第2話 初戦闘
それからしばらく走り、町でお金を下ろした儀礼たちは森へと入っていった。
当初の儀礼の予定では町を通過して、東の方へ出るはずだったのだが、目くらましだ、と言