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ギレイの旅  作者: 千夜
7章
203/561

解決した3つの事件

 応急手当てを終えた後、儀礼は回復魔法の得意なヤンに、獅子の治療を依頼するメッセージを送った。

しかし、ヤンにだって都合がある。すぐに来られるとは限らない。

近くで眠っている獅子の敵は、いつ目覚めるかわからない。

車で移動しようにも、自力で動けない程の重傷の獅子を、儀礼の力では動かすことができない。

そして、儀礼の敵はいつやってくるかわからない。

(世の中には、恐ろしい人間がいるんだ)

誰もいない方向に銃を構えたまま、儀礼は心の中で呟く。


 そして、儀礼の意思に反して数時間前の記憶が呼び起こされる。

言葉の通じない女性のいる病院を逃げ出し、管理局へと入った儀礼の前に一人の男が立ちはだかった。

『さあ撃て。また、あなたの手の内で眠らせてくれ』

三日前に麻酔弾の餌食にした貴族の男が、両手を広げて、儀礼の前で心酔したように語ったのだ。

思い出し、儀礼の全身に鳥肌が走った。

 それを聞いた瞬間に儀礼は、その男の側頭部に上段回し蹴りハイキックを入れていた。

反射的に銃を使いたくなくて、出た行動だった。

靴に仕込まれた金属部品は、『凶器』になるのだろうか……。


 そのまま儀礼は宿に駆け込み、すぐにこの町を出る準備をして、車の中で隠れるように丸まって、宿にいなかった獅子の帰りを待っていたのだ。

なのに、獅子は帰らなかった。

 宿の部屋にまとめられていた獅子の荷物。儀礼が獅子に預けた洗面用具は車の中に放り込まれていた。

車の中で丸まって2時間ほど経って、やっと儀礼は正気を取り戻した。

何かがおかしいと気付き、町中探してようやく見つけたら、獅子はすでに動かすことのできない状態だった。

男が獅子にとどめを刺す前に、儀礼が間に合ったのは奇跡だったかもしれない。

儀礼の手元、撃ち尽くした弾の分だけ銃は軽くなっているはずなのに、銃身が震える。


 情けない自分を罵倒したい思いで立つ儀礼の側に、白い光と共に黒衣の女性が現れた。

とんがり帽子に、木製の杖を持つ、Aランクの魔法使い、ヤン。

「ヤンさん! 来てくれて嬉しいっ!」

儀礼は現れたヤンに飛びつくようにして抱きついた。

(間に合ったんだ。助けられたっ)

