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ギレイの旅  作者: 千夜
11章
296/561

おかえり

「私を呼ぶの、夢の中で。どこからか、聞き取れない声がして。なのに、私は答えられなくて……。私は誰? 私は何? なんで、両親は私をあそこに置いて行ったの?」

ベッドに泣き伏したまま、ポツリポツリとネネは語る。

「ずっと、知りたかったの。」

泣いているのか、喜んでいるのか、儀礼にもよく分からないネネの複雑な声色。


 その時、儀礼の腕輪が白い光を放ち、儀礼の瞳の裏に木の板に刻まれた古い文字を映し出した。

それは、娘であるいのりを預けた直後に、その両親が亡くなっていたという事実。

なぜ、それが自分に分かるのか、儀礼には不思議だった。それも朝月の能力なのかもしれない、と思う。

腕輪は白い糸を伸ばし、儀礼の手とネネの手とを結んだ。

「?」

その初めて見る光景に儀礼は首を傾げる。


 すると、ネネが桃色の瞳を見開いた。この世ならざるものを見るような、焦点の合わぬ目で。

「あ……。そうだったんだ……。」

ポロポロとネネの瞳からはまた涙が溢れる。

「私、見捨てられたんじゃなかった。預けられて……生きてって。両親は病で助からなかった……。」

魔力の糸で繋がった儀礼の手を強く握ったまま、ネネは涙を流し続ける。


「……分かるの?」

遠慮がちに儀礼は聞いてみた。

「見えるの。それが私の能力。過去を見定め、未来を見通す。」

真剣な、花巫女の顔となって、ネネは言った。


『――いわいの者は過去を見通し、未来を導く。』

その花巫女の表情を見て、今、儀礼の脳裏に何かがよぎった。

遠い日に聞いた、何か古いもの。


******************


『祝の者は現世ならざるものを見る。

 それは来世、前世、数多のもの。

 良き未来を助け、悪しき未来を払う。

 その姿、異様なり。


 ある者は生まれついて白髪に白き目。

 その眼に何も映さぬと言うのに、全てのものを見通したと言う。

 ある者は黄の髪。暗き中において意のままに稲妻を走らせたと言う。

 ある者は赤き目。戦の場にその巨大な魔眼を開いたと言う。』


*******************


 シエンの古文書の中にそんな文章があったことを、儀礼は思い出した。

「いわいの者は過去を見据えて、悪しき未来を払う。いわい……祝。そうか、そうだったんだ!」

いわい、それはシエンから消えた9つ目の名、「うじ」。

自然な色と思えない普通とは違う、ネネの桃色の瞳と髪。

託宣を告げる、未来を見通す占いの能力。


「やっとわかった……。あれは、人の名だったんだ。ずっと理解できなかったんだ! あれは、いわい一族って意味だったんだね。過去や未来を知る託宣の力。生まれつき変わった容姿。」

もう一度ネネを見た儀礼は思う。

儀礼はネネの中に薄れたシエンの血を見出していたのかもしれない、と。

だから、突き放しきれなかった。

ネネが名を求めていたように、儀礼は誰よりも里を求めているのかも、しれない。


 いつごろいわいの者がシエンを発ったのかは、わからない。

けれど今、『帰ってきた』。儀礼はそう感じていた。

いわい いのり。おかえり、シエンの同胞なかま。」

泣き崩れるネネの頭を、儀礼はそっと抱きしめた。


「どうして私、自分のこと『ネネ』なんて言ったのかしら。」

しばらく泣き伏した後、落ち着きを取り戻したネネは、そう言って溜息を吐いた。

それがなければ、普通の名前が付けられていた、と。


「へんだね。」

儀礼は答える。


「変?」

不満そうに、上目遣いにネネは儀礼を睨みつけた。

「いや、おかしいって意味じゃなくて、字の作りだよ。この字の左側を『ころもへん』って言って、シエンのもう一つの字では『ネ』って音で読むんだ。子供が習った簡単な字だよ。」

