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ギレイの旅  作者: 千夜
9章
251/561

観察1

 シュリたちの部屋は男子全員で使っているらしい。二段ベッドが4つも置かれていた。

なぜ4つも、と思ったが、ここは家を持たない冒険者仲間の休息所の様にもなっているらしい。

突然、押し掛けてきて休んで行く者がいるらしい。


 部屋の奥の右側の上がシュリ、左奥の上がカナルのスペース。

入り口のそばに、大きなクローゼットが、やはり右と左に置かれている。

シュリは右側のクローゼットから適当に服を身繕い儀礼に渡した。


「遠視魔法が心配ならその危険な上着は俺のベッドに置いとけ。家の中には結界があるが、そこにも別で張ってある。」

シュリが言う。アーデスやヤン達が結界を使っているのは儀礼も知っている。

しかし、彼らは特別だと、儀礼は思っている。

なのに、シュリがそれをやったと言う。儀礼と一つしか違わない少年が。

「どうやって張ってるの?」

儀礼の使う腕輪の結界も、トーラの障壁も、本体の周りにしか発動できない。

なのに、シュリは儀礼にも闇の結界を張って見せた。


「ベッドに陣を刻んであるんだ。見よう見まねだから正式ではないんだけどな、うまく発動してるようだからそのままにしてある。」

シュリに言われて、興味を持った儀礼はその陣と言うのを覗いてみた。

二段ベッドの上、頭側の木の板に、茶色や赤や青の線で一つの魔方陣が描かれていた。

儀礼にはどこがどうなってこの陣が発動しているのかまったくわからなかった。


「もう一度やろうとしてもできなかったから、まぐれだけどな。あいつら……アーデス達な、こっちのことなんかお構いなしに侵入してくるは、遠視かけて来るはで、俺は頭に来てな。調べまくって、そいつをいた。」

