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ギレイの旅  作者: 千夜
8章
229/561

手配書の始末

 儀礼の所業にヒガが呆れていた時、扉が少し乱暴に叩かれた。

「おい、ヒガ。午後の作業始めるぞ!」

ヒガが呆けていたので、儀礼が扉を開けると、赤い髪の男が顔を出した。

ヒガの監視役を買って出た、獅子の知り合いの冒険者だった。

「あ、こんにちは、ムーウェンさんでしたよね。ご苦労様です。」

儀礼は丁寧に頭を下げた。ヒガとの戦いの時に、獅子達を助けてくれたという人だ。


 その男は、儀礼の姿を認めると、顔色を若干蒼くした。

この赤い髪の男に、儀礼は事件解決の日に会った。

その時も、この部屋を訪ねてきて、町を破壊した男を匿ったと、儀礼にひどく怒っていた。

なので、儀礼はヒガの身柄を実験体として貰い受けた、ということにしてしまった。

話し上、ヒガの体の中には『蜃気楼』に逆らえば爆発する爆弾が仕込まれている、ということになっている。

おかげで、「ヒガは『蜃気楼』の人体実験から逃げ出して暴れた」などという、事件の根本が変わるような噂が流れたりもしているらしい。


 それで町の人の気持ちが治まるなら、いいかなと儀礼は思う。

その噂にはもちろん、『蜃気楼』に逆らうな、怒らせるな、という意味合いも含まれている。

説明する手間が省けるので、それもいいかな、と儀礼は思っている。


 午後の作業というのに、ヒガの蒼刃剣を持ったまま、儀礼もさりげなく混ざりこむ。

クリームがすでに、そこにいた。

「クリーム、ちょうどよかった。管理局ライセンスできたから持ってきたんだ。」

儀礼はクガイ、マフレ、ランジェシカの三人分のライセンスをクリームに手渡す。

「ああ。ありがとうな。しかし、お前、もう戻ってきたのかよ。一昨日見送ったのは何だったんだ?」

くすくすとクリームは笑う。

その手は胸元のボタンを開き、ライセンスを内側のポケットへとしまおうとする。


「待って、クリーム。それ、やめよう。」

宥めるように儀礼はクリームの肩に手を置く。

「ん? ああ、外側のポケットには武器と道具が入ってるからな。」

儀礼の目線に気付き、にっと笑って当たり前のことの様にクリームは答える。

クリームのコートとジャケットの胸ポケットからは、儀礼に見せるように次々と暗器やアイテムが取り出された。

「わかる。それはものすごく、よくわかるよ。」

儀礼は大きく頷く。

ポケットなど、いくらあっても、あっという間に物で埋まってしまうものだ。


「でもさ、ライセンス出すたびにボタン外すつもり?」

言いながら、儀礼は自分のホルダーの一つを外す。

「これならまだ中味に余裕があるから、ライセンスぐらい入るよ。使って。」

腰に巻きつけ金具で固定するだけの小さなポーチのような物を、儀礼はクリームに渡す。

中にはいくつか爆発物も入っているが、クリームなら使い方も分かっているので大丈夫だろうと、儀礼はそのまま渡した。

「ああ、ヒガに入れたっていうあれか。サンキュ。」

中味を確認し、クリームは笑いながら儀礼に言う。


「それで、クガイさんはどこにいるかわかる?」

「廃墟の方に様子見に行ったな。あっちは人が住んでないから後回しでいいってことになったが、ここら辺がもうすぐ片付きそうだから。クガイに用か? どっか怪我したとか?」