微笑みながら儀礼は言う。


「僕の字にも入ってる。儀礼ぎれいの礼。」

儀礼は自分の手の平に『礼』と指で書く。

「私、それだけ読めたのね。」

くすくすと、おかしそうにネネが笑う。

その顔は、晴れ晴れとした爽やかなものだった。


「それなら私たち、同郷なのね」

ネネの言葉に儀礼は少し瞳を開く。

「――そうだね。本当、同郷だ。」

くすりと可笑しそうに儀礼も笑った。


「でも、シエンの人はみんな目も髪も黒いんだよ。」

言って、儀礼は自分の髪に触れる。

「ふふふ、おかしいわね。」

色の違う二人が、まったく違う国で出会って、同郷だと言い合う。

「うん。おかしいね」

情報を奪おうとした情報屋と、世界を滅ぼす情報を抱える研究者。

仲良く、同じベッドに腰を下ろし、穏やかに笑い合っていた。


 そして、ネネは儀礼の敵ではなくなった。


 時たまネネは儀礼から情報を奪おうとはするが、それは互いに遊びながら、情報戦を楽しんでいるかのようだった。



******************


穴兎:“で、? 『花巫女』がシエン人で、敵じゃなくて、宿は半壊で、犯人は不明と。”

儀礼:“うん。”

穴兎:“ふざけんな! 後処理は自分でやれ!”


 穴兎はご立腹のようだ。

そこはそこ、一流の情報屋、『花巫女』が、みごとに立ち回ってくれたらしい。

儀礼への被害は一切なかった。

ネネへの被害も一切なかった。


あったのは、『花巫女』を誘拐し独占しようとした複数の研究団体の崩壊と、資産没収による、宿の再建工事。


 それから数日後のこと。


「儀礼。手間賃貰いに来たんだけど。」

妖艶な笑みをたたえて、いわいいのりは現れる。

「情報はあげられません。」

薬瓶の一つも奪われるわけにはいかないので、ポケットの口を閉じ、儀礼はゆっくりと下がって距離を保つ。


「身体でもいいんだけど。」

うっとりとするような笑みを浮かべて、いのりは一歩儀礼に近付く。

「爪の一欠片、あげられません。」

どこの研究所に送られるかも分からないのに、安易に渡してしまうわけにはいかない。


「やあね、身体で払ってってことじゃない。」

にっこりと笑って、祈が儀礼に抱きつけば、ようやく儀礼は『花巫女』の育った環境を思い出した。

娼館、女性が男性に身体を……。

「あれ?」


 首を捻り、儀礼の考えがまとまらないうちに、祈はさらに儀礼の身体に細い身体を密着させる。

「待って。いのりちゃん。よく考えようよ!」

手の平で、ギリギリの所で祈の唇を押さえれば、ぴたりと祈は動きを止めた。


「今、何て?」

不思議そうに眉根を寄せて祈は儀礼に問いかける。

互いの顔に息のかかりそうな間近な距離で。


「待ってって。」

「そうじゃ、なくて……。何て、呼んだの?」

儀礼の瞳を覗き込み、純粋な目が返事を待つ。


「いのりちゃん?」

儀礼にとっては、シエンの友人たちを「ちゃん」という敬称をつけて呼ぶのが普通のことだった。

幼い頃に周りにいたのが、お姉さんたちばかりだったからだとは、儀礼は随分大きくなるまで、自分でも気付かなかったのだが。


「いのりちゃん。いのりちゃん。いのりちゃん。……。」

なにか、小さな声でぶつぶつと繰り返し呟いて、祈りはゆっくりと儀礼から身体を離した。


「今日の、ところは、これで手を打ってあげるわ。次はこういうわけにはいかないから。『花巫女』からの大サービスだと思いなさい。」

真っ赤な顔をして、儀礼を指差して、祝家の末裔はどこかへと帰っていった。

儀礼は本当に、祈がどこに暮らしているかを知らない。

ドルエド育ちだが、祈は転移陣の使い方は知っているらしい。


「なにか、小さい頃のことでも、思い出したのかな。」

随分と、嬉しそうな顔で去っていった少女に、儀礼は穏やかに微笑んだ。

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