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ギレイの旅  作者: 千夜
10章
280/561

管理局の危険

「行こう、白。話済んだって。」

絡んできた男に背を向け、にっこりといつもの優しい笑みを浮かべて、儀礼は歩き出す。

周囲に集まっていた人たちが、慌てたように道を開け、散っていった。

「……ぅしゃに……だ。」

ぼそりと、低い声で男が何かを言った。

背中を見せ、全ての片が付いたと言わんばかりに、警戒心の欠片もなく歩いていく儀礼に向かって、男は腰に提げていた、長いナイフを抜いて走り出した。


「ギレイ君っ!?」

叫ぶと同時に、白の体は動いていた。

何のためらいもなく、魔力を込めた両掌で、目の前を通過しようとした男の体を突き飛ばす。

壁にぶつかった衝撃で男は気を失い、手からナイフを取り落とした。

そのナイフを儀礼は踏みつけ、瞬時に男の手の届かない位置に蹴り飛ばした。

「白、本当に強いんだね。びっくりした。」

目を見開いて、儀礼は白に言う。

今の、儀礼の冷静な足の動きは何? と、白は言いたかった。

儀礼の蹴ったナイフは、簡単には抜けそうもない位、深々と壁に突き刺さっている。


「いざとなったら、僕にはトーラがいるから、無茶はしないでね。白が、怪我したらと思うとちょっと心配だよ。」

心配そうに眉を寄せる儀礼の表情は、優しいものだった。

「トーラが居るから」、そう言った儀礼の言葉が、白にはとても不思議に感じられる。

精霊が見えず、その存在に気付かないと言う儀礼が、機械や宝石などに道具としてではなく、心あるものであるように接したり、力を借りるという言い方をしたり、向き合えない精霊達に話しかけ感謝を送ったりする。

まるで友人ででもあるかのように。


 そんな、優しい存在が、何故、いきなり襲われたりしたのだろうか。

『勇者になるチャンスだ』。儀礼を襲った男は、そう言った気がした。

人を襲っておいて、『勇者』になるとは何を考えているのだろうか。白には、理解できない。


 当の儀礼は、警備兵に男を引き渡している。

「絡まれて、いきなり襲われました。」

警備兵に、そう言う儀礼の言葉は間違ってはいないのだが、どこかに落ちない、と白は悩む。

冷静すぎる儀礼の対応、あまりに慣れたような態度。

そしてなにより初めに絡まれたのは、白だったはずなのに、警備兵は白の方へは見向きもしない。

白への質疑は、そうなのかい? と聞かれてとっさに、「はい」と答えた、それ一回だけだった。


《『ギレイ・マドイ』。名乗ってはいけない名だったのかしら。あなたのように。》

白の横で、心配そうにシャーロットが言った。

言われてみれば、おととい、町の中で出会った女性にマドイ様ですか、と聞かれ儀礼は否定していた。

それから、シャーロットの心配が、白だけではなく、儀礼にも向けられていることに、白は気付いた。


 精霊は、大気や大地、炎に水、そういう『自然』そのもののような存在で、自身の意思ではなく、自然の流れ、世界を動かす強大な魔力の流れに身を任せていると言われている。

けれど儀礼の周りにいる精霊達は、自分の意志を持っていると、白には思えた。

そして、出合った瞬間からずっと、誇り高い姿で、美しく清らかな水の精霊、シャーロット。

守護精霊としての契約の元、勤めを果たしてきたシャーロットが、白以外の人間にも興味を持ち始めた。

主を守ること以外には、まっさらだった守護精霊に、白の警戒心と好奇心が混ざり、今また、儀礼の広い心が移っているような気がしていた。


 獅子いわく、「暗殺者にも殺人鬼にもちょろちょろと付いていってしまう」と言う儀礼の性格。

(警戒心は必要だと思うよ、ギレイ君。)

ナゼかとても張り切って働く、警備兵達に囲まれた儀礼を見て、白は心の中で呟いた。

その腕では、透明なはずの腕輪の石が白く輝いている。

白からはその背中しか見えないが、楽しそうに美しい唇でほくそ笑む朝月の姿が、なんとなく白には想像できる気がした。


 あっという間に、警備兵達が男を連れ去り、あたりは通常に戻った。

「可哀想に、大変だったわね。」

「怖かったでしょう。」

待合室にいたおばさんたちが心配そうな顔で、儀礼と白に話しかけてきた。

何でも、ああいう人は何かと理由をつけて、立場の弱そうな人に雑用を押し付けたり、実験の手伝いや、ひどい場合には実験台までさせたりするらしい。

子供の白が一人でうろついていたので、目を付けられたらしい。


「ありがとうございます。大丈夫です。管理局の警備はいつもしっかりしてるから、安心してます。」

儀礼は心得ているとばかりに、微笑んで言葉を返す。

そんな対応すら、慣れている気がするのは白の気のせいだろうか。

儀礼の信頼しきったような笑顔に、目を見張り、おしゃべりの好きそうなおばさん達が言葉を失ったように、黙り込んだ。


「あ、マドイ博士。お部屋の準備が整いました。綺麗に掃除しておきましたから。」

受付けにいた、ふくよかな女性が儀礼に、にっこりと微笑んだ。

その老年に近い女性の朗らかな笑顔は、とても明るく温かな印象を受けた。

「ありがとうございます。」

丁寧に頭を下げて、儀礼は綺麗な笑みで、女性に感謝を返した。

見惚れている。

確実にその女性は、今の儀礼の綺麗な笑顔と、場に流れた爽やかな空気に見入っている。

それに、気付く様子もなく、儀礼は借りた研究室へと、足を向けたのだった。

白は一応、その呆然としている女性達にぺこりと頭を下げて、儀礼の後を追った。

朝月の気配はすでに霧散し、その場には欠片も残ってはいなかった。


 『老若男女』なんとなく、そんな言葉が白の頭に浮かんだ。

その言葉の中には、精霊の姿も含まれている。

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