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ギレイの旅  作者: 千夜
10章
289/561

見破る者

 仕掛けたいたずらに誰も気付かないという事実に、儀礼が軽い怒りを覚えていた時、コンコンと扉が鳴った。


「おい! 儀礼、いるか?」

研究室に入ってきたのは、管理局には似合わない獅子だった。

仕事が終われば宿に行くと言っていたので、ギルドの仕事が終わったわけではないだろう。

儀礼は首を傾げた。


「やってみたい仕事が多くてな。帰りが遅くなりそうだから知らせに来た。で、お前らは、……何やってんだ?」

儀礼そっくりに扮した白と、何かを考え込むようにして立つ儀礼。

身長の差はあるが、白が椅子に座っているので、それほど目立たないはずだ。

ふむ、と丁度良いタイミングで入ってきた獅子に頷き、儀礼は白の隣りに立ち、共に獅子に背中を向ける。


「ど~っちだ?」

くすくすと笑うようにして、儀礼は後ろ向きのまま獅子に問いかけた。

コツコツと足音をさせ、数歩で二人のもとに近付くと、獅子は――迷うことなく儀礼の頭を殴りつけた。

「ばかなことやってんじゃねぇ。白にまで迷惑掛けて遊ぶな!」


これが儀礼の発案であることを、獅子は分かりきったことのように怒鳴った。

「痛い……殴ることないじゃん。」

頭を抑え、涙目で儀礼は獅子を睨み返した。

ささいな、いたずらではないか、と。


 その儀礼の衣服から、甘い香りが漂っていることに、儀礼は気付いていないようだった。

 昨日、獅子と白が宿の狭い廊下ですれ違った、桃色の髪と瞳をした目を引く美貌の女性と同じ、花のような甘い香りが、『変な薬を飲まされた』と具合悪そうにしていた儀礼の身体からほのかに香っていたのだ。


「ギレイ君。……警戒心は持った方がいいよ。」

白は、痛そうに頭を抑えて涙ぐむ儀礼を、見上げた。

しろっ。いくら警戒してても、獅子の一撃は避けられないよ? ひどいと思わない?」

実力ある冒険者の、背後からのいきなりの攻撃で、拳が儀礼の頭に当たる直前まで、獅子には殺気も怒気もなかった。

すっかり獅子は一人前の冒険者になっている。


「儀礼。今の攻撃位、白なら避けるぞ。」

悪びれた様子もなく、獅子が答えた。

「つまり……避けられない方が僕だと。そんな判断の仕方は無効だ。痛すぎる。」

口を尖らせ不満そうに儀礼は呟く。

その時、マップの読み込み作業をしていた機械が、ピーッという終了音を知らせた。

二人の目にも留まらぬ速さで、儀礼は機械の元へ駆け出していた。


「……お前はまたちょろちょろと。警戒しろって。昨日のあれが毒だったら本気でどうすんだよ。」

歯をかみ締めるようにして発した獅子の声など、儀礼には聞えていないらしい。

ペンと大量の紙を持ち、たくさんのパソコンと機械に囲まれて、儀礼は遺跡のマップと自分の世界に没頭している。


 昨日、目の前で逃した不審者に、白も獅子も歯がゆい思いをしていた。

しかし当の儀礼は今、真剣な顔をして大きめな紙へと次々と何かを書き記している。

その複雑に動く手先は流れるように素早く、留まることのない瞳は、幾つもの資料の内容を瞬時に捉えて理解しているようだった。

儀礼の頭脳は今、目で見ることはできないが、高速の回転を始めた所なのだろう。

そんな活き活きとした儀礼の姿から、当分現実の世界には返ってこないことを、獅子は分かっていた。


「悪い白、もうしばらく儀礼のこと頼んでいいか? 次の仕事に行くって、人と約束してきちまったんだ。ああなると、儀礼は当分動かないから、どっかに行く心配はないと思うんだが……。そうだ、白。管理局内で剣を抜くのは禁止だが、他人の入らない研究室内で素手での型は禁止されてないんだぜ?」

にやりと意味深に獅子が笑えば、その意味を汲み、瞳を輝かせて白は微笑む。

「素手ならいいんだ。」

嬉しそうに答えて、白は腰に提げていた剣をすぐに取れるよう、椅子に立てかけて置いた。


「一応言っとくが、部屋は壊すなよ。」

頬に冷や汗を浮かせ、注意を付け足した獅子に、白は笑って返す。

「うん。壊さないよ。」

頑丈に結界まで張られた研究室を壊すなど、そうそうできることではない。

ただの冗談だと思い、白は笑って返事をした。

「いや、そんな格好してるからついな、儀礼と同じ様に思えちまって。あいつ、あのなりで、結構、建物壊すんだよ。」

身じろぎもせずマップに向き合う儀礼を、視線で示して獅子は言った。

今の白は儀礼とまったく同じ、白衣に色付き眼鏡に、黒い手袋の姿。

噂の儀礼は、机の上の大量の紙と格闘している。


「……ここ、トラップないよね?」

身体を動かそうと思っていた白は、この間の宿の部屋に、儀礼が仕掛けていたワイヤートラップのことを思い出した。

見た限りに、この部屋の壁に銀色の模様はない。

「室内には、多分ない。儀礼の白衣の中にはあるだろうが。それと、扉の外にはあるから、出る時には一応気をつけろよ。儀礼と一緒に帰るなら問題ないと思うけどな。そうだ、あと、夕飯はちゃんと取れよ。儀礼に任せるな。あいつは忘れるから、お前が殴ってでも食わせろ。」


「え?」

言われた言葉を白は何度か咀嚼してみた。

しかし、やはり理解できない言葉がいくつかある。

「ああ、いや。遅くなっても夕飯には俺が帰るか。あの状態の儀礼は、ちょっとや、そっとじゃ動かないからな。んじゃ、白。俺は行って来る。仕事に誘ってくれた人がいてさ。明日は白も行こうぜ。冒険者の仕事。マジで楽しい。」

にやりと笑って、白の頭を撫でて、獅子はあっという間に黒いマントをひらめかせて、研究室を出て行ってしまった。


 一人残された白は長い間ベッドの上という生活で衰えた肉体を鍛える為に、真剣に身体を動かして訓練を始めたのだった。

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