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ギレイの旅  作者: 千夜
9章
252/561

観察2

 中庭での戦闘の後、儀礼とシュリとカナルはリビングからすぐの所にある子供部屋へと入っていった。

大きなその部屋はシュリ達男児6人が使う部屋。


 その三人を見送って、アーデスはリビングのソファーに座り込む。

「どうだ、ギレイの様子は。特に問題もないだろう。」

同じ様にソファに腰掛けて、バクラムがアーデスに問いかけた。

「そうだな。ユートラスの刺客を捕らえたと聞いた時は驚いたが、……いつも通りだ。呆れるほどにな。」

その手の中で白い剣を遊ばせて、アーデスは苦笑するように答えた。


「シュリやカナルのような実戦向きのAランク相手に、接近戦で遅れを取る気配もない。ラーシャに対しては動きを見て、避ける余裕を持ってる。」

テーブルの上に用意された水を飲み、唸るようにバクラムは言う。

表向きDランクの儀礼に、鍛え上げた子供たちが苦戦したと認めるのは、複雑な心境でもあるのだろう。

「だから、お前はユートラスに専念してろ。下手に正体がばれたら危険なのはお前だぞ、アーデス。」


 気持ちを切り替えるようにして言ったバクラムの言葉に、苦い笑いを浮かべてアーデスは左目を抑える。

「あいつは、人の心配してる場合じゃないってのにな。まさか、眼帯なんて物まで見抜くとは。」

浅く息を吐き、アーデスは自分の荷物に触れる。

その中にはユートラス潜入時に使っているアーデスの『衣装』。

「仮装大会かって言うんだ。あの気違いめ。」

ネットに住まう異常者を思い出し、アーデスは忌ま忌ましげに頬を歪める。


「潜入するなら、隠れるよりいっそ別人として目立て、か。名の知れているお前たちには、確かにその方が向いているかもしれんな。」

自分の身に降りかからなかったことだけに、バクラムは余裕を見せて笑う。

アーデスの荷物の中には、顔の印象を消すために、大きな襟のある黒いマントと、この地方の特産でもある、外の見える黒い布で作った眼帯。髪の色を隠すために頭に巻く焦げ茶色の布きれ。

