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ギレイの旅  作者: 千夜
9章
254/561

白い刃の異常

 向かい側に座っているラーシャもメルーもタシーも普通に食事を進めている。

やはり、この家ではこの料理で普通なのだろう。


 シュリがおもむろに立ち上がり、キッチンのそばにある戸棚を開いた。

戸の内側には、水色の魔法石の様な物がついていた。

中から白い液体の入った瓶を取り出すと、シュリはその中味をケルガ、ナイル、ココ、ノウエルと順に皿の中に注いでいく。

それより下の妹たちの皿の中身は赤くはなかった。別の料理が入っているのだろう。

儀礼はなんとなく安心した。


 2歳のネルイが器をひっくり返しそうになり、ラーシャが慣れた様子で抑えていた。

赤ん坊のチーシャは眠ってしまったらしく、母親のメルが、嫌がるように首を振るミーの口に野菜を運んでいる。

あんなに小さくても、好き嫌いはあるらしい。

可愛らしい光景に儀礼は小さく笑った。


「ほら、ギレイ、手上げろ。」

「おいしくいただいてますっ!」

気を抜いている時に背後からシュリに言われ、儀礼は瞬時に両手を上げていた。

儀礼の皿に大量に中味が残っているのは、ただ食べるのが遅いからだ。

同じ年齢だからと、二杯目のお替りをしているカナルと比べるのはやめてもらいたい。


しかしその隙に、儀礼の皿にも白い液体が注がれた。

目に痛いほどの赤い液体が、マイルドな色合いに変わる。

シュリが言ったのは、グラハラアの言葉での『Hands up!(手を上げろ)』ではなかったようだ。

「……ありがとう。」

呆けるように言って儀礼はシュリを見送る。

儀礼の勘違いに気付いた男が一人、声を押し殺して笑っている。

これだから敏い人間は困る。


 シュリは自分の皿にはクリームを注がず、瓶をテーブルの上に置いて食事を再開させた。

今のは、シュリにとって当たり前の行動だったのかもしれない。


「その兄の方、うちの師匠は2年前に引退して、今は息子が道場を継いでいる。工房を受け継いだ弟師匠の方は……まったく連絡を取っていないんだ。元気ではいるらしい。そこに残った弟子も少なかったが確かにいた。」

バクラムが話を再開させた。

「直せる可能性があるとしたら、その工房ってことなんですね。」

辛味の優しくなった料理を食べ進め、儀礼はバクラムの話しに考えるように言った。

バクラムが昨日言っていた弟子が育っているか、と言う問題。


「ああ。それでな、これは完全にこっちの話しになってしまうんだが、師匠は未だに武術が重要だって考えを変えてない。結局、弟とは仲直りしていないんだ。だから、俺達武術派の者が頼んでも、工房側は門を開いてはくれないかもしれない。」

