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ギレイの旅  作者: 千夜
8章
227/561

頼りになる味方

 ユートラスが狙っているという『蒼刃剣』。

 儀礼の写真で作られた『シャーロット』の手配書。

 どこの軍からも欲しがられる『蜃気楼』本人。


 ユートラスの狙いが、今の儀礼一人で三つ分も揃っている。

これはもう、敵を呼び寄せろと言わんばかりの条件だった。


 そして、儀礼がポケットに隠し持つ怪しげなナイフ。

これを持っていると儀礼は、あの恐ろしい肌を焼く感覚を感じないのだ。

恐れがなければ、儀礼は戦える。

恐怖に身が竦みさえしなければ、Aランクの冒険者とだって、儀礼は渡り合えるのだ。

ただし、気をつけなければすぐに邪気が溜まってしまい、下手をすればその邪気に『魅入られる』ことになるのだが。


穴兎:“……今、すっげー間がなかったか?”

穴兎からとても怪しんでいるようなメッセージが返って来た。


儀礼:“ない。ネットの不調。一回切れたんだ。”

何事もなかったことにして、儀礼は返す。


穴兎:“ネットの不調な。こっちでも調べてみるか。しかし、それだと不便だな。お前の場合、まじで危ない。”

どうやら、穴兎が予防策を考えなかったほどに、儀礼の回線は安定したものだったらしい。


儀礼:“それでさ。ちょっと拾いものしたから調べて欲しいんだけど。”

儀礼は危ない自分の事情を思い出した。そのために、穴兎と連絡を取ろうとしていたのだ。


穴兎:“なんだ?”

儀礼:“白って言うんだけど、毛は金色で、目は青くて……。”

メッセージを打ち込みながら、儀礼は先程手に入れた『シャーロット』の手配書をパソコンに取り込んだ。


穴兎:“生き物かよ。白くねぇじゃん。猫か? また狼か?”

穴兎の呆れたようなメッセージ。

儀礼:“犬。シロは犬。あー、じゃなくて、今度の白は、これ。”

そう言って儀礼は、手配書の画像を穴兎に送りつける。

儀礼:“今送った画像の目を青色にしてもらえれば。”


 穴兎からの返答がない。また、回線の不調だろうかと儀礼はポケットを確かめる。

異常はない。

この手配書に関しては、早急に手を打たなければ、儀礼はともかく、白は弱りきっていた。


穴兎:“お前、これやばいだろ。ユートラスか。”

ようやく、穴兎からの返答があった。

理解するのに時間がかかったのか、何かの対応に取り掛かっていたのか。

何かをやっていそうで、怖い、と儀礼は苦笑する。


儀礼:“うん。何度も刺客に襲われてると思う。ただ、その手配書、僕の写真だよね。だから、手配書が出る前から白は襲われてたみたいなんだ。”

追って来てもいない敵に怯えていた白を思い出し、儀礼は目を細める。

一国家が相手ならあの態度もおかしくはない。

敵が、国に育てられた刺客だとすれば、どこからどれほど来るかも分からず、ただの子供が逃げ切れていたことの方が不思議な位だ。


穴兎:“白って……色じゃなくてシャーロットのシとロかよ。ユートラスの手配書は、国内より外に向けて出すものだ。国内の刺客は手配書なしで管理されてるからな。”

穴兎の言葉に、儀礼は口元に拳を当てる。

「ユートラスの刺客は手配書とは別なのか。」

白が警戒していたのはそっちか、と儀礼は呟く。

これで敵の数は単純に、手配書の100ではなくなった。それと別にユートラスの刺客がいる。


儀礼:“それ、今日拓ちゃんが持ってきたんだ。スロススのギルドで手に入れたって。僕の情報流したって言ってたから、兎になら場所はすぐ分かると思うけど。”


そこから辿ってもらえれば、ある程度、敵の位置と数が掴めるはずだった。


穴兎:“スロススな。ああ、わかる。で、お前まさか、自分から手を出すつもりじゃないだろうな?”

儀礼:“まさか、違うよ。”


穴兎の言葉に儀礼は否定を返す。さすがに、自分から敵に向かってったりなどしない。

儀礼は真剣な瞳で次のメッセージを打ち込む。


儀礼:“迎え撃つ。”

穴兎:“……落ち着け。何言ってるか分かってるか? らしくねぇな、どうした?”


穴兎の言葉に、儀礼は拳を握り締める。

儀礼:“母さんと同じなんだ。白の深い青色の瞳。”

 母親の、精霊を見る瞳を思い出して儀礼の拳は震える。


儀礼:“アルバドリスクでは精霊を見ることができる、『精霊の繋ぎ人』は大切にされてるって聞いたのに、どうして追われてるんだろう。”

ボロボロになって、怯えて逃げる白の姿が、なぜか儀礼の中では幸せそうな母に重なった。


儀礼:“ドルエドに行けば助かるみたいに言ってるんだけど、ドルエドなら安全なのかな。母さんも、アルバドリスクから逃げてきたのかな?”