それに、刃を長くしたダークソードを持てば、ユートラスに新たに所属を持った冒険者、『隻眼の剣士』のでき上がりだ。


 『闇の剣士』を倒して奪ったことになった『ダークソード』が、ユートラス内部でも『隻眼の剣士』の名を一気に広めてくれることになった。

問題はユートラスの軍部において、その実験体に回されないようにするために、身体強化以外に魔法が使えないという人物設定にあった。

最終的な脱出のために、移転魔法を軽々しく使うわけにはいかないのだ。


 それでも、アーデスは監視の目をくぐり、自分たちの行動をさらに先回りしたような少年の様子を確認しに来た。

ユートラスが動き出せば巻き込まれるとは思っていた。

まさか儀礼が自分から手を出すとは、アーデス達も考えていなかった。

なのに、見に来てみればいつも通りに、安穏としている。

命を狙われているとも、死線をくぐってきたとも思えない暢気さ。

異変と言えば、アーデスの姿を見た時に見せた、最初の一瞬の動揺、それだけだった。


「結局、いつの間にか『Sランク』が板についてるのか。」

味方にも肝心な部分の思考は読ませない、『研究者』である少年に、アーデスは皮肉げに笑う。

笑顔もポーカーフェイスだと儀礼は言った。

あの暢気な姿が見せるためだけのものだとしたら、とんでもない食わせ者だ。

アーデスは考える。自分は今、その上にいるのか、下にいるのか。

『蜃気楼』と呼ばれる少年は真実、『双璧』の片壁を超えたのだろうか、と。


 その時、三人が入ったはずの子共部屋から、カナルが顔を青くさせ、慌てたように出てきた。

「ラーシャ、あいつ怪我してる。治してやってくれ。俺がやったヤツだ。」

昼食のためにテーブルに皿を並べていたラーシャはその場に皿を起き、顔色を変えて走り出す。

「カナルの攻撃なんて、無事なわけないじゃない。やだっ、私、その後に試合してる!」

叫ぶように言って、ラーシャはカナルと共に子供部屋へと入っていった。


怪我ケガ……。」

ぽつりとアーデスは呟く。

確かに、儀礼は空中でカナルの一撃を浴びていた。

その後に平然としていたので、アーデス達は大したダメージもなかったのだろうと判断していた。


「あいつ、護衛の意味分かってると思うか?」

バクラムが引きつった顔で、子供部屋の閉じられた扉を見ている。

護衛は対象者を守るのが仕事。Sランクともなる人物が傷付くのは、護衛の失態とも言える事件だ。

「……怪我を、気付かれなければ、怪我したことにならないとでも思っているようだな。」

アーデスは痛む思いで頭を抱える。護衛対象が護衛をフォローしてどうする、と。

いや、まず、自分が「守られるべき存在」だという認識が、儀礼の中にはないのかもしれない。


 しばらくして、ラーシャが真っ赤な顔でその部屋から出てきた。

引き戸を後ろ手で閉め、膝から力が抜けたかの様にその場に座り込んだ。

「どうした?」

眉を寄せてバクラムが尋ねる。

シュリやカナルがいる前でおかしなこともしないだろうと高を括っていたのに、と。


「男の子だった……。」

バクラムの顔を見て、真っ赤な顔のままラーシャは言う。

「さっき、男だと言ったよな?」

がくりと頭を落とし、今一度確認するように、バクラムはラーシャを見返す。

こくりとラーシャは頷いた。


「すっごく、可愛かったのっ!!」

ラーシャは赤い顔を隠すように手で覆いながら、その隙間から瞳を覗かせる。

「私、男の子は絶対、お父さん達みたいに強くないとダメって思ってたのに……。」

赤い顔のまま、ラーシャは真っ直ぐにバクラムを見る。

そのバクラムの顔は若干、引きつっているようにも見える。


「なんか、守ってあげたくなっちゃった。」

言いながらラーシャはゆっくりと立ち上がり、ベルトに差している馴染んだ武器に触れた。

「ありがとうって、にっこり笑うの! 仔犬みたいに人懐っこい顔で、ふわふわの髪の毛で、あんな可愛い弟いたら……。」

話しながらラーシャは、勢い余ってバクラムの前にまで歩いて来ていた。

そのことに気付き、ラーシャはまた顔を赤く染め直す。


しかし、バクラムの表情は落ち着いていた。

「弟か?」

バクラムの声にラーシャはコクリと頷く。

「可愛いの。ミーみたい。私の魔法に驚いてたの。凄い、凄いって。治癒なんて、使える人たくさんいるのに。」

「ミーか?」

バクラムの顔はすでに笑っている。ミーは1歳の娘だ。


 ガラガラッ、ガラガラッ。

静かな扉の音をさせ、今度はカナルが出てきた。

その顔は呆然としている。

「どうした、カナル。」

「あいつ……素手で金属曲げやがった。ホルダーが壊れただかなんだか言って、あのほっそい指で、同じ位の太さの金属棒、飴細工みたいに簡単に丸めて鎖にしやがった。」

自分の左右の大きな手を見比べて、カナルは信じられないように金属、曲げた、と繰り返し呟く。


「落ち着け、カナル。ギレイは戦い以外にも闘気を使う。魔力での強化ではないから見た目に変化がないが、それは強化された力だ。お前だって、魔力で強化すれば鉄骨位、軽くネジ切るだろ。」

バクラムが笑うようにして言った。初めて見た時にはバクラムも驚いた儀礼の力の使い方。

戦いの中だけでなく、普段の生活に当たり前の様に使用する、儀礼の器用さ。


「強化。そうか、強化したのか。でもいつだ? 殺気も気配も感じなかったのに……っ!? あいつ、気配ない!」

目を見開いてカナルは驚く。

「護衛対象のくせに気配を消すからな。探すのは大変だぞ。」

ガハハ、と楽しそうにバクラムは笑う。

「あんなに、存在感あるのに……。」


カナルが呆然と呟けば、今度は乱暴に引き戸が開いた。


 ガラガラッバタン!

ほぼ開くと同時に戸を閉めて、シュリが青い顔で立っていた。

頭の回転がよく、大抵のものごとには一人で対応できる力を持った少年が、遣る瀬を失っている。

「……やばい。あいつ、人間じゃねぇ。殼脱いだら幼虫だったみたいな……。」

恐ろしいものでも見たような顔でシュリはバクラムに訴える。

普通は、脱皮すれば成虫になる。


「うるさい、シュリっ!」

ガンッ!

と大きな音をさせて戸が開いた。

出てきたのはその幼虫あいつ――……儀礼だ。

シュリの服の袖と裾を折り曲げ、白衣を着ていた時よりも一回りは小さく感じる少年がそこにいた。


「くそぅ、そんなに身長差ないのに何でこんなに余るんだよ。ずるいっ!」

よく、わからない理由でシュリは儀礼に睨まれている。

その目に若干涙が浮いているせいか、シュリの顔色は戻った。むしろ笑いを堪えている様子だ。


「ラーシャの借りるか?」

不満げな儀礼にシュリは問いかける。

確かに、服には動きに支障をきたす程のあまりがあった。シュリの次のサイズはラーシャになる。

「ううん、ぴったり。ありがとう、シュリ。」

にっこりと儀礼は爽やかな笑みを返した。悪意など微塵も見えない底抜けの笑顔で。


「……どうやら、心配のいらない、食わせ者の方らしいですね。」

にっこりと、さらなる爽やかな笑みを浮かべアーデスはその少年を見る。

儀礼は何かに怯えたように、そっとその服のフードで顔全面を覆った。

「僕、何かしました……?」

ゆっくりと振り返り、儀礼が黒い布の向こうから伺うようにアーデスを見ている。


「心当たりは?」

にっこりと微笑んだまま、事象を限定せずに、アーデスは問い返してみる。

「……ありませんね。」

短い時間で答えるまでに、黒い布の向こうで儀礼の視線が2、3度動いた。

アーデスが知る以上に、この少年は何かをやっているらしい。


「正直ですねぇ。」

溜息と共にアーデスが言えば、儀礼は黒い布から顔を出す。

「褒められた。」

にやりと儀礼は笑った。嬉しそうに。

「褒めてませんが。」

頭の痛くなる思いで、アーデスはこめかみを抑える。


 読まれたなら、読まれたなりに手を打つと、少年は笑う。

そして、少年の持つSランクの立場に、アーデスが届いていることを確認された。

最初の殺気と言い、今のやり取りと言い、むしろ観察されたのはアーデスの方だったのかもしれない。

しかし、それを儀礼が隠し切れない限りは、アーデスはまだ『双璧』を名乗ろう。

そしてその小さな体を見る限り、もう一つの壁に限っては、当分の間、越えられそうにもなかった。

観察1と観察2は順番を入れ替えても良かったかもしれない。


『双璧』のままだ。→『双璧』を名乗ろう。に修正しました。

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