顔をしかめてシュリが言う。

「分かるっ!」

気持ちを込めて、儀礼はシュリの手を握った。やはり彼は儀礼と同じように、彼らの被害者だった。


「これ、アーデスの遠視防げるの?」

「アーデスとコルロは防げる。ヤンは無理だった……。」

視線を伏せてシュリは答えた。

「ヤンさん……何者。」

儀礼は引きつった顔でポツリと漏らす。


「お前らな、気にし過ぎだ。アーデスさん達は来る前に留守じゃないか確認してるだけだし、それ以上に世話になってんだろ。」

二人よりも大きな体のカナルが言う。

二段ベッドの下の段に足を掛けて昇っている儀礼と同じ高さに目線がある。

儀礼と同じ歳の少年。


 ポン、と儀礼は同じ高さにあるカナルの肩を叩いた。

「大人になったら分かるよ。」

にっこりと儀礼は悟ったように笑って、未だ被害に気付いていない少年に教えてあげる。

ドルエドでは15歳で成人、グラハラアでは確か16歳だった。


「お前、俺と同じ歳だろっ!」

顔を赤くし、唸るようにカナルは言う。

カナルは父親のバクラムと同じ位に、アーデス達パーティメンバーのことを尊敬しているようだった。

「だって、盗賊と戦闘中とかだったら絶対乗り込んで来るだろ。移転魔法なんて反則だよ。ややこしくなるんだよね、物騒だし。捕まえるだけでいいのにさ。」

アーデスに任せれば、捕まえるより始末する方を選ぶだろう、後の処理が楽だから。

片付けではなく、書類仕事の方が。


「……それって、よくあることか? 盗賊……。」

カナルは難しい顔で聞く。

聞かれて、儀礼は考えてみる。別に毎日、常に賊や不審者がうろついている訳ではない。

「一昨日と今朝は見たけど、そうしょっちゅうではないね。」

儀礼は真面目な顔で答えた。


「いいからギレイ、さっさと着替えろ。お前は次から次に妙なこと言い出しやがって。ケルガ並みに手が掛かるな。」

ぶつぶつと言いながら、シュリは儀礼の着る予定の服を何やら着やすい様に整えてくれているらしい。

あの、儀礼の調べたかった民族衣装だ。


「ほら、降りろ。俺はもう腹減ったから早く昼飯にしようぜ。」

カナルが儀礼の腕を引いて促す。

見た目通り、カナルはやはりたくさん食べるのだろう。


「っ……。」

カナルに掴まれた腕の痛みに、思わず声の漏れてしまった儀礼は苦い顔で笑った。

「カナル、力強過ぎ。」

「さっきの戦いの怪我か! お前、思いっきり食らったもんな。俺、ラーシャ呼んでくる。」

慌てたようにクルリと向きを変え、カナルは走って部屋を出て行った。

ラーシャは今、昼食の支度をしているはずだった。


「ラーシャは回復魔法使えるの?」

気まずい空気を消すために、にっこりと笑みを浮かべて、儀礼はシュリに聞いてみる。

「ああ。怪我してんならすぐ言えよ。体は冒険者……お前は違うか、働く者の資本だぞ。ラーシャは、魔法使いの素質がある。本当は、魔法の勉強のために上の学校に行かせてやりたい。」

悔しそうにシュリが唇を噛む。


 上の学校とは高等学校に当たる王都の学校のことだ。

専門的なことを学ぶならそこへ進むのが普通だ。

「何かあるの? だめな理由。」

「うちはさ、だいぶ楽にはなったけどやっぱり家族が多いから家計が苦しいんだ。下の奴らも学校には行かせてやりたいから、ラーシャは働くって。」


 シュリもカナルもすでに冒険者として働いている。ラーシャも同じ様に働くつもりらしい。

「魔法使いって、学校に行ってなるの?」

儀礼の質問に、シュリが変な顔をした。眉をしかめて、「お前正気か?」と言うような顔。

「……ごめん。僕、生まれも育ちもドルエドなんだ。周りに魔法使いになった人はいない。」

自分の外見が、魔法の栄えるアルバドリスクのものであることを思い出し、儀礼は説明するように告げた。


「そうか。別に、学校に行かなくても魔法使いにはなれるけど、やっぱ勉強すると使える種類も増えるし、威力が増す奴もいる。教えてくれる人がいればいいけど、アーデスたちは忙しいし、自力で学ぶのはかなり大変だ。」

