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ギレイの旅  作者: 千夜
7章
201/561

獅子の危機

 獅子は儀礼から預かった荷物を儀礼の車へと放り込む。

強敵に出会った獅子にじっとしていることはできなかった。

『ヒガの殺人鬼』の見せた不気味な笑顔が、獅子の頭から消えない。

仲間と言える大切なものだからこそ、傷つけるなと、俺の敵ならば俺だけを見ろと獅子は心の中で叫ぶ。

儀礼が常に狙われていながら、獅子に何も言わなかった理由が分かった気がしていた。

しばらく会っていない利香の顔が、獅子の頭に浮かんで消える。何度も何度も。

まるで警鐘のように、暗い瞳の殺人鬼の歪んだ笑いの上に現れては消える。

平和に暮らしているはずの少女。あの、守られた里で笑いながら。

獅子は拳を握り締める。

(守りきる力がいる)


 コロン。

思考にふけっていた獅子の足元に、何かが落ちた。

車の中に投げ込んだ儀礼の荷物から転がり出たらしい。

紫色の大きな宝石。

「おいっ」

そんな物を気安く人に預けるな、と獅子は無防備過ぎる友人に呆れる。

ワイバーンの瞳。そう呼ばれる宝石を、一緒に仕事をした冒険者が持っていた。

宝石の色などによってもたらす効果は違うらしいが、そのどれもが大変貴重なものだと、その冒険者は教えてくれた。

翼竜ワイバーンという魔物を倒すことで稀に手に入り、その高価な宝石目当てに討伐を続ける冒険者も多いと言う。

しかし、どれほど多くワイバーンを倒しても『翼竜の狩人ワイバーンハンター』には敵わないらしい。

(どんだけ倒したんだよ。『翼竜の狩人ワイバーンハンター』って奴)


 その貴重な宝石いしを車の中に放置していいものか悩み、獅子はポケットの中に入れた。

そこにはすでに石が一つ。

○と描かれたそこらに落ちていた石ころと、高価な宝石。何の組み合わせだ、と獅子は苦笑する。

『仲間』と『信頼』。二つの意思いしをポケットに詰め、獅子は強敵の姿を探して走り出した。


 傷を負った男はどこに潜んでいるか、誰から狙うか。

答えは簡単、回復魔法を使う者だ。そいつがいる限り、獅子達は怪我をしても何度でも復活する。

一度の傷で退却しなければならなくなった男ならそうするだろう。それから一人ずつ消していけばいいのだ。


 獅子はその男を病院の側で発見した。

そこにいた白い帽子の男、クガイを追ってきたのか、自分の傷を癒すために来ていたのかは知らないが、その町の中心部で獅子は『殺人鬼』の繰り出そうとしていた攻撃を止めるために、戦闘を始めてしまった。


「ちぃ」

顔をしかめ、歯を噛み締め、獅子は逃げるように走り出す。

「逃げるか。力の差を知ったか!」

くははは、と男は気味の悪い笑い声を上げながら獅子を追ってくる。

その男の攻撃は見境なく、周囲の人も、家も関係なしに巻き込もうとする。

防ぎきれずに、いくつもの傷を負いながら、町の中を走り抜けて、獅子は広い空き地のような場所に出た。

随分と昔に家があったらしく、壊れた建物の一部だけが残っていた。

町を区切る外塀か何かの跡なのか、2m程にもなる高い壁が広い範囲でその周辺を覆っている。

そこならば、周りのものに被害が出ない。

そう思えれば、ようやく獅子は男に対して光の剣を構えた。

獅子は笑う。父に挑むほどの強さを手に入れた者を前にして。もう、邪魔をされることもない、と。


 闘気を込めた剣が強い光を放つ。

獅子は追いかけることを楽しんでいた男に向かって走りこむ。

互いに近寄れば、剣をぶつけ合って相手を押し切ろうと力を込める。

力で押せなければ、それは闘気の戦いとなった。

ぶつかり合う闘気は、刃の触れていない肌を切り裂いてゆく。

守るものを思い描いて、獅子は剣を振りぬいた。



 幾度も剣をぶつけ合う激しい戦闘の末、獅子は軽くない傷を負っていた。

『ヒガの殺人鬼』も軽くはない怪我に苦痛の表情を浮かべているが、それ以上に、獅子の怪我は重傷だった。

力の差はあった。確実に『ヒガの殺人鬼』の実力が上で、光の剣と言う最強の部類の武器のおかげで獅子はこの数時間に及ぶ戦いを生き延びていた。

命を奪いに来る攻撃。これ以上戦ったからと言って獅子に勝てる保証は見つからなかった。

これより先は、獅子にとって、命を削る戦いに変わろうとしていた。

男にまだ余裕があることが憎い。


 獅子はゆっくりと立ち上がると、剣にまた闘気を込める。

体全身を覆う闘気を、命を燃やす覚悟で高める。

「それで全力か? 黒獅子もたいしたことはないな。所詮、『黒鬼』のまがい物か」

苦しいはずの表情を消し、『ヒガの殺人鬼』は笑う。

その言葉でまた、獅子は闘気を高める。

『黒鬼』と戦ったことをあらわす口ぶり。本当に強い敵。

復讐だと、この男は言った。自分の父を黒鬼に殺されたと。


 獅子の父親が人殺しであることは旅に出てから、うすうす感じてはいた。

冒険者である限り、それは免れないことなのだと。

シエンの村にいる間、自分がそれに気付かなかったことが、今の獅子には不思議でならない。

あそこでずっと守られていたのだ。その守りを抜け、今度は獅子が強くならなければならない。

シエンの子供達を守っていく人間になるために。


「復讐と言うお前には悪いが、俺は殺されるわけにはいかない。俺がまだ親父にかなわないのも事実だ。だが、お前が俺を倒し、仲間やシエンに手を出すと言うなら、俺はここでお前を止める!」


