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ギレイの旅  作者: 千夜
7章
215/561

穴兎の事情

 フェードの国のとある家の中。複数のパソコンに囲まれた椅子に座る一人の青年。黒い髪、緑の瞳。

普段落ち着いた余裕を見せるその青年の額には今、大量の汗が浮いていた。

「あっぶねぇーっ! 焦った。なんでまだ、あんなとこにあんだよ。ギレイの発信機。」

穴兎は大きく息を吐く。

アーデスが勝手に儀礼の資料を増やしたので、本人に知らせようと、儀礼の現在地を確かめる為に発信機を起動させれば、いまだに極北という極寒の位置から動いていなかった。

前回、儀礼はその発信機を取りにその場所を訪れたはずで、それはもう一週間近く前のことだった。


「さすがにあれを魔力探知されたら、ここバレるぞ。」

少し顔色を悪くして青年は言った。

「しかし、あれだけ挑発すりゃさすがに壊すだろ。この前の仕返しもできてザマミロだ。」

ふぅ、と青年は額の汗を拭い、もう一度安堵の息を吐く。

穴兎は人生最大の危機を乗り越えたのだった。


 直後に、ネット上の儀礼の領域が荒らされた。

送られてきたのは『時限式魔法具』と題された資料。

魔石の粉と魔法石で作られた――

「だから、兵器だこれはっ!」

溜息とも叫びともつかない声を上げて、穴兎はそれをネット上の儀礼の危険物箱へと放り込む。

『アナザー』と呼ばれるものの、最大の技術を持ってして守られる、穴兎が安全地帯と誇る場所。

「油断すんなって言ったのに、ギレイの奴。同じことしてんじゃねぇよ。」

先程から流れっぱなしの気のする冷や汗をまた拭い、穴兎は椅子の背もたれに寄りかかる。

儀礼がアーデスの前で作ってはならない兵器を開発したのはこれで二度目だった。

一度目は水時計と呼ばれる爆発物、二度目は時限式の魔法兵器。

一度でもあるのがまず、おかしい。

それをやってしまうから、あの少年はSランク(危険人物)なのだろう。

穴兎は疲れた両腕をほぐす様に揺らした。


「まずいな、やっぱ『闇の剣士』の時に魔力通したのが原因か? 儀礼が二度も発信機を忘れるなんて。わざわざ取りに行くために、極北の研究室への入り方を教えたってのに、無駄だったか。あいつ、何して来たんだよ。」