シュリが答える。

「そうなんだ。じゃぁ、ラーシャは回復魔法を誰に教わったの?」

「ヤンさんよ。」

今度答えたのは、シュリではなかった。

リビングから駆けつけてくれたらしい、ラーシャがエプロン姿で立っていた。

声を聞くまで、気配も足音もなかった。

さすが、バクラムさんの娘さん、などと儀礼は冷や汗を浮かべる。


「カナルが怪我させたんですって? 大丈夫?」

心配そうにラーシャは儀礼の顔を覗き込む。ラーシャの灰色の瞳が儀礼を映す。

「大丈夫だよ。骨が折れてるとかじゃないし、ほっといても治る感じ。」

にっこりと儀礼が微笑めば、ラーシャは目を見開く。

「折れてないの!? カナルにやられて?」

「俺、親父の武器借りたんだぞ。」

顔を青くしてカナルが言う。


「お父さんの武器で!? よく生きてたわねっ!」

儀礼はかなり酷い状況で戦わされたらしい。

「おかげさまで生きてます。ああ、最後はアーデスに助けられたのか。二人が見てるのに、僕がそんな酷い怪我するわけないよ。」

護衛が二人もいて、身内に大怪我をさせられたのでは醜聞にしかならない。

下手をしたら減俸騒ぎだ。

バクラムの収入を減らすわけにはいかない。子供たちの生活がかかっている。


「どこを怪我したの? 見せて。」

ラーシャが言う。

「左腕と脇腹かな。直撃じゃないから大した事ないよ。」

儀礼は袖と服の裾をまくって痛む部分を見せる。打ちつけたように青黒く変色していた。

かわしきれずにカナルの攻撃が当たった範囲は武器が大きいだけに広かった。


「痛そうね。でも確かに折れてないみたい。よかったわね。」

そう言ってから、ラーシャは儀礼のあざに両手のひらを向けた。

小さな声で何かを唱え始めると、ラーシャの手の前に光が生まれ、魔法陣が描かれた。

「わぁ、綺麗。」

その初めて見る光景に、儀礼は瞳を輝かせる。

澄んだ声なのに聞き取れない複雑な音、魔力の糸のような光り輝く線が魔法陣を空中に自然に描き出していく。

ラーシャの手にも腕にも、杖や魔法石は見当たらなかった。

「凄いっ、ホントの魔法だ!」

きらきらと輝かせた瞳で、儀礼はその魔法陣を見る。本の中に描き出される物語の世界だった。

それを儀礼は今、見ている。


 オレンジ色の温かい光が降り注ぎ、儀礼の体からは痛みが消えていった。

「凄い! もう痛くないや。ありがとうラーシャ。」

嬉しそうに、儀礼は笑った。

ラーシャが照れたように微笑み返す。


「お前、縮んでないか?」

シュリが儀礼の頭を見て言う。

「靴、脱いだだけ。人は縮まないよ。」

儀礼は親切に教えてあげた。


「ラーシャと変わんねぇじゃねぇか。」

カナルが驚いたように儀礼の腕を引き、ラーシャと並べた。

人を、物のように扱うのは家系だろう。

同じ高さの、真正面で儀礼はラーシャと目が合った。

「近いね。」

その目線が本当に近くて、儀礼は思わずにっこりと笑った。

美しい採光の中、瞳孔の動きまで見えそうだった。


 ラーシャの目の前に思わずというように零れ落ちた、この世に敵がいることを知らないような、無垢な笑み。

宗教画に描き出されるような天使の綺麗な微笑みが、ラーシャの眼前にあった。

「っ私、まだご飯の支度あるからっ。」

慌てたように言って、ラーシャは部屋を出て行った。


 ラーシャの背中に手を振って、儀礼は服の異変に気付く。

「あ、ホルダー壊れてる。カナル、本当に力あるな。まさか、これ壊すなんて。強化してたのに。」

今まで、痛みのために動かさなかったので、壊れていることに気付かなかったようだった。

儀礼は白衣を着たまま、中のホルダーを一つ外した。

そのつなぎ目となっている鎖がいくつかひしゃげてしまっている。


 ポケットから材料を取り出し、儀礼はその場で簡単な修理をした。

完全に直すのは管理局に戻ってからでいいだろう、と儀礼はそのホルダーを元に戻した。

靴についていたトラバサミの仕掛けも、爆発で壊れてしまった。作り直さなければならないだろう。

気付けば部屋の中にカナルの姿がなかった。

昼食を待ちきれずにリビングに戻ったのかもしれない。


「ほら、儀礼。俺達も早くいくぞ。あんまり遅れると、本気でカナルに食われるからな。」

「あはは、ホントにそうなんだ。」

おかしそうに笑って、儀礼は白衣を脱ぐ。

それを安全だというシュリのベッドに放り込み、儀礼はシュリの用意してくれた服に袖を通す。

儀礼の着ていた服は絞れそうなほど汗を吸っていた。


 今回の腕試しのような連戦、儀礼には少し思うところがあった。

バクラムは儀礼に、「遊ぶつもりで観察させてやってくれ」、と言っていた。

本当に、儀礼は観察されている気がしたのだ。

戦いの時の、一挙手一投足を幾つもの目が追っていた。

バクラムの頼みは、本当はそちらにあったのではないかと儀礼は感じた。

違う流派、違うタイプの戦い方は強い刺激になる。特に、同年代の人間がやるなら尚更。


 気付けば、シュリの姿も部屋の中から消えていた。

儀礼が服の仕組みに熱中していたのは一瞬のはずだが。

この服の目の部分についている、『黒いのに見える布』がやっぱりいい、と儀礼は思った。

少し暗いだけで、想像以上に視界が良かった。もしかしたら魔力とかが関係しているのかもしれない。

水の中に潜るように、土の中に潜れたらこんな視界だろうか、などと儀礼は考えていた。

その時、儀礼の耳に扉の向こうから、途切れるようなシュリの声が聞こえたきた。

『――あいつ――幼虫だった――。』


 儀礼の頭に浮かんだ言葉、『昆虫観察』。

(僕は虫か!)

思わず儀礼は、音のするほど強く扉を開けていた。

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