 儀礼の母、エリはアルバドリスクの生まれだ。それは知っている。

けれど、儀礼はそれ以外のことをほとんど知らない。

エリに家族がいたのかも、アルバドリスクでいつまで暮らしていたのかも。


穴兎:“ドルエドに入ったからって、安全とは言えないだろ。侵入しにくいってのはあるだろうが、こんな手配書が出回ってるなら、安全な場所なんてねえ。”

儀礼:“それ、僕が危ないって言ってる?”


穴兎の言葉が、少女に向けているものとは思えず、儀礼は苦笑する。


穴兎:“わかってんなら、おとなしくしてろ。呼び寄せるようなことするんじゃねぇぞ!”

怒ったように穴兎が言う。

儀礼:“しないよ。ここに呼んだら皆が危ないじゃん。今は拓ちゃんと利香ちゃんが来てるんだよ。”

 同じ町にいる儀礼の仲間。たった今、置いてきた。

くすりと儀礼は笑う。


穴兎:“どこに呼ぶ気だよ。やめとけ、お前はそんなに強くない。”

儀礼の考えを見透かしたような『アナザー』の言葉。

儀礼:“もう、放っておけない。相手を見つけさえすれば消せるんだ。町ごとだって、国ごとだって。”


 穴兎に「できない」と言われた気がして、儀礼は思わずそのメッセージを送ってしまった。

儀礼には、できる。それだけの力を、儀礼は持ってしまっている。


穴兎:“ギレイ、提案だ。”


 穴兎の言葉が表示されるまでに、短い時間の間があった。

静かなアナザーほど怖いものはない。

裏で一体、何をやっていたのか。


 儀礼は目を閉じる。大きく深呼吸をし、気を静める。

開いた目には穴兎からの文字。


穴兎:“おとなしく俺にこの件預けるか、やばい護衛共に24時間張り付かれるか、選べ。”


「ナゼそうなる!」

提案などと言いながら、儀礼の落ち着いた心をすら乱す、穴兎のきびしい選択条件。

AAランクの護衛たちに張り付かれるような生活は、ぜひ遠慮させてもらいたい。

結界と障壁に囲われて、そこにきっと儀礼の自由は、ないだろう。


『いらない』と儀礼が打ち込む前に、次のメッセージが表示されていた。


穴兎:“忘れたか儀礼? 奴らは、Sランクおまえ『世界を滅ぼす危険のある者』の、監視でもあるんだぞ。”


 監視。その言葉に、儀礼は奥歯を噛みしめた。儀礼が動けば、彼らもまた動き出すと。

穴兎に知られた今、彼らより早く儀礼が動き出すのは無理だ。

ユートラスという、国を一つ敵に回して、世界最強のパーティまで、相手にしている余裕はない。

儀礼の予定が狂う。


儀礼:“うさぎ……。”


奥歯を噛み締めて、震えそうな手で、儀礼は穴兎に呼びかける。


穴兎:“任せろ、早々に片付ける。元々ユートラスには目を付けてた。動きは速い。”


儀礼:“そうじゃなくて、違うんだ。うさぎ。”


穴兎:“んだよ? やっぱ護衛付けるか?”


儀礼:“やだっ! そうじゃなくてさ。それじゃなくて。”


 儀礼はモニターの前に突っ伏した。

なんだか、力が抜けた気がしていた。

一人で気を張っていたのが、儀礼の空回りだったという気さえしてきた。


穴兎:“まどろっこしいな。なんだよ。らしくねぇって言ってんだろ。言え!”


儀礼:“見たんだ……。白が寝てる間に。”

穴兎:“犯罪の告白か? 覗きか? セクハラか?”

儀礼:“違う。”


 ふざけた、穴兎の返答に儀礼は身を起こして軽く笑う。兎はいつも通りだった。

国を相手取ってもいつも通り。

しかも、先に動いてたなどと言う。

儀礼に力を貸す最強の情報屋。

そして、長年の友人。


 ネットの超人の二つ名、『anotherアナザー』。

そこに隠されたもう一つの意味アナグラム、『on earth(地上の全て)』。

『世界の全てを手中に操る。』

そんなふざけた言葉遊びをして、勝手に喜んでいるのは、儀礼くらいだろうか。

アナザーもまた『Sランク』だ、と。


 ずっと昔からの、儀礼の味方。

髪の色も、瞳の色も肌の色も気にしない、ずっと儀礼の心と向き合う友人。


穴兎:“なんだよ。”

儀礼:“白さ、多分。……母さんの血縁者だ。”


 儀礼の全く知らない母の家族が、遠い異国の地で、恐ろしい軍事国家に追われていた。

その身をやつれさせ、ボロボロにするまで。

母とよく似た姿の、母と同じ、精霊を見る瞳を持つ少女。


 シエンの里に生まれ育ち、ドルエドという国の中にいて、アルバドリスクの母を持つ。

どこにいても中途半端にしか属せない、儀礼の存在。

 シャーロットという少女は、儀礼がずっと知りたかった『儀礼の存在』に辿り着く、鍵でもある気がしていた。

アーデスと張り合い、呪いに手を出した儀礼の目を覚まさせる、頼りになる味方、アナザー。

力関係は今も昔も、 儀礼<兎 です。

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