分析したのが、20年前みたいですよね。」

ベクトは徹夜で調べた資料を思い返す。

「うん、この町の資料館に飾られて公開してた時期だよね。そこで公開中に、封印ケースの中とはいえ、分析機と同じ状況で抜かれてたのに、暴走はなし。」

「データでも魔力の吸収はないですね。」

さまざまな数値を見比べて青年は魔剣に目を戻す。


「モートックさんが魔剣を手に入れたのが15年前って言ってたけど、その時も受け取り時に長時間の検査があったから、異常なかったって事だよね……。」

獅子の『光の剣』に関しては、儀礼というSランクの事情もあり、その場ですぐに引き渡してもらえたが、本来、魔剣の引渡しには1週間ほどの調査期間が必要になる。

当然、今の儀礼達と同じ様な状況で、剣を抜き放しての調査が行われたはずである。

そして、剣がモートック氏に受け渡されたのであれば、その時には魔剣には何の異常もなかったということだ。


 なんとなく嫌な結末が見えてきてしまった二人だった。

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