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ギレイの旅  作者: 千夜
10章
284/561

しゃべる間もない

 先程の男の言葉が不安で、なんとなくじっとしていられず、白は部屋の中をうろうろとさ迷っていた。

うろうろと歩き回るほどの広さが、この部屋にはあった。

給湯室に実験室、書類を書くための机のある部屋、応接スペースにあるソファーは仮眠するための簡易ベッドにもなるようだった。

その実験室の部分には、儀礼が先程運び込んだ大きな機械が何台も置かれていて少し狭く感じる。

応接スペースで、白はさっきまで紅茶を飲んでいた。


 本は机の置いてある部屋の壁に沿って本棚が並んでいて、色々な資料が置かれていた。

資料に混じって、娯楽用の本がちらほらと雑然と入っている。

物語りだったり、日誌のようなものだったり、歴史の本だったり、白がまだ読んじゃいけないような本だったり。

とりあえず、面白そうな読み物を読んでいた白だが、知らない男が来てからは落ち着かず、本を読む気分ではなった。

そこで、少しでも情報を得ようと、最近の新聞を読んでみることにした。

白が見た最近の新聞といえば、拓が持っていたという記憶だけだ。中味は見ていなかった。


 先月にはフェードの有名な町、フロアキュールの管理局が『闇の剣士』により乗っ取られ襲われたという。

フロアキュールは大きな町で、ギルドと管理局が併設されているはずだった。

そこを襲撃するとは、戦争のような悲惨な光景だっただろう、と白は何だか胸が痛んだ。

しかし、その主犯である男はすでに倒され、フロアキュールの建物の修理もすでに終了したようだった。

事件に関わった人物が多すぎて、いまだに全容の解明にはいたっていないと新聞には書かれている。

「フロアキュール。あんな大きな町でも襲われるんだ。」

人事ではないように思えて、白は思わず自分の服の胸元を握り締めていた。

フェードの別の町でも、人の仕業により町が土砂に埋もれるという災害が起きていた。

いつ、何が起こるのかは本当に分からない。

災害を起こすのはもう、自然界だけという時代ではないのだ。


 再び、シャーロットが白に警戒を促した。

部屋の結界に何かの魔力が触れて誰かが侵入しようとしているらしい。

普通、これだけ強固な結界に入り込むのは、相手の了承がなければとても大変なことだ。


 床に現れる白い魔法陣。移転を表す複雑な紋様と光。

今度現れたのは、二人の男だった。

白は警戒するようにじりじりと下がり、書斎から研究室へと戻った。

研究室に廊下へと繋がる扉があるのだ。

そしてもちろん、『僕は何もしゃべりません』と書かれた紙も、この部屋の壁にある。

天上に頭の付きそうなほど大柄な男と、小柄ではないが、細身の男。

二人はゆっくりと白を追って研究室まで歩いてきた。


 とたんに、一人の男が床に転げ落ちた。

「マジだ。アーッハハハッ!!」

可笑しそうに身をよじり、床に転げ回っている細身の男。

その男の目が白に留まるよりも先に、壁に貼られた文字に留まったことを、白は確認していた。

バンバンと、我慢できないというように男は床を叩く。


「お前、コレを見せるためだけに俺を連れて来たのか?」

呆れたようにもう一人の大柄な男が言う。体によく合った低い声。

大きなごつい体なのに、その瞳は優しそうに見えた。

いきなり笑い転げる細身の男の方が、非常識すぎるだけかもしれないが。

「悪いな、ギレイ。こいつはすぐに連れて帰るから。とは言え、俺は移転魔法が使えんからな。こいつしだいになるんだが。」

困ったように大きな男が後ろ頭をかく。

「ほら、コルロ。お前仕事中だろ。いいのか、こんなことしてて。」

大きな男は、軽々と寝転がる男を引き起こす。

「バクラム、コレを見ずにどうやって、こいつを守る仕事を続けると。楽しみがなけりゃ、続けらんねえって、護衛なんて。」

あははは、とまた遠慮もなしにコルロは腹を抱えて笑い出す。


「お前も、何を考えてアーデスが来るって時にそんな、冗談始めたんだ?」

眉にしわを寄せてバクラムが言う。

さっきの人が、この笑い転げている人に知らせて、この二人が来たらしい。

白は後ろの文字を振り返った。

人が来るという時に、大きく書かれた文字。『僕は何もしゃべりません』。

確かに、何かの冗談にしか見えない。


 しかし、覚悟しておけといいながら、さっきの人は自分でこの事を広めに行ったらしい。

なんとなく「ひどい」と白は心の中で呟いた。何が起こるのかと、とても心配したのに。

来たのは、笑い転げる人。


 ひとしきり笑って満足したのか、笑っていた男は白へと向き直る。

「お前はほんと、よくそんな楽しい生活送れるよな。」

まっすぐに白を見る目には蔑みや馬鹿にした様子はなかった。

見守るような優しい表情に白は戸惑う。

笑い転げている時とはまるで別人のようだった。

けれど、やはりその口元には笑みが浮いている。

「じゃ、楽しんだし。笑ったし。帰るか。」

くくくっ、と最後にもう一度笑って、細身の男は大柄な男に促す。


「俺は結局巻き込まれただけか。」

苦く笑ってバクラムが言う。

「ああそうだ、ギレイ。頼まれてた布な、シュリに持たせたから。後で届けに来ると思うぞ。こんなことなら、俺が届けた方が早かったじゃないか。」

白に向かってそう言うと、最後にぼつりと愚痴って、バクラムとコルロは白い光の中へと消えていった。


「……何なのかな?」

ついていけない展開に、白はシャーロットへと問いかける。

ずっと、結界を張るタイミングすら逃していたシャーロットも、困ったように首を傾げていた。

何だか力の抜けた気がして、白は応接間にあるソファへと深く腰掛けて、体を休めることにした。

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