表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギレイの旅  作者: 千夜
8章
218/561

似ている子供

 儀礼と獅子はフェードの東端に近い、小さな町にやって来ていた。

そこを車でさらに二日ほど東に進めば、大陸を南北に縦断する大きな川に行き当たる。

その川の向こうはユートラスという国だった。いつでも戦争の臭いをちらつかせる不穏な国。

そこに近付くのは得策ではないと、儀礼はこの町を境にフェードの中心部、王都へと進む方向を変えるつもりでいた。


 季節は冬を迎え、冷たい空気が身にしみる寒さとなっていた。

風が、手や顔を凍りつかせるような冷気を叩きつけてくる。

もうじき雪の降る、本格的な冬になるだろう。

あまり防寒の用意をしていなかった二人は、この辺りで長袖やコート等を買い足そうということになった。

前の町では多くの家が壊れたので、自分たちの買い物をするどころではなかった。

衣類は多くあるとかさばるが、さすがに着替えないわけにはいかない。

冒険者としても、管理局の研究者としても、人と接する事のない仕事ではないから。


「ほんとに寒くなったね。」

車を降りると、首元を押さえながら儀礼が言った。

「そうだな。」

薄い長袖一枚の獅子が、とても寒がっているとは思えない口調で儀礼に返す。

剣を背中に背負う獅子にジト目を送りながら、儀礼は獅子の黒いマントを手渡した。

獅子はそれを邪魔そうに片方の肩に引っ掛けた。

(間違ってる、絶対間違ってる。)

そう思いながらも、口には出さない儀礼。

冬場にも、半袖でいるような人もいる、きっと気にすべきじゃないだろう、と。


 獅子の持つ剣はとても目立つ。伝説とさえ言われる有名な物だ。

武器に興味のある者なら、一度はその絵や写真を目にしていることだろう。

獅子自身も、『黒鬼』と呼ばれる猛勇の息子であり、『黒獅子』言う二つ名を持つ実力ある冒険者だ。

光の剣を隠すだけでも、マントは十分に役に立ってくれている。


 町から少し離れた場所に車を止めたので、二人は店のある辺りまで10分ほど歩くことになる。

車は儀礼が呼べばいつでも来てくれるので、立ち寄るだけの小さな村や町では、少し離れた場所に止めることにしていた。

場所によっては、車に乗ってるだけで目を付けられることもある。

今はフェード国内にはだいぶ普及している車だが、それでも持っているのは金持ちが中心だった。


 しばらく行くと、通りの向こう、町の方から子供らしき人影が駆けてきた。

貧しい家の子か孤児か、薄汚れた布切れと、痩せ細った体は誰が見ても正常とは思えないだろう。

そういう子供はどこの町にでもいるが、儀礼は気になって仕方がなかった。

今までに行った町などで、あまりにひどい所には、孤児院や教育機関がっこうなどを建てた。

もちろん維持費なども相当かかっているので、Sランクに見合う額入る儀礼の収入の大半はそれらで消えている。

そういう施設にいる子の中には、殊勝な子がいて、将来働いて世話になった分は返すなどと言うのだ。

だから儀礼は、「金は掃いて捨てるほどある。」と言えるほど稼がなくてはならない。

「研究や冒険者業は趣味だ。」と言い張れるほど楽しまなくてはならない。


※話がそれた。


 儀礼達の向かいから、みすぼらしい子供が走ってくる。

走っているその姿も、ふらふらとしていて、とても苦しそうだった。

何かに追われているのかと思うほど必死だが、子供の後方には追っているらしい者の影も形もない。

儀礼がじっとその子供を見ていれば、一瞬、その子供と目が合った。

深く被った布キレから、わずかに顔が覗いた。

(金髪、青い瞳……。)

一目で、この国フェードの子ではないとわかる。


 その子はアルバドリスクの、それも儀礼の母と同じ、深い青の瞳をしていた。

(アルバドリスクでは、あの瞳を持つ者は大切に扱われるって聞いたけど……今の子は?)

