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ギレイの旅  作者: 千夜
9章
263/561

朝月の機嫌

「車でドルエドの国境まで行けばいいよね、白。明日から、よろしく。」

嬉しそうに儀礼は白に笑いかけた。

「うん。ありがとう。本当に、お世話になります。」

白は深々と頭を下げる。

儀礼は笑う。楽しそうに。

その後ろに姿を現した白く背の高い精霊、朝月あさづき

陽を浴びて輝く雲のように光る、白い精霊のあでやかな気配に白は息を飲んだ。

儀礼の背に寄り添い、目元を隠した袖の下で、隠し切れないほどの喜びに、微笑みを浮かべているのが分かった。


 そして精霊の鼻歌というものを、白は初めて聞いた。

美しい声、美しいメロディー。それが、何の歌なのかはわからないが、春の芽吹きを感じるような、雪解けを謳うような、暖かく明るい歓喜の音色。

 (朝月さん、ご機嫌だね。)

白は心の内で、自らの守護精霊に語りかける。

 《今朝よりも、清浄さが増している気がするわ。》

シャーロットは、白の耳のそばに飛びささやく。

 《契約に縛られていないから、与えられる魔力の量に制限がないのね。》

呆れたようにシャーロットは上機嫌な朝月を見る。

 《あれだけ強力な精霊の気配を変えるなんて、朝月、どれだけの魔力……奪ったのかしら。》

シャーロットは美しい顔の眉間に小さなしわを寄せ、考え込むように口元に指先を当てる。

「奪ったんだ……。」

冷や汗を流しながら、白は思わず言葉を口に出していた。


 その声に気付き、朝月はゆったりと白を振り返る。その動作すらがうっとりする程に輝いて見えた。

けれど、朝月は音もなくふわりと後退し、しっかりと白から距離を取った。

《私は、力を貸した対価として受け取っただけ。奪ったのではなく、儀礼が石に流し込んだ。加減を知らない子なのだ。もらったろう? 青き精霊。》

艶めく白い唇を曲げて、朝月は微笑む。


《しかし、儀礼に私の魔力を貸したために、残留した魔力に当てられた者共が、外をうろついている。》

ふっと朝月は息を吐いて笑う。

《昔を思い出す光景だな。人は私の思いのままに……。》

にやりと、窓の外に顔を向け朝月は口元に妖しい笑みを浮かべる。

その冷たいほどに美しい笑顔に、白の背中には寒気が走った。

「大丈夫? まだ調子悪い?」

たじろぎ、青い顔で一歩下がった白の顔を、心配そうに儀礼が見た。

白は慌てて首を横に振る。


《心配は要らない。》

ころころと軽やかな声を上げて朝月は笑う。

《あの者達はギレイを「守る」と言っていた。『私の』魔力だからな。》

そう言った朝月の表情は口元からしか判断できないのに、温かいと感じるほど慈愛に満ちたものだった。

朝月は儀礼を見守るように音もなく近付き、その周囲の空気に溶けていった。


 今もまだ、ギレイの周りは魔力を見るために目を凝らしてみれば、薄っすらと白く輝いている。

朝月の残留魔力。

鍛えられているはずの町の兵士たちを惑わせたらしい。

(昔って、言った。人は思いのまま? 朝月さん……何したんだろう。)

消えた朝月の気配を呆然と反芻しながら、額に汗を流し白は思った。


《魔力もそう高くないのに、こいつらが無事なのはさ、小さい時から儀礼と一緒だからだな。》

英が、白のそばに飛んできて獅子達三人を示して言った。

《年月かけて耐性ができたんだろうな。けど、お前は魔力高いくせに、耐性低いんだな。》

赤い顔の白の肩に小さな体で飛び乗り、意外そうに英は言う。

「私は、戦う為に体を鍛えたから。身を守るのは、精霊に任せてるんだ。それが、守護精霊の役目だし。」

「体を鍛えてても、休むことは必要だよ。無理しなくていいから、白。歩くわけじゃないし、愛華に乗ってるだけだから大丈夫だと思うけど……距離開けたいから。明日から長い時間車での移動になるよ。具合悪くなったらすぐに言ってね。」