儀礼の質問に儀礼の体を見回すように、クリームが答える。

「いや、してない。」

儀礼は笑って答える。本当に、儀礼の周りには根が優しい人ばかりだ、と。

だからこそ巻き込みたくない、と儀礼は思う。


「クガイさんの話、面白いからさ。色んなこと知ってるし。ここに居るうちに聞いておこうと思って。」

廃墟の方へと歩き出しながら、儀礼はクリームに手を振る。

作業をするはずのヒガが、なぜか儀礼の後についてきた。

「あの、仕事を――」

「俺も、一度向こうの様子を見てから戻る。こっちよりもかなり派手に壊したからな。」

前を向いたまま儀礼が言おうとすれば、ヒガは遮るように言い訳をする。

その手には父の形見の『蒼刃剣』が握られている。

新品同様の、手入れの行き届いた美しい剣。儀礼も知っている、新しい武器は試したくなるものだ。

廃墟ならば、人はいないのだろう。


 土の壁に区切られ、壊れた家と、広い範囲に砂しかない場所に、クガイは立っていた。

砂に埋もれた家ではなく、平らな砂地に立つ、白く深い帽子を被り、錫杖を持った背の高い男。

「なんか、砂漠みたい。」

その光景に儀礼は笑う。砂漠を進む僧侶、そんな話しがあったなぁ、と。

この男は僧侶とはかけ離れた職業だったのだが。


 その広い砂場で、ヒガが青い剣を振り始める。

慣れた様子で振るわれる剣は、青く細い線を目に焼き付ける。

帯ではなく、線。それしか、儀礼の目には追えないということか。


「ホリングワースという家の者がこの辺りも整備し直すと言ってきた。」

クガイの言う、嫌な覚えのある名前に、儀礼は頬を引きつらせる。

「お前、人違いで追われてたようだな。」

くくくっ、と楽しそうにクガイが笑う。

「ひと、ちがい?」

その言葉に、儀礼の体に嫌な感覚が走った。

「そいつが探してたのは、本当に女のようだ。特徴が金の髪と、茶色い瞳と、白い服だとさ。」


 クガイの言葉に、儀礼の肌がざわめく。

その特徴で探される、儀礼によく似た人物。

「クガイさん、こういうのって見た事ありますか?」

儀礼はユートラス発行の『シャーロット』の手配書を取り出した。

そこにあるのは儀礼の写真。書かれている名前は『シャーロット』。そしてそれは女性の名。


 しかし、儀礼が出した紙を見て、先に動いたのは目の前のクガイではなく、離れた位置にいたヒガの方だった。

一瞬の出来事。

儀礼の手に持っていたシャーロットの手配書は灰のような塵と化していた。

「そんな物をこんな所でちらつかせるな。そいつらが何の集団か忘れたのか? 裏切りを受けるとは思わないのか。」

無用心はどちらだ、と叱責するヒガだが、儀礼が異変に気付かず、紙から指を離さなかったら、この男、どうしていたつもりだろうか。

儀礼はグーパーと自分の指の動きを確認する。


 波長が短いために散乱がおきやすく、人間の目につきやすいはずの、青色の光。

今の一瞬、走ったはずのその輝く蒼刃そうじんが、儀礼の目には見えなかった。

儀礼の背中に冷や汗が流れる。

世界屈指。穴兎の言うとおり、儀礼は敵を少し甘く見ていたのだろうか。


「……今のは、僕とは全く別人の女性、『シャーロット』さんです。よく似ていますが別人です。」

別人です、と儀礼は二度言った。これで、納得してもらえるだろうか。

「ホリングワースは今のシャーロットという人を探していたんではないでしょうか?」

儀礼は見上げるようにしてクガイに訊ねる。

「名前までは読めなかった。顔はお前にしか見えなかったがな。可能性はあるが、断定はできない。」

クガイは答える。

あの男から儀礼は殺気は感じなかった。

ホリングワースは手配書ではなく、その前に上書きされた方の情報を見ていたと言うことだろうか。

助けるとか、力になる等と言うようなことを言っていた気がするが、残念ながら、儀礼には信用できるとは思えない男だった。

しかし、穴兎に頼んで探ってもらえば、シャーロットの事情について何か、分かるかもしれない。


「今の手配書で動くような人を、可能な限り教えてもらえると助かるんですが。」

真剣な顔で儀礼はクガイを見る。

「俺は、『殺人鬼』などと呼ばれるような大量殺人型の者しか知らないぞ。」

少し、目を開き、楽しそうにクガイが答える。

『ヒガの殺人鬼』が動き出したという情報を掴んできたのは、このクガイだったらしい。

つまり、その分野に限っては穴兎よりも耳が速いということ。


「構いません。少しでも情報が欲しいので。僕、情報屋のつて、少ないんですよね。」

はぁ、と溜息をついて儀礼は真剣な気配を霧散させる。

「ついでに是非、有名どころを。」

怪談話を聞くような、好奇心たっぷりの目で儀礼はクガイを見る。

「ふん、それを俺に聞くと長くなるぞ。」

にやりと笑って、クガイが言う。


「ぜひ。」

にやりと笑い返して、儀礼は言う。

「年齢のせいか、情報屋があまり教えてくれなかったんですよね、凶悪な奴は。ドルエドは魔法系の情報入ってこないし。」

頬を膨らませて、儀礼は文句を言う。

2時間ほどその場で、三人の男たちは怪談話に盛り上がっていた。

ヒガさん、お仕事……。

儀礼のペースに巻き込まれてます。

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