配下組織
儀礼と獅子はメッセージを送り終え、元の部屋に戻ってきた。
扉を開ければ、ヒガを囲むように立つクリームの仲間3人の姿。
儀礼は慌てて駆け寄った。
「いじわるしてない?」
小首をかしげた儀礼の言葉に、脱力するクガイとマフレ。ランジェシカはふわりと笑った。
「してない。」
その優しい声に、儀礼は微笑む。
「今、あんたが男だって説明したところだよ。」
マフレが儀礼を振り返り、笑うように言った。
「それ……説明する必要ある?」
パチパチと目を瞬かせ、儀礼は問いかける。
「自覚がないところが怖いんだよ。」
呟くようにマフレが言い、クガイが小さく笑った。その態度を隠すつもりもないらしい。
「お前ら、あんまり主の機嫌を損ねるな。」
今、扉から入ってきたクリームが言った。
そして、クリームはそのままベッドに横になっている男を見る。
「あたしたちは『蜃気楼』の下部組織を作る。人手が居る、やる気があるならお前も来い。」
ヒガに向かって不敵に笑うクリーム。
「待って、何作るって??」
否定の声を上げたのは『蜃気楼』、本人だった。
クリームの言葉の意味が飲み込めず、儀礼は何度も瞬いた。
「お前の配下の組織だ。」
口の端を上げてクリームは笑う。
いたずらが成功した子供の様に、満足そうな笑みには、少年の姿の面影が残る。
「知ってるぞ、孤児院やら支援団体やらに手を出しまくってるって。使える手が欲しいんだろ。」
ひらひらとクリームが自分の手を揺らす。
「僕は、自分の使えるお金の範囲でやってるだけで、人の力に頼ってまでしてないよ。」
困ったように眉根を寄せて儀礼は言う。
「だから、それがもう個人の範疇を超えてるだろってことだ。さしあたり、ドルエドの小さな町の孤児院に、毎週破壊活動に来るチンピラ追っ払うのと、ティーネのいくつかの村に教育できる人間の手配だろ。」
手元に、小さなパソコンのような端末を取り出し、操作しながらクリームが言う。
「……何で知ってんの?」
一瞬目を大きく開き、驚きを表した後、儀礼は目を細め、怪しむようにクリームを凝視する。
端末を隠すようにしながらも、鋭い視線で睨むように見続けられ、クリームの顔には冷や汗が浮き始める。
しかし、クリームは知っていた。その眼光に今、全てを見通す力は宿っていないと。
それでも、クリームの顔を真っ直ぐに見つめる儀礼の瞳。
見通す力はないのに、その瞳の奥に渦巻くような思考の流れを感じて、クリームは視線を逸らす。
「い……言えねぇ。」
僅かに頬に朱を差して、小さな声でクリームは言った。
「むぅ。僕のじゃなくて、クリームの個人組織にしなよ。『勇者』なんだし、資格十分。」
そう言って儀礼は頬を膨らませる。
ついさっき、儀礼の下とみなされている『黒獅子』が狙われる心配をしたと言うのに、こんなに大勢、一気に面倒見られるわけがない、と儀礼はそれを『砂神の勇者』に押し付ける。
「よく、言う。」
吐息と共に出たような声で言い、クリームは真剣な顔で儀礼を見た。
「あたしがこいつら拾ってみたら、元の組織に補充用に子供が攫われないようにって、施設が増やしてあって、あたしもこいつらも、追われる存在のはずなのに、追ってくる奴らは皆、別の場所へ散ってった。……下準備全部やっといて、何も知らない顔して、それをあたしのものにしろって?」
クリームの怒りのようなものが込められた言葉に、儀礼はたじろぐ。
「いや、そうなったの本当にたまたまだし。3人共、クリームと同じ組織の人? どうりで、4人で危ない組織潰しに行っちゃうわけだ。」
苦笑を浮かべて儀礼は、冷や汗を流す。
「簡単に言ってくれるよな。お前の手の内で動かすなら、最初っから下に置いてくれた方がましだ。」
儀礼の胸ぐらを掴み、クリームは力ない声で言う。
「でも……聞いてよ。」
クリームの手を自分の服から放し、儀礼は言う。
「僕の下にいたら狙われるんだ。今回の組織みたいのとか、国家単位の軍にとか。わざわざそんな危険を冒す必要ないから。今回のことでだってわかるだろ、Sランク(世界を滅ぼす危険のある者)なんて余計な恨みしか買わない。それは冒険者ランクでも管理局でも同じ。」
悲しそうに伏せていた瞳を、儀礼は真っ直ぐにクリームに向けた。
「人質にされたら切れって言うんだろ? 僕はやだよ。」
家族でも友人でも、友人の友人でも、儀礼にとって失っていい存在ではない。
それに何より、儀礼の下位組織など、アーデス達に遊ばれる。
いいように利用され、手柄を横取りされ、きっとランク調整のために実績だけを押し付けられる。
クリームたちに実力があるので、実力より過剰実績になることはないだろうが、やはり哀れだ。
「みんなせっかくいい腕してるんだから、影に入ることない。どうどうと表で使いなよ。」