 英に言った言葉を儀礼が受け取り、儀礼はまた、にっこりと笑う。

朝月の気配を残す、光溢れる笑みで。

「……ギレイ君。あの、私、うん。少し休むから。ギレイ君も休もう。」

どれだけ、精霊たちに魔力を与えているのか分からないが、このままでは、儀礼は魔力切れを起こすのではないか、と白は不安になった。

昨夜も、その前も、儀礼は目覚めないほど深く眠っていたと言う。

それは、魔力の切れた状態とよく似ていた。

今日も、朝月の気配を変えるほどの魔力、トーラに与えた魔力、シャーロットにまで儀礼は魔力を分け与えたという。


「…… え?」

白はふと気付く。それは、人間をはるかに超えた魔力の所有量。

ぎこちなく、白は儀礼を凝視する。

白の連れる守護精霊によく似た容姿。美しい顔に、大量の魔力。

朝月のような最高位の精霊にまで慕われ、守られようという存在。それは本当に――

「ギレイ君……人間? なの?」

顔の色をなくし白は呆然と儀礼を見つめる。


「白まで。僕、何かした?」

瞳から涙をこぼして、儀礼は白を見る。酷く傷付いた様子だった。

『Sランク(人外)』、それが儀礼に重くのしかかる。

それを背負うと覚悟を極めても、なお重い、人からの異端への目。監視の発動。

儀礼はテーブルに突っ伏した。

「ごめん。本当に疲れたんだ。ちょっと、休ませて。」

そう言って、儀礼はすぐに眠りに落ちてしまったようだった。


《寝かせてやってくれ。》

再び朝月が姿を現した。

《今度は本気で魔力を奪った。こうでもしないとこの子は休もうとしない。》

朝月は困ったような笑みを浮かべていた。

《魔力は後で返す。今は、魔力よりも体力が足りていない。少し暴れ過ぎたのだ。

なのに、外の警備隊に混じって参戦するつもりだったのだろう。》

朝月は儀礼のポケットの中の手を指し示す。

白がその手を引き出してみれば、何かの機械が握られていた。

その機械がころころと床を転がり、獅子の足元へと届いた。

《外に、仕掛けに行くつもりだったらしい。トラップの一つだ。自分のせいで兵士が傷付くことに我慢できなかったのだろう。》

朝月は苦笑するように言う。


《明日の朝まで白衣を奪っておいてくれないか?》

その朝月の言葉が聞こえているはずがないのに、獅子は無言で、儀礼の白衣を脱がし、ベッドへと寝かせた。

そして、光の剣を握る。

「ちょっと、外に体を慣らしに行って来る。」

獅子はにやりと笑って、室内の警護を拓に任せると、外へと出て行った。

「外の見回りは了か。この時間なら、夜中に交代だな。んじゃ、荷造りでもしておくか。」

拓はすぐに少ない荷物を纏め始めた。


朝月が、白の目の前へと降りてきた。

シャーロットが間に割り込み、警戒する。

しかし、朝月は微笑んだ。

《ギレイが名を、呼んでくれた。感謝する。青き精霊の主よ。》

先程儀礼に向けた優しい微笑みを、白にも向け、朝月はまた、空気に溶けていった。

辺りに残ったのは清浄な気配。確かに光の精霊の気配だった。

上機嫌な朝月はきっと、空気に溶けても鼻歌気分だ。


《名を呼んでもらえた。何度も、何度も。力を、貸してくれと。ギレイが。やっと。》

濃い朝月の気配が、妖艶ではなく解れていく。

けれど、人の背丈を保つほどの力を持った妖魔は、簡単には浄化しきれない。


 妖艶な朝月が、鼻歌を歌いながら、リズムに合わせ手を振り回し、室内を闊歩する。

「……朝月さん、今日もご機嫌だね。」

この日から時折、白はそんな朝月の姿を目撃するのだった。

そして、その声とも言えない音色の美しさに、白は耳を澄ませるのだった。

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