モニターの画面に目を移し、穴兎は難しい顔をして腕を組む。

魔力や魔法に関しての儀礼の知識は乏しい。

それは、遺跡や機械に関しての知能から考えるなら、明らかにおかしいと言える程の欠落振り。

苦手分野や、興味がないでは済まされない。一般常識に遠く及ばないのだ。

そして穴兎は、儀礼との長い付き合いの中で、その魔法に関しての知識を補うことを諦めた。

それほどに、『魔法』というものは儀礼の欠陥と言える部分であるのだ。

アーデスが解析ではじき出した儀礼の魔力の欠落。穴兎には大きく頷けるものだった。


 何事にも好奇心旺盛な儀礼が、魔法に関してだけは食いついて来ない。こちらから教えても上の空。

唯一フィクションとして、物語の中のものなら、受け入れられた。

それ以外のものは、聞き流したかのように忘れ去る。記憶力のいい少年が。

だからこそ、穴兎は今まで自分が魔法が使えることは儀礼に話していない。

魔法が得意でない家系なのも事実だった。一家揃って大した魔力も持っていない。

儀礼に魔法が使えると言ってしまった時点で、儀礼が穴兎を忘れる、もしくは興味が失せるということが十分に考えられたのだ。


 今回、穴兎は魔法を使った。儀礼の発信機を利用して周囲の音を聴くという盗聴の魔法を。

命の危険があった儀礼の状況を確認するために、それが必要だった。

そして、儀礼はその魔法に使われた発信機の存在を忘れた。

あの時、それ以上に手を貸す方法が穴兎にはなかった。

ネットの中の超人など、友人の命の危機には無力な存在だと穴兎は思い知った。

なのに、今度は穴兎の存在が忘れ去られようとしているのではないか、そんな疑惑が持ち上がる。

発信機を極北の研究室に取りに行った時も、その後も、儀礼から穴兎へは何の報告もなかった。

普段、青年の時間も考えずにメッセージを送りつけてきていた少年なのに。


 穴兎はもう一度、今儀礼の危険物箱に入れた資料を開く。

「まさか、これ仕掛けてきたんじゃないよな、兵器。ケンカ売って来たのか? 『双璧』の研究室に。」

データの作成日時が儀礼の極北へ行った日時とほぼ一致する。

「発信機を回収し忘れて、兵器を仕掛けてきたと。もう、手に負えねぇよ、Sランク。」

青年は溜息と共に頭を抱える。


 穴兎にはもう一つ懸念することがあった。

儀礼は情報の国、フェードに入ってしばらく経つ。

フェードは穴兎の住む国。

つまり、儀礼は着実に穴兎の住む町に近付きつつあったのだ。

儀礼一人が穴兎の家に遊びに来ることは問題ない。

ずっと昔からの約束なので、今さら違える気もない。

儀礼が獅子と呼ぶ友人に関してもいいだろう。許容の範囲内だ。

同じ村に住む友人が一人増えたくらい、ましてや、シエン村というドルエドの、山奥に住む、機械に疎い人間ならば、穴兎を『アナザー』だと判別することはまず、不可能だろう。


 しかし、10年来の友人儀礼は『蜃気楼』と二つ名の付く“Sランク”という存在になってしまった。

別に、それだけならいいのだ。それだけなら。

今、儀礼が穴兎の元を訪れると、もれなく隠れた護衛というありがたくもない存在が付いて来て、側による穴兎という青年はおそらく、怪しい存在として、調べ上げられるのではないかと思われた。

すなわち、奴らには『アナザー』の正体がバレかねない。


 しかもだ、儀礼は『闇の剣士』たちとのフロアキュールでの戦い以降、あの裏の護衛たちに気を許してしまっている。

獅子との面通りも遠くはないだろう。

獅子に気付かれてもいい位置で、奴らは堂々と護衛の任に就ける。

そんな状況で、穴兎の本体(?)に近付かれても困るのだ。

早くも、二度目の人生の危機が穴兎に迫っていた。


「とりあえず、やつらをユートラスに引きつけとくとして。ユートラスが動いてるのも事実だし、儀礼が動くだろうってのもほぼ確定だろうから、時期が少し早まるだけのことだろう。」

かねてからの計画に変更がないことを確認し、青年は儀礼の通過予定経路を割り出す。

「この調子だと年をまたぐかもしれないな。年明けの祭りに間に合いそうだ。」

にやりと、青年は濃い緑の瞳を細める。

「しかし、護衛がいないとなると、肝心の守りが薄くなるんだよな。本当ならユートラスだけに裂いてる場合でもないし。『黒獅子』だけじゃな、遠方の奴らの睨みにならないんだよな。こいつ魔法も機械も使えねぇから。」

モニターに表示された黒い髪の少年を、穴兎は指で弾く。

実物には無理だな、と楽しそうな笑い声を上げながら。


「ああ、いるじゃねぇか。ギレイの周りの遊撃部隊。管理局ランクA、冒険者ランクB、『砂神の勇者』。元仲間と追っかけっこしてる場合じゃないぜ、主人のピンチだ、駆けつけろ。」

くすくすと、と言うよりは、邪悪な笑みをたたえて、青年はその人物の周囲の情報を洗い出す。

「いいのがいる。回復魔法に、移転魔法、超実力持ち。時間がねぇから、すぐ手に入れられそうなのはこの辺か。」

何人かの資料を画面に表示させ、青年はまた楽しそうに笑う。

「クリーム・ゼラード。なかなか人気があるじゃないか。殺せないのにお前を追う、流砂の中の猛者どもだ。さぁ、どうする『砂神の勇者』砂漠の王、お前は乾いた奴らを救えるか?」


 『アナザー』の仮面を被り、青年はその人物に宛ててメッセージを送った。

『砂神の勇者。今こそ、その力を振るう時。お前を追う者を味方につけ、仲間の窮地を救うのだ』、と。

気分は、勇者を操る天の声。

すぐに返信があった。


『誰だてめぇ。勝手に人の領域荒らすんじゃねぇ。不審者。殺しに行くぞ。』

勇者は口が悪いようだ。

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