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ギレイの旅  作者: 千夜
10章
270/561

通常と違う日常

 ――『通常』とは普通の状態のこと。――

 ――『日常』とはつね日ごろのこと。――


「白、どんな武器使える?」

その日も、朝から愛華に乗り、通常では考えられない速度で走りながら、儀礼は白を振り返った。

「ギレイイ君っ、運転は!?」

震える声で答える白に儀礼はクスクスと笑う。

「オートだってば。自動運転。愛華が自分で走ってくれてるの。」

にっこりと儀礼が笑えば、ふわりと暖かな風が車内に流れる。

窓は閉まっている。開いていたとしても、外から入ってくる空気は冷たい冬の風だろう。

姿は見えないが、白には確かに愛らしい風の精霊、愛華の気配が感じられた。

そして、もう何も思うまい、と白は儀礼の魔力の撒き散らしに関しては、考えることを諦めた。

青い精霊シャーロットはまだ、白の隣りで、不思議そうな表情で、鏡のようにそっくりな儀礼の顔をじっと見つめている。


「剣? 弓? ナイフ? 何が一番使いやすい?」

白の前に、小さめな剣、小ぶりな弓、装飾のない実用的なナイフなどが儀礼の手により、次々と並べられた。

「槍は大き過ぎるから運ぶのが大変で難しいけど。あ、クロスボウってのもあるよ。使ったことある?」

弓を横向きにして銃と呼ばれる武器と組み合わせたような物が白の前に出された。

クロスボウという武器は白も知っていた。それが、手作りできるものだとは、白は知らなかった。


「武器は、剣が一番得意かな。皆が教えてくれたから。」

目の前の武器を見ながら、白は毎日、周りにいた騎士たちとしていた剣の訓練を思い出した。

「一応、安全のためには持っておいた方がいいと思うんだよね。使えるならなおさら。」

持ってみて、と儀礼が目の前の剣を白に手渡した。

「買えばいいだろ。常に持つ武器なら合った物選んだ方がいい。その剣、お前の練習用に買ってさぼりまくってる埋没品じゃねぇか。」

「うわっ、やぶへびだ。いらないところから蛇が出てきた。」

引きつった顔で儀礼は獅子を見る。

「蛇はやぶ以外にもいるぞ。」

当たり前だろ、と獅子は言う。

「……そうだね。シエンではどこにでもいたね。『毒の牙』とかシャレにならない攻撃してきた奴もいたし、気付けば誰かのおやつになってたし……。」

幾度か頷いた後、晴れやかな顔をして、儀礼は車の天井を見上げた。

残念ながら白には、そこに晴天は見付けられなかった。

シャーロットが白や儀礼と同じ様に天井を見上げ、不思議そうに首を傾げている。


 昼を過ぎ、明るいうちに宿をとると、儀礼達は白の武器を見るために町の中に繰り出した。

並んで歩く儀礼、獅子、白。

そして、白の傍らを飛ぶシャーロットと、儀礼のポケットから顔を出しているトーラと、うきうきとした様子で距離を保ってついてくる朝月の姿は、やはり白にしか見えないのだろう。


「あ、あああの! もしかして、マドイ様でいらっしゃいますか!?」

突然、通りすがりのスーツを着た女性が上擦った声を出し、儀礼の袖を掴んだ。

服の質などを見れば、その女性はそれなりに高い階級にあるように思われた。

「違います。」

掴まれた腕と反対の手で色眼鏡を深くかけ直し、儀礼は縁も関わりもありませんとでも言うように、にっこりと爽やかな笑みを浮かべた。

それを向けられた研究者らしい女性は、手に持っていた資料をごっそりと取り落とし、口を開けたまま呆然と儀礼の笑顔に見惚れている。


「……落ちましたよ。だめじゃないですか、こんな大事な資料から手を離したら。誰かに持って行かれますよ。」

眉をしかめ、注意するように言いながら、儀礼は落ちた資料を拾う。

「あ、下から三行目、シーラではなくθthetaシータですよ。なので、記述の古代の原文で示すものは『女』や『魚』ではなく『人』ではないでしょうか?」

拾い上げた紙の一枚に目を留め、儀礼は思わずというように口に出していた。

他人の資料を勝手に読むのはマナー違反だ。

しかしこれは、親切で拾おうとして、勝手に目に入ってしまった。

そして、目に入った部分に、一目で分かる書き間違いがあったのだ。


 気付けば、儀礼は口元に拳を当て、真剣な表情でその資料を読んでいた。

その射抜くような鋭い瞳の奥底に、深い知性と思考が渦巻いているのが伺えた。

「ここに、『人』が出てくるってことは、戦略的な意味が出てきますよね。平和的ではない……、洗濯や料理、漁のためではなく、侵略を意味する用途としてこの川を訪れた――、うわっ、これ歴史に変化が……って、失礼しました! 勝手に読んでしまって。すみません! 忘れます! お気になさらず! ごめんなさい!」

儀礼は顔を青ざめ、押し付けるように資料を女性の手に返すと、慌てて白と獅子の手を引いて駆け出す。

今のは、完全に儀礼の越権行為だ。他人の資料を覗いた挙句、求められてもいないのに、勝手に口を出すなど、マナー違反ではすまない。

下手をすれば管理局から警備兵を呼び出されるところだ。

資料を無理やり返された女性は、呆然と、走り去る儀礼達の後ろ姿を眺めていた。


「あんな隙だらけの格好で、無用心だよな、町の人間は。」

儀礼に手を引かれたまま、後ろを振り返りもせず、呆れたように獅子は言う。

「えっ?」

思わずというように、白は女性を振り返り、次いで獅子と儀礼を見比べる。

白には、今の女性をあそこまで隙だらけにしたのは、儀礼だったように思えたのだが。

朝月はちゃんと距離を保っている。あの女性に影響があったようには思えなかった。


 慌てたように走る儀礼と、今の光景をなんとも思っていない様子の獅子。

今の様な出来事は、二人にとって、日常的な事のようだった。

そして、白はもう一度女性を振り返った。

身じろぎもせず資料を抱きしめる女性の顔は、遠目に見ても分かるほど、真っ赤に染まっていた。

それが怒りによるものでないことは白には、はっきりと分かった。


 その女性が研究題材への助言を求めるために、幾度となく『蜃気楼』宛てに、届くことのない依頼書メッセージを送っていたことを、儀礼はもちろん、知るよしもなかった。

たくさんの方に読んでいただいて感謝しております。

ありがとうございます。

お気に入り登録、評価していただき、ありがとうございます。

この場を借りてお礼申し上げます。

これからも少しでも興味を持って読んでいただけたら嬉しいです。

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