まるで、何かから逃げているような様子だった。

アルバドリスクはユートラスの北側にある国だ。

広い川を国境にして、フェードの北東にある、精霊に守られた国。


儀礼からさえも、怯えたようにその子は、慌てて横をすり抜けて行った。

(気になる。)

少し歩いて、儀礼は振り返る。だが、そこにもうその子共の姿はない。

(大丈夫かな。)


「どうした? はやく買い物済ませちまおうぜ。」

不思議そうに首をかしげて獅子が儀礼を見ていた。

「うん。なんでもない。行こうか。」

(気にしても仕方ないよな。)

以前にも、「全部どうにかしようなんて無理だバカ」と拓に言われた。

そこでどうして拓に言われるのかがわからないが、これ以上バカ呼ばわりされるのは嬉しくない。

バカは獅子一人で十分だから。(←おい)


 紙袋二つ分の衣服をそれぞれ抱えて、車への帰途につく。

車の形が見えてきた辺りで、そのそばに、何かがあるのがわかった。

少し大きな薄茶色っぽい塊。

(なんだろう、爆発物とかだったら嫌だな。)

などと冷静に考えつつ、儀礼は目視できる位置まで足を速める。

「誰かうずくまってるな。」

儀礼よりも離れた位置から獅子が言った。

(あれが見えるのか……。)

ちょっと驚きつつ、「誰か」と言うのに儀礼は眉をしかめる。

「具合、悪いのかな……?」

問いかける儀礼に、獅子が笑う。

「泥棒とか考えないのかよ。でも、動きが鈍いからそうかもな。」

言うと、儀礼を追い抜き、獅子は車へと駆けてゆく。


 後を追い、儀礼も走り出す。冷たい風が頬にしみる。

車に近づき、儀礼の目にはっきりと見えてきたのは、

「子供……?」

さっき見た子供のようだった。

二人の姿を確認したからか、慌てて立ち上がり、逃げようとしてふらつく。

「大丈夫?」

とっさに話しかけ、咎めていると思われては困ると、儀礼は眼鏡を外し表情を見せた。

つとめて静かな声を出す。


 子供が顔を上げた。

年は12歳くらいだろうか。ただ、あまりにも顔色が悪く、やせ細っている。

金色の髪に、瑠璃るりの石の様な深い青の瞳、そして何より――。

観察していた儀礼の前で、その子供は突然、崩れ落ちるように倒れこむ。

儀礼は慌ててその体を抱きとめた。

儀礼の背後から、その子供の顔を覗き見て、獅子は目を見張る。

「……儀礼?」

ハラリと取れた布キレの下の顔に、獅子は思わずつぶやいた。

薄汚れた子供の顔は驚くほど、儀礼に良く似ていた。


 少し悩んだ末に、二人は子供を車に乗せ、とりあえず、その場を出発することにした。

「アルバド人て、母さん以外には初めて見たけど、よく似てるんだね。」

車の後部座席に横たわる子供を運転席からちらりと見て、儀礼は感心したように言う。

「そうだな、俺も驚いた。」

助手席で、荷物に埋もれるように座っている獅子も顔は見えないが、紙袋の動きから頷いているのだろう。

本来後ろに置くはずだった荷物を、急きょ前に移動したので、獅子がそんなことになっている。

オート運転になっているので、儀礼側に少し置いても良かったのだが、一応何かあっても困るのでと、儀礼は全てを獅子に押し付けた。


 運転席から頭を乗り出して、儀礼はもう一度、後部座席を見る。

車の揺れはそれほどないので、下に落ちる心配はないだろう。

ぐっすりと眠る子供は、ピクリとも動かないので、なんだか心配になってくる。

「でも、そのまま連れてきちまって良かったのか? もし知り合いとかいるんだったら……。」

足元に紙袋を押し込みながら獅子が儀礼に聞いてくる。

「もしいたとしても、この状況を見る限り放っておけないだろ。とても面倒見てもらえてるとは思えない。何かから逃げてるみたいだったし。」

不安そうに眉をしかめて儀礼はその子供を見る。

「追ってる者の気配はないぞ。」

「うん。でも逆に言うと、探してる人もいないってことだよね?」

眠っている子供の顔を見つめながら儀礼は考える。


「この子が起きたら事情を聞いてみよう。倒れるほど衰弱してるんだ、今は休ませてあげたい。知り合いが居るって可能性も考えて、今日は近い所にある大きな町で宿を取ろう。人がたくさんいる方が目立たないから。」

くるりと前に向き直って儀礼は獅子に言う。

荷物から頭だけを出した状態で、今度は儀礼にもはっきりわかるように獅子は頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