室内の5人をそれぞれ見回し、にっこりと儀礼は笑った。
ここにいるメンバーは、世間から見れば十分、英雄になれる力がある。
「救援団体とか、救命組織とか。」
人差し指を揺らして、楽しそうに儀礼は言う。
「俺は、罪人だぞ。」
驚いたように、睨むような目でヒガが言った。
その言葉には、クリームが答えた。
「あたしも同じだ。こいつらもな。」
クリームは他の三人を視線で指し示す。
傷は癒えない。罪は消えない。けれど、同じ状況の者がそこに何人も居る。
「そうそう、同じ。拾うとか言って、あれ拾ったって言う? あんた、人を死ぬ寸前まで追い詰めといて。」
マフレが笑うように茶々を入れた。
「だからちゃんと、最初に回復使えるクガイを仲間にしたろ。」
面倒そうに、マフレを振り返ってクリームは黙ってろと、付け足す。
「俺を最初に仲間にしたのは、回復のためか。」
心外そうに、今度はクガイが申し立てる。
「それもあるが、お前が一番弱い。」
クリームの言葉に、クガイがうなだれた。隣りで、マフレが慰める振りをして笑っている。
「ランジェシカは三人がかりだったしね。」
笑ったまま、マフレはランジェシカに視線を変える。
首を傾げて、にっこりとランジェシカは微笑んだ。
「まぁ、ランはな。ナンバー2だし。」
そんなランジェシカを見つめ、クリームは困ったように頭をかいた。
「ふふっ。でもゼラも、強かった。」
「強くなっただろ。以前のあたしじゃ、お前に太刀打ちできなかったからな。」
腰の双剣に触れ、クリームは笑う。
「蜃気楼の……下につくのは好ましくない。」
うなだれた姿勢から立ち直るようにして、クガイが言った。
「何を根拠に……?」
今まで、組織を作ることに関して、否定的ではなかったクガイの意見に、クリームは首をかしげた。
「最初の俺の条件である、強さに関しては、蜃気楼は弱くはない。だからただの、俺の個人的な意見だ。」
クリームに向かい、クガイは苦笑するように言った。
心を殺す暗殺者が、自分の意見を語ったことに、クリームは瞠目する。
「はい、反対意見2票!」
元気良く、儀礼が二本の指を立てる。
「獅子も危ないのは反対だよね。光の剣の時に利香ちゃん退避させたもんね。」
決定とばかりに、儀礼は指を三本に増やす。
「いや、利香とそいつらは力の差が……。」
「黒獅子はこの件に関係ないだろう……。」
獅子とクリームの意見には耳を貸さず、儀礼は反対の手を出し、指を一本立てる。
「3対1ね。ランジェシカは? 僕とクリーム、どっちにつく?」
にっこりと儀礼はオレンジ色の髪の少女に笑いかける。
「まぁ、僕と居たら、その綺麗な目を、もらっちゃうかもしれないけど。」
儀礼は意地悪く口の端を上げ、ランジェシカに近付く。
「ゼラとあなた?」
首を傾げて、ランジェシカは二人を見比べる。
「うん。僕とクリーム。」
ランジェシカの目の前で儀礼は答える。さっき、ランジェシカがしたように、儀礼はその頬を両手で抑えた。
目の前にある瞳と瞳。
儀礼はランジェシカの色素の薄い瞳に指を伸ばす。反射を抑える訓練のためか、ランジェシカの瞳は開かれたまま。
儀礼は右の親指でそっとランジェシカのまぶたを閉じた。
「もらった。」
にやりと儀礼は笑った。
そして、儀礼が広げた右の手の平には薄い茶色の透明な球体。
驚いたように瞳を見開き、ランジェシカは触れられた自分の左目を抑える。
顔を蒼くさせると、
「ぅっ、あーん!」
幼い子供の様に泣き出した。
「おいっ、こら儀礼!」
顛末を呆然と見ていた獅子が、泣き声にはっとして、儀礼に向かって怒鳴る。
「ランっ、大丈夫だ。どうした?! おい、儀礼! ランが泣くなんてどういう状況だよっ!!」
泣きながら駆け寄ってくるランジェシカを、驚いたようにクリームは抱き止める。
いつも微笑みをたたえるふんわりした雰囲気の少女は、涙を見せたことなどなかった。
「あはは、いや、その。ごめんなさい。」
強烈な怒りを放つ二人組みに、儀礼は固まった体で小さく頭を下げた。
「ランジェシカ、ごめん。ほらただの飴玉。はい、返す。」
そのアメをランジェシカの手の平に置き、儀礼はもう一度ランジェシカのまぶたに優しく触れる。
「返した。」
「返した?」
涙に濡れた瞳でランジェシカが聞き返す。その手はクリームの服を握り締めていた。
「うん。もう返した。ランジェシカは大丈夫。やっぱり、ゼラのが好きだろ?」
その頭をなでて儀礼が聞けば、ランジェシカはクリームをじっと見る。そして、頷いた。
「はい、蜃気楼の下位組織反対に4票。過半数を超えたので、これで可決されました。」
右手の指を四本にして、儀礼はにっこりと笑った。
「「「「おいっ」」」」
その複数の声が怒りなのか、呆れなのか、笑いなのかは、複雑すぎて判断できなかった。