安堵の涙を流す儀礼に、ヤンは不思議そうに首を傾げ、慰めるようにその背中をさすった。


 まるで感動の再会を喜び合うように抱き合う男女。

「てめぇら、よそでやれっ」

重傷で動けない獅子は、目の前の光景に怒りの言葉を発した。


「ギレイさんはお怪我、ありませんか?」

獅子の治療を終えると、首を傾げ、確かめるように儀礼の全身を見てヤンが言った。

「僕、無傷。狙われたの獅子だから。」

まるで、アーデス様に報告しますよ、とでも言われている気がして、儀礼は慌てて無傷な様をアピールする。

ヤンがもう一度確かめるように儀礼の顔を見たので、儀礼はにっこりと笑ってみせる。

「よかったですっ。」

少し頬を赤らめ、慌てたようにヤンは下を向いた。

「あのっ、そう言えば、ワルツさんがギレイさんにこの間のお礼がしたいと言っていました。あの、多分、ケーキのかと思うんですけど。……ギレイさん他に何かしました?」

小首をかしげるようにして、ヤンは言った。

「ううん。何もしてないよ? ケーキだって、あれが皆へのお礼だからいいのに。」

首を横に振って儀礼は言った。ワルツに、感謝おれいをされるようなことを儀礼はしていない。


「あの、でも、また今度迎えに来ますっ。今日は私これで、すみません!」

深く頭を下げ、本当にヤンはすぐに行ってしまった。

何か忙しいのに、儀礼の呼びかけに応えて来てくれたらしい。

「あ、ヤンさんにお礼言えなかった。」

ヤンの消えた空間を見て、儀礼はぽつりと言った。


 そこへ、クリームたち四人が駆けつけてきた。

『砂神の勇者』のクリームを先頭に、白い帽子を被った男、黒髪の女性、オレンジ色の髪の少女と、続けて走ってくる。

「大丈夫か、黒獅子!?」

クリームがまだ座り込んだままの獅子の元へ駆け寄る。

「ああ、この通り。知り合いの魔法使いが治してくれたからな」

獅子は立ち上がり、慣らす様にして肩を回す。

「そうか。やっぱり、お前が先か。」

獅子にうなずいた後、諦めたような溜息を吐きクリームが儀礼に言った。

「何が?」

儀礼は問う。


「あの男を倒したのが、だ。」

眠っている傷だらけの男を視線だけで示してクリームは言った。

「ふーん。」

儀礼に、競争していたつもりなどないが、獅子とクリームで競っていたのかもしれない。

物騒な遊びをするものだ、と儀礼は心の中で苦笑する。


「ところで儀礼、氷の谷ってなんだ?」

眠っている男の様子を見ていた儀礼に、クリームが聞いた。

「氷の谷? 地名だよ、ドルエドの。」

重大な地下施設のあった谷の名だ。儀礼には忘れられない場所。

あそこにいた者は、今もまだ慣れない時代に苦しんでいる。

そして、この世界のどこかには、まだ凍ったまま開放を望む者が存在しているはずだった。

なんとなく、感傷に浸っていた儀礼に、クリームは話しの続きを語る。

「お前が片せと言った男たちの頭が、お前を捉えてそれを利用するつもりだったと吐いた。それが何か分からなかったから、そいつはまだ拘束したままだが、良ければ警備兵に引き渡すが、どうする?」

クリームの問いかけに、儀礼は表情を凍らせる。

「……何、それ?」

理解不能と言った感じで、儀礼は首をかしげた。


「何って、お前、知ってたんだろ? あいつらが裏の商人だって。」

「商人? 殺人コレクターとかじゃなくて?」

詰め寄るクリームに、儀礼はさらに深く首を傾げる。

「「……。」」

周囲に沈黙が訪れた。


「ちょっと、情報を整理しようか。」

儀礼が真面目な顔で色付きの眼鏡を掛け直した。その声は真剣で、何か深刻な意味を場に持たせる。

その場にいる全員が、頷いた。

「まず、あの獅子の敵は何?」

寝ている男を指差して、儀礼が聞く。

「『ヒガの殺人鬼』だ。親父が殺した奴の息子。」

儀礼の目を見て、獅子は答える。

言いたい事はそれで伝わるだろう、と言う様に。

「……なんか、そうぜつ。そっか。」

納得したように、儀礼は深く頷いた。 

「あいつのことは知らなかったんだな?」

『ヒガの殺人鬼』と言う男を示して、確認するように言うクリームに儀礼は頷く。

「よしっ。」

呟くように言って、クリームは小さなガッツポーズをした。

儀礼はただ、首を傾げる。


「それで、クリームたちは『何』と戦ってきたの? 複数形たち、でいいんだよね? クリームの仲間?」

今度はクリームとその周囲の人物に向かって、笑うように儀礼は問いかける。

儀礼には、強い気配を持っているその者達から、クリームへの信頼が感じられたのだ。

「まぁ、そうだ。」

三人を見回し、クリームが言えば、二人の男女が頷き、一人の少女が微笑んだ。

それを確認してから、クリームは儀礼へ向き直り、話を続ける。

「あたしが戦ったのは、お前が宿屋で眠らせた男たちの本体組織だ。そこにボスって奴がいたはずなんだが……」

そこで一度言葉を切り、クリームはオレンジ髪の少女、ランジェシカを睨む。

「こいつが逃がしてな。まぁ、そのおかげでたなだけでなく工場も見つけられたんだが。」

仕方ない、と言う風にクリームはランジェシカを見て息を吐いた。

「だって、くれるって」

嬉しそうに、ランジェシカは柔らかい声で囁いた。

「何を?」

「聞くな」

儀礼の問いに答えようとしたランジェシカの口を、クリームがふさいだ。


「組織に店……あいつらのボスって、この町の貴族じゃなかったの? 金髪の、使用人いっぱい引き連れて、世界は自分の物だって感じの。」

儀礼の言葉に、クリームが意味が分からないという風に眉を寄せた。

「違うんだ。いいんだ。なんでもない。」

儀礼はめいっぱい首を横に振る。

あの男共の『ボス』というのは、儀礼が管理局で蹴り倒してきた男のことではなかったようだ。


「それで、そのボスって言うのが、氷の谷を利用するって言ったんだね」

誰だかは知らないが、すでに捕らえたという人物よりも、氷の谷のことの方が儀礼には重要だった。

「そうだ。それは、何だ? お前の管理局のランクが関係してるのか?」

真剣な顔でクリームが問う。

「関係、してると言えばしてる。一応、僕の名前で全プログラムを進めてるはずだから。氷の谷には、生き物を生きたままで氷の人形の様にする技術が眠ってたんだ。その場所は今立ち入り禁止で、その技術も洩れないようにしてるんだけど。どっかから情報が抜けてるんだね。」