 全ての力をその一撃に乗せて、獅子は男に襲いかかった。

ここで、負けるわけにはいかない。

父親『黒鬼』のいるシエンには獅子倉の道場に住む小さな子供達や、獅子にとって大切な人たちがいる。

父の勝利は疑わない。だが子供達の目の前で、父が『黒鬼』と呼ばれる冒険者になることは、今の獅子には許容できない。

あそこにいる父は、皆の父親代わりで、世界一強い『道場の師範』なのだ。

その一言の意味がとても重かった。絶対に、あの場所で獅子倉重気を人殺しとは呼ばせない。

例えここで、自分がその人殺しざいにんになったとしても。


 男は獅子の攻撃を細い剣で受け止めた。

互いの闘気がぶつかり合い、二人の周囲に竜巻のような闘気の嵐が巻き起こる。

境で触れ合う闘気が男を傷つけ、獅子を傷つけ、二人を囲む黒と白の闘気の渦の中に赤い色が混じっていく。

「死ねーっ!」

恨みを込めた視線で男は獅子を睨む。

それを受け止めながら、獅子は、同じ眼を返せない自分を知っている。

だから、ただ己の力の全てをぶつけるだけ。

「うおおおおっ!!」

獅子は力の限りに叫んだ。


 獅子の体から、だくだくと血が流れていくのがわかった。

その血は地面に落ちることなく、闘気の渦にさらわれていく。まるで吸い込むように、渦は獅子の体からばかり血液を奪っていた。

力の差が憎い。獅子の目の前に立つ、憎き強敵。

濁っているようなのに、爛々と光を放つ灰茶の瞳、削げ落ちたようにこけた頬。

憎い強敵が同時に、獅子の目には、復讐にのみ生きる、哀れな存在として映った。

心構えの差があると分かっていても、獅子はそこに踏み込むことができない。

大切な者を守りたい。それには、この目の前の敵を打ち倒す必要がある。

なのに。殺したいと思えるほどに憎み切れなかった。


 光の剣が白い光を強める。

収束するように二人を囲む闘気の竜巻が範囲を狭め、かわりに、より渦の威力を高めていった。

それは、中心に立つ者の体を切り裂く実体なき刃となって、剣を交える二人に襲い掛かった。

ドシャーン!!!

最小にまで収束された闘気の渦は爆発を伴ってその力を発散させた。

傷だらけの、二人の剣士がそれぞれ空中に放り出される。


 黒く、小ぶりな影の方が獅子だった。

黒いマントも服も原形をとどめていない。ボロボロの状態は体も同じ。

飛ばされる肉体は、着地のための態勢移動もできない。

愛しい者が獅子の脳裏に浮かんだ。

(守りきれない……俺自身を。)

そう思う獅子のまぶたの奥で、待っていると涙をこらえて微笑んだ少女が、――泣く。


 ドゴッ

激しい衝撃で獅子は息を吐く。背中から壁に激突していた。受身を取ることも叶わなかった。

ずるずると地面に崩れ落ちる獅子。体中の痛みを感じるのに、立ち上がろうとする力が体に伝わらない。

その視線の先で、敵である男は立ち上がった。

満身創痍であることは変わらないが、その男には立ち上がる力がある。

「……くっ」

獅子はかろうじて指先を動かし、すぐ側に落ちる光の剣に伸ばす。

ほんの少し指先が触れれば、それを感じ取って光の剣は淡く輝く。


「それで、何ができる。もはやお前に力は、残されていないようだな。」

苦しそうに息を吐きながらも、男は倒れた獅子の元へと歩み寄ってくる。片足を引きずりながらも、剣を杖のようについて進む。

そんな姿でも、今の獅子にとどめを刺すことぐらいはできる。

「くぅっ」

獅子はさらに指を伸ばし、自分の剣を掴もうと必死にもがく。

光の剣が危機を報せるように激しく明滅する。

起きろ、よけろと叫ぶかのように。

「ついに、この時が来た。死ね、黒鬼の息子っ!」

歓喜の表情を浮かべ、男が獅子の眼前で剣を逆手に持って振り上げた。

真っ直ぐに突き落とすだけで獅子の命は絶たれる。


 獅子の脳裏に浮かぶ利香の笑顔が、男の狂った笑みにかき消される。

(死ねないっ)

獅子は、気力を振り絞って光の剣を握った。

剣を盾のように構えれば、命以外を諦めて、ようやく獅子の生きる道は開ける。

男の剣の軌道をずらせれば、手足がなくなろうとも、耳が削がれようとも、生きてはいられる。

最後の一撃を、相打ちにすら持ち込めない、自分の弱さが憎かったワラエタ

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