困ったと言うようにバクラムは腕を組む。

「その、ロワルゼン工房の武器は出回っていないんですか?」

弟子が無事に育っているなら、武器が市場に出てきているはずだ。

そのマスターと呼ばれる人が武器作りにも精通していたというなら腕は確かのはずだ。


「見ないんだ。直接の取引しかしていないのかもしれん。マスターは『自分の武器を自分で作る』と言うのが基本の人だったからな。」

どこか遠くを見るようにバクラムは天井を眺めた。

「武器を作っても使う技術はなくて、技術を磨いても、自分だけの武器にはめぐり会えないと。平行線ですね。両方を極めたマスターは、やっぱり凄い人なんですね。」

そう言ってから、儀礼は自分の皿を空にして手を合わせた。


「片付けはやるからいいわよ。」

にっこりと笑って、ラーシャが儀礼の空いた皿を片付けてくれた。

「お前、それで足りたのか?」

目を見開き、驚いたようにカナルが言う。

「十分です。おいしかったです。ごちそうさまでした。」

儀礼は作ってくれた三人に感謝する。


「よかった。」

嬉しそうにラーシャが笑う。

「また、食べに来てね。」

「また作るからね。」

笑いながらメルーとタシーが言ってくれた。また、来てもいいらしい。

三人の少女の可愛らしい笑顔。

つられて、儀礼も微笑んだ。やはり、場に華があるのはいい。


「とりあえず、一度工房と連絡を取ってみようと思う。」

ゴホンッ、と大きな咳払いを一つして、バクラムが言った。

話の途中だったことを儀礼は思い出す。

「はい、ありがとうございます。すみません、なんだか無理を言ってしまったようで。」

儀礼が頭を下げれば、バクラムは笑う。

「気にするな。師匠たちも歳だ。もう、いつ死ぬか分からん。仲直りしておいた方がいい。」

食事の場にガハハハと、快活なバクラムの笑い声が響いた。


「ギレイ、食べ終わったなら、ちょっとこっちに来い。」

いつの間にか食べ終えていたらしいアーデスが白い剣を手に、テーブルから少し離れた方へと儀礼を呼ぶ。

「なんです?」

刃がないとは言え、妖刀などと言う物騒な物だ。儀礼は警戒しながら近付く。

アーデスは食事の間もずっとその剣を持っていた。

その人に限り、魅入られるようなことはないとは思うが。


「これ、何だか分かるか?」

その剣を示して、アーデスは言う。

「蒼刃剣です。元は青い刃があったんですが……。」

儀礼が説明しようとすると、アーデスは手を振って遮った。

「そうじゃない、この白い刃だ。」


「えっと……魔力、ですか?」

正確に言うなら、精霊の朝月の魔力ということだろうか。

儀礼はそうしてもらうように頼んだだけなので、詳しく聞かれても困る。

アーデスは一瞬、考えるように視線を動かした。


「シュリ、お前の剣に魔力を乗せてこいつに渡してやれ。」

食べ終わったらしく、様子を見に来たシュリに、アーデスが言った。

「え? でも……。」

驚いたようにシュリは戸惑う。

「いいから、お前もコレ、異常だと思うだろう?」

にやりと笑い、アーデスはシュリに白い剣を持たせる。

シュリの顔が若干青ざめて引きつった。

「まさかこれ……アーデスがやってたんじゃないのか。」


 その白い剣をアーデスの手に押し返すと、シュリは儀礼を見てから、自分の剣を抜く。

「お前、本当にわかってないのか? あの状態。」

白い剣を指差してシュリは言う。

しかし、儀礼は首を傾げるしかない。なんのことを言っているのかもよく分からなかった。

「まじか。そうか、これがドルエド育ち……。」

ふぅ、と小さく呆れたような溜息を吐き、すぐにシュリは真剣な表情を浮かべる。

その手元、シュリの幅広の剣に、戦った時の様に黒い炎のような魔力が満ちていく。


「ギレイ、持ってみろ。」

魔剣となったその剣をシュリは儀礼へと差し出す。

「いいの?」

自分の武器を人に渡すのは危険な行為だ。

しかし、バクラムもカナルもラーシャもいて、ここで下手なことをすれば危険なのはむしろ儀礼だ。

馬鹿なことを考えた、と思い素直にその剣に手を伸ばす。


 儀礼がその剣を持った途端、そしてシュリがその剣から手を離した瞬間、剣からは黒い魔力が掻き消えた。

「あれ?」

儀礼の手元にあるのは、ただの重たい幅広の剣。

素材は悪くはないが良くもない、中程度の剣。両手で持っても振り回すには、儀礼にはかなり重たい。

「魔力で強化した剣は、持ち主が手を離せばその魔力は切れる。」

シュリが説明するように言い、儀礼の手から剣を受け取る。


 儀礼はアーデスの持つ蒼刃剣を見る。

朝月の魔力でできた白い刃がそこには今も残っていた。儀礼の手を離れた今も、ずっと。

何か冷たいものが儀礼の背中を走った。

(朝月、戻し……。)


儀礼が腕輪のついた腕を無言で剣に伸ばせば、その手をアーデスが掴む。

にっこりと微笑んで。

「理解したようですね。それでは、これは何です?」

白い刃を楽しそうに揺らし、アーデスは儀礼に問う。


「えっと、何でしょうね。」

引きつり気味の笑みで儀礼は答える。

その状態すら理解できなかった儀礼に、それが何かなど分かるわけがない。

白衣を置いてこなければよかった、と儀礼は頼りない装備に奥歯を噛む。

まさか、間違ってもユートラスの研究施設になど連れて行かれはしないと思うが……、掴まれたままの腕に儀礼の心臓は不審な音を立て始める。


「ギレイ。これどうやって刃を白くさせたんだ?」

助けを出すように、シュリが儀礼に問いかけた。

アーデスよりもずっと優しい聞き方で。


「朝月に頼んだ。」

涙が浮いてきそうな気分で、儀礼はシュリに答える。

「朝月って……?」

疑問を思い切り眉に表し、シュリは儀礼を見る。


「これ。白い精霊。強いの。僕に力貸してくれて。」

アーデスの手の上から儀礼は銀色の腕輪を指し示す。言外に、早く手を放せと震える気持ちを込めて。

「精霊? ギレイ、お前、精霊使いか?!」

驚いたようにシュリが問いかける。

「えっと、似てるけど違う。だよね、アーデス?」

儀礼にもその辺りはよく分からないので、詳しそうなアーデスへ振り変える。


 見上げてみれば、なぜかアーデスが頭を抱えていた。

頭痛薬も白衣の中だ。やはり置いて来なければよかったかと儀礼は悩む。

「これ、ですか。」

アーデスは何かに納得したように儀礼の腕から手を放した。

「それで、精霊にどう頼んだら妖刀ができるんです?」

笑い半分、呆れ半分というような顔でアーデスは儀礼を見た。


「壊れないように守ってもらおうと思ったんだけど。コーティングするようなイメージで。どんどん厚く、強くして。」

思い出すように、儀礼は真剣にその剣を見る。

細かった刃を覆った白い魔力。硬く、金属のように魔力を圧縮して固定しているようだった。

「魔力のコーティング……ですか。」

アーデスもまた、その剣を見て、呟くように言った。


「魔力の濃度を極限まで高めたような状態か。抑えるのに苦労するわけだ。」

苦笑するようにアーデスは言った。

その剣をカナルとの戦いの後からずっとアーデスが持っているが、カナルが正気を失ったような被害は出ていない。

妖刀の効果を抑えてくれていたらしい。


「朝月、戻して。」

儀礼は慌てて蒼刃剣を元に戻す。

「すみません、気付かなくて。」

ずっと、アーデスが白い刃で遊んでいるのだと儀礼は思っていた。

深く反省しておく。

とても、反省しているので、疑いの目で睨むのはやめてもらいたい。

これだから、敏い人は困る。

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