深刻な顔で、儀礼は呟く。


「本当にあの組織の存在を知らなかったのか?」

疑うようにクリームが儀礼の顔を覗き込む。

「うん。知ってたら、もっと早くあいつらを警備に引き渡してたよ。今日、男の一人から血と防腐処理用の薬の臭いがしたから、もしかしてと思って……やっと気付いたというか」

儀礼は付きまとってくる男共が、三日前に麻酔弾で眠らせた貴族の男の配下だと思っていたので、眠らせるだけで放置していたのだ。

氷の谷の技術を欲しがるような組織の一員だと知っていれば、そんなもので済ませなかった。

「お前があいつらのターゲットになってたこともか?」

「えっと、技術を手に入れるために、だよね?」

睨むように尋ねるクリームに、儀礼は確認するように首を傾げる。

「いや、商品にだ。本当に、知らなかったのか?」

白衣の袖で目元を拭う儀礼を見て、少し驚いたようにクリームは呟いた。

「そんな、僕が何でも知ってるみたいに言わないでよ。僕は透視ができるわけでも、人の心が読めるわけでもないんだから」

まだ疑うようなクリームに、苦笑しながら儀礼は言う。


「ちょっと情報屋と連絡が取りにくくてさ」

困った、と儀礼は口を尖らせる。

「なるほど、な。」

納得したように口の端を上げて、クリームは頷いた。

「そのボスについては管理局から専門のチームを派遣してもらうよ。もしかしたら氷の谷の人が見つかるかもしれないから。」

どこかにいる救いを求める人に、手を差し伸べられることを信じて、儀礼は小さく微笑んだ。


「それで、お前の敵って? ゼラードが戦ってきたのは違うんだろ?」

話に一区切りついたと判断し、獅子が儀礼に聞いた。

「……。」

引きつった笑みで、儀礼は答えない。

「お前が実弾使うほどやばい相手なんだろ?」

獅子が儀礼が銃を向けていた方角を見て確かめるように問う。

儀礼は口を閉ざす。

会った初日にプロポーズされ、男だと言えば嘘だと思われ。今日、管理局に蹴り倒して放置してきた、貴族の男のことなど、死ぬ様な戦いをした冒険者にどう語れと言うのか。

その男の言うことを何でも聞く配下が町中まちじゅうにいるから車の中に隠れていたなど、情けなくて儀礼には涙しか出せない。


「管理局に倒れていた男ならお前を探している時に見つけて、治療しておいた。しばらくはどこぞに篭って人生を考え直すと言っていたぞ」

意外にも、儀礼への援護は白い帽子の男、クガイの口からもたらされた。

町中まちなかの者も、もうお前を追って来ないだろう」

「ホント!?」

驚きと、嬉しさを顔に押し出し、儀礼はクガイに確認する。

「事実だ」

クガイが頷く。

「あの女も引き取ると言っていた。」

その言葉には、儀礼は眉をしかめた。

あの女とは、儀礼が病院に置き去りにした黒髪の女性のことだろう。

いくら言っても、話を聞いてくれないので、儀礼は諦めて逃げ去ったのだ。


 しかし、女性だ。変な男に連れ去られるというのは心配だった。

「なんで?」

「義理の兄妹にあたるらしい。まぁ、父親が勝手に養子にしたようだがな。だが、心配はいらない」

青い瞳で儀礼を見て、クガイは楽しそうに笑う。

「案外あれで幸せなのかもしれないぞ」

クガイの言う言葉の意味が分からず、儀礼は首を傾げるばかりだ。

しかし、儀礼の言葉が通じない者同士、意外と通じ合うのかもしれない、と儀礼は納得する。

変人同士で集まってくれて、儀礼に害が及ばないなら、それに越したことはない。

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