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ギレイの旅  作者: 千夜
11章
306/561

教会

 教会に着き、まず始めに3人の目を奪ったのは、荘厳そうごんな外壁でも、大勢の僧侶達でもなく、神殿と呼ばれる部屋の天井に描かれた天使の絵だった。

「白だ……。」

儀礼が呟く。

「白だな。」

同意するように獅子が頷く。


「ギレイ君みたい。」

一人、白だけがそれを否定し、そこに儀礼の似姿を見る。


 三人とも、吹き抜けのように高い天井に描かれた絵を見て、呆然としていた。

天井絵はどこの教会でもたいてい金髪に青い目の天使が描かれている。

しかし、ここの天使の面立ちは、なんとなく儀礼や白に似ていた。


「あら、本当。よくみるとあなたたちに似ているわね。天使様が舞い降りたのかしら。」

ころころと、楽しそうにグランが笑う。

困ったように笑う儀礼と、頬を染め照れているような白。

その奥にある三人が通された、質素な部屋がグランの仮の住家らしかった。


 三人をイスに座らせると、グランは自らお茶を淹れてすすめた。

それから儀礼が、ナイフの呪われたいきさつや、祖父の研究していた六芒星についての話をした。

「悪魔の封じられていた壷を、開封しようとしていた人がいて、運悪く、運んでいる間に壊れてしまったんです。現れた悪魔を、獅子、彼が倒して、その止めを刺したナイフがそのように強く呪われてしまったんです。」

獅子と共に乗り越えた、死にかけた最初の戦いを思い出し、儀礼はグランに語った。

本当に、あの時はよく生き残れたと思える状況だった。


「よく使われる五芒星が『退魔』、攻撃的なのに対して、古代遺産に多い六芒星は『封魔』、守りの方に向いているらしいんです。五芒星の方が扱いやすくて、今でも武器や、魔法陣、教会での浄化など、様々な用途に使われています。」

儀礼は机の上に、円に囲われた二種類の星を描き出す。

「それなら、あなたはどうして六芒星を?」

扱いやすいと言う五芒星ではなく、六芒星を使う儀礼に、不思議そうにグランは首を傾げた。


「僕には神通力なんてないし、僧侶でもないから神の力も、五芒星の退魔も使えないんです。せいぜい魔除けのおまじない程度で。でも、六芒星の場合は、精霊が力を貸してくれるんです。僕は精霊に好かれてるらしいから。」

儀礼は嬉しそうに、にこりと笑った。

六角の星のそれぞれの角は6つの精霊達の属性を現しているとも言われていた。

儀礼の笑顔に応えるように、儀礼を取り囲む精霊達が微笑む。

まるで、草原から風が吹いてきたかのような、さわやかな空気が部屋中に広がった。

清浄で、暖かい空気。

草の香りも、陽の香りも、優しく肌を撫でるだけの風も、夕闇の窓の閉じた部屋にはあるはずのないものなのに。


(精霊に愛される人が人間にも好かれる理由……。)

わかった気がする、と白は思った。

それは誰でもない、精霊達でもない、心地よい、儀礼自身の魔力の流れのようだった。


「ありがとう。興味深い話だったわ。その様子だと、あの男の人も大丈夫そうね。明日には目覚めるでしょう。それからナイフの浄化にも、準備に二日ほどいただいてよろしいかしら、久しぶりに手強そうよ。」

聖布に包まれた状態の銀のナイフを見て、グランは言う。

「ええ、元々4、5日ほどは滞在する予定だったんで。」

「あー、お前研究室詰めるとか言ってたな。大丈夫なのか? こんな騒ぎになって。」

儀礼の言葉に獅子が心配そうに眉を寄せる。


「大丈夫だよ。かえって、いい方に向いたかもね。魔剣とか好きな人はたいてい呪いのアイテムも趣味の範囲だから。」

楽しそうに言い、そこで思いついたように儀礼はグランに顔を向ける。

「あの、もしだったら、解呪の儀式見学させてもらえませんか?」

儀礼の必死な様子に、グランは深く考えるまでもなく答える。

「構いませんよ。危険も注意もご存知なのでしょう?」

穏やかな笑みでグランは儀礼を見ていた。


「はい、ありがとうございます! 結界を張って、邪魔はしません。それで、他の人も呼んでいいですか? よく言い聞かせますので。」

「ええ。構いませんよ。」

にこりとやはり穏やかにグランは微笑む。

本来なら、儀式の場に部外者は絶対に入ってはならないはずなのに。


(せめて、理由だけでも話しておきたい。)

儀礼は思った。

「その、本当は言っちゃいけないんですけど……。」

言いにくそうにする儀礼に、察してくれたのか、グランは聖職者の顔になる。

「もちろん他言はしませんよ。」

それに安堵したように儀礼は口を開く。


「その人は、魔剣を開封しようとしています。それがもたらすことを、知っているはずなのに、理解していません。少し、きっかけが必要だと思うんです。」

「困ったものね。」

儀礼の真剣な顔に、グランも表情を曇らせた。


 魔剣等を持つ者が、秘密裏に封印を解こうとすることは珍しいことではない。

基本的に古代アイテムを持てる者は、それなりに権力のある者で、そう言う人物はほとんどが、さらなる力を求めるからである。

だが、その被害は確実に、弱き者達へと降りかかる。

グランは、神官としてそのようなことを多く見てきていた。

神官、神の使いであるグランに、魔剣(魔物)の開封を頼む者さえ、いたのだ。

勿論、グランは今までそれらの全てを断り、正しい知識を与えてきたのだが。


「わかったわ。解呪の儀式でその方が考え直してくださることを祈りましょう。」

グランは、胸の前で腕を組む。

「ありがとうございます。」

深く瞑目するグランに、『深く反省させましょう』、と心の中で誓う儀礼だった。


 グランに教会の一部屋を借り、儀礼たち三人は布団を敷き、雑魚寝することになった。

「なんか、気持ち良さそうに寝てるよね。」

そう言いながら、白は眠そうに目をこすっている。

その枕元には、片羽の小鳥が柔らかい布に乗り眠っている。


「そうだな、ちびっこいのはそんなもんだ。」

眠そうに、枕に半分顔をうずめている白に、笑いかけながら獅子は答える。

もちろん、その「ちびっこいの」に白も含まれていることを、儀礼は黙っておく。

うとうとと、まぶたを閉じ始める白。

「ねぇ、私……守るからね。」

片羽の小鳥に、小さくささやいて、白は眠りに落ちた。


 白に掛け布団をかけ直してやり、獅子も布団に横になる。

あの、青年に取り付いた闇を相手にした時に、すぐに倒せなかった事。

儀礼の話も聞かずに怒ってしまったこと。

(まだまだだな、俺も。)

そう考えて、明日からの稽古で、『対魔』を強化しようと、修業の構想を組む獅子。

そのうちに、獅子も眠りに落ちていった。


 ランプも消えた真っ暗な部屋の中、日付が変わってしばらくしてから、儀礼は月明かりだけの部屋で動き出す。

そっと、傷付いた小鳥を手の平に乗せ……儀礼はその部屋を出て行った。

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