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ギレイの旅  作者: 千夜
9章
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後継者

「お前、本当にカナルと同じ歳には見えないな。」

ネルイを膝に乗せ、ミーを抱え顔の半分が見えなくなった儀礼の姿に、シュリは笑いながら呟く。

カナルならば、片足にネルイ片腕にミーを軽々と抱え、余裕で上から顔がのぞく。

「ははっ、確かに。俺の後ろにいれば、それで護衛できそうだな。」

大きな体を揺らして、楽しそうにカナルは笑う。

カナルにとって大きな体と、強い腕力は大層な自慢なのだろう。


 儀礼は不満そうに口を尖らせる。

「見た目と歳は、関係ないです。」

そんな護衛、儀礼はいらない。護衛は――盾の代わりではない。


「だいたい、バクラムさんがロワルゼン流を復活させるなら、カナルは後継でしょう。」

護衛などしている場合ではない。より忙しくなるバクラムを手伝わなくては。

だが、儀礼がそう言った瞬間に、場の空気が凍りついた。

何か、儀礼は触れてはいけないものに触れてしまったらしい。


 一人、皆に背を向けるようにして俯き、シュリが冷静な声を出した。

「そうだな、親父を継ぐのはカナルだ。」

冷たい響きの、冷たくしなければ、震えてしまいそうなほど熱い思いを込めた声。

「シュリっ。」

バクラムが、宥めるような、戸惑うような深い響きの声を出した。


「?」

儀礼は眉をしかめて大きく首を傾げる。何が起こっているのかがよくわからなかった。

「いるんだよね、ロワルゼンの後継者。2年前に息子が継いだって言ってたよね。」

儀礼は近くに来たアーデスに問いかける。

ロワルゼン流に後継者がいるなら、バクラムの始める『マスター』回顧の流派は新しい分派になる。

道場をカナルが継ぎ、ノーグの家をシュリが継ぐ、そう言うものではないのだろうか。


「今継いだ者はいるな。だが、その次がいない。一人娘で婿をとることになるって話しだ。まだ、娘は13歳。しばらく先のことだが……候補にシュリとカナルも挙がっている。」

言いにくそうに、淀みながら、アーデスは言った。


「息子さんを下さいと。」

儀礼の言ったことと大差ないじゃないか、と言外に意味を含ませて儀礼はバクラムに問う。

「いや、違うが。……似たようなものか。」

結局、苦い顔でバクラムは肯定した。


「よく、わかんない。ロワルゼン流は大槌を使った戦法なんだよね? で、バクラムさんやカナルのような大きな体格が有利だって言うのは合ってる?」

服を引っ張るようにして儀礼が問いかければ、アーデスは頷く。

「じゃぁ、バクラムさんが新しい『マスター』になるよりは、カナルを鍛えてロワルゼンに婿に入った方がスムーズなんだ。」

儀礼に、彼らの人生を左右するようなことに口を出す資格はないが、『蒼刃剣』が直るかどうか関わってくるので気にはなる。

できることなら、ユートラスと全面的に事を構える前には、蒼刃剣を修復させたい。

そして実際、そのロワルゼン流の後継としてはカナルが有望視されているらしかった。


「その可愛いの?」

素朴な疑問を儀礼は聞いてみる。

だって、それではまるで家のための政略結婚のようではないか。

バクラムが自分の子供を紹介したときのように頬を緩めて、答えた。

「いい娘だとは思うぞ。素直で、家の手伝いに一生懸命だ。武道の才には恵まれなかったがな。」

ガハハッ、とバクラムが笑う。


「小さい槌でも振り回すたびに足を捻るんだ。もう誰もあいつ、セセリアに武器を持たせねぇよ。」

なんだか、とても赤い顔で視線を泳がせてカナルが説明してくれた。

そのはセセリアと言う名前らしい。

ワルツの様に、ハンマーでの戦いを習得している女性もいるので、女性だから後を継げないと言うのではなく、本人の才能によるものらしい。


 儀礼がちらりとシュリを見れば、困ったような、見守るような複雑な顔で頭をかいている。

カナルの反応、兄らしいシュリ、朝、シュリが儀礼に言った慣れた様子の冗談……。

鈍い儀礼にでも、なんとなく分かった気がした。

「……もしかしてシュリ、だから誰彼だれかれ構わず結婚しようと――。」

儀礼の口はシュリの手によりふさがれた。

「人聞きの悪いこと言うなよ? お前が言うとなんっかものすっごく不安になるからな。」

シュリの元気が出てきたようなので、儀礼はこくこくと頷いてその手を離してもらう。


「シュリの戦い方はさ、バクラムさんの戦い方に、かなり我流とアーデスの我流が混ざってるよね。」

「私も我流ですか。」

シュリに向けて言った言葉に、くすりとアーデスが笑った。

「アーデス流?」

くすりと、儀礼も笑って返した。


「とにかく、シュリの体じゃ、槌を使うのはもったいないよ。」

儀礼はシュリに向き合い話しかける。

魔砕の大槌バクラム・ノーグ』を継ぐということはその戦法を継ぐということだ。


「よく、言われるよ。力が足りない、体が小さいってな。」

苛立ったような諦めたような、冷たい声がシュリの口からは零れた。

「絶対、刃物ついてないともったいないよ。シュリの特性よさはその力と速さでしょ。抵抗強い槌で威力落とすことないよ。」

儀礼はシュリの腕を掴む。

服の上からでもはっきりと分かる、儀礼とは違う筋肉の付き方。

朝月の魔力で強化しても、儀礼に押さえ切れなかったシュリの力。

儀礼の目には、シュリの放つ武器の威力が見えた気がした。

するどい刃先から繰り出される闘気の風圧は、群となった魔物をすら圧倒することになるだろう。

闘気を込め、魔力を纏った、武器と身体。


「シュリ・ノーグ。」

儀礼はあえてその家名を付けて呼ぶ。

驚いたように目を開いたシュリに、儀礼はにやりと笑う。深い意味を込めて。

「もっと腕上げてよ。まだまだシュリは成長前だ。」

儀礼の『見た』シュリの身体、多大な成長の可能性。


 獅子の体には闘気が満ちている。

 

 カナルが持つのは、武器を強化するために攻撃的に特化された魔力。


 そして、シュリの体内にある、まだ闘気にも魔力にも分類されていないと思われる、目覚める前の力。


回復、補助、魔力強化、攻撃魔法、闘気による近接身体強化能力……などなど。

シュリにはまだ、どのようにでも変化する可能性が残されている。

今でもすでに、シュリは相当戦えるのに。


「つまり、現段階で護衛を増やす気はないと言うことですね。」

諦めたような大きな溜息を吐いて、アーデスが言った。

「そう、なりましたね。」

にっこりと儀礼は笑う。敏い人は話が早くて助かる。

命の危険に晒される仕事を、友人に勧められるわけがない。


「バクラム。護衛対象が、敵の襲撃で傷付く前に、栄養失調で倒れたり餓死と言うことになったら、護衛の責任になると思うか?」

アーデスが意地悪く笑う。

「責任にはならんだろうが、恥だな。」

腕を組み、わざわざ真剣に考える風にして、バクラムは答える。


 儀礼は笑顔のまま表情を固めた。これは、どうやら、護衛以外のものを付けようという魂胆らしい。

本来の上位研究員についている、助手や秘書という文人系の補助員アシスタント

「食べます。気をつけます。自己管理します。」

目に涙を浮かべ、儀礼はそんな自分の身を守る術も持たないような者を、周りに置かないでくれと訴える。

やるとしたら、確実に外堀を埋めてやられそうだ。

『蜃気楼』の助手とでも銘打って情報を流せば、あっという間に世界中から追われる人間のできあがりだ。

それを見捨てられないのが、団居儀礼まどいぎれいという人間なのだ。

「護衛にするなら強い人でお願いします。」

人員強化を、儀礼は泣く泣く受け入れる。

まだやはり、駆け引きにおいて、儀礼はアーデスに及ばないようだ。


「どの位強くなればいい。」

真剣な顔でシュリが儀礼を見た。それはあの、格上の冒険者にも挑む、意志の強い目。

儀礼は二度ほど瞬くと、口端だけで笑い、一箇所を指差した。

「……アーデスかよ。」

呆れたような、苦笑まじりの声でシュリは言う。

しかし、儀礼は声には出さない。指の向きを僅かに変え、もう一度シュリの目を見て笑う。

僅かに上がった指先。その意志を汲み、シュリもまたにやりと笑った。

(目指すなら、さらに上を。)


「お前、いい性格してるな。」

楽しそうに、シュリは笑う。それは、何かから開放されたかのような、屈託のない少年の笑顔。

「褒められた。」

にやりと儀礼は笑う。

「マジでいい性格だ。」

一瞬、眉間にしわを寄せ、しかしすぐにシュリはまた笑い出した。


***************


 儀礼はシュリに移転魔法でフェードの町、トーエルの管理局まで送ってもらった。

転移陣のある場所への移転は、比較的分かりやすくて簡単らしい。

フェードに来た途端に感じる冬の寒さ。

先程まで暑過ぎるような場所にいたので、肌を刺す様なこの寒さをすっかり忘れていた。

白衣の前をしっかりと閉め、儀礼は後ろを振り返る。

「送ってくれて、ありがとう。またね。」

儀礼はにっこりと、送ってくれたシュリと、見送りに来てくれたラーシャとカナルにも礼を言う。

そうして、別れを告げ、儀礼は転移陣の間の扉を開い――パタンッ。


「……見なかったことに。」

開けると同時に扉を閉め、儀礼は立ち尽くす三人に言った。

「え? 今の奴ら、何……。」

「なんで、ひざまずいて……。」

「町の兵士よね……?」

呆然と何事かを呟く三人に、儀礼はにっこりと微笑む。

「寒すぎても幻覚って見るんだね。シュリ、皆風邪引く前に帰った方がいいよ。」

全てを見なかったことにして、儀礼は三人に帰る事をうながした。


 儀礼の開けた扉の向こう側、今朝宿で見た警備兵達が倍以上に数を増やし、なぜか廊下を埋める勢いで列を成し、跪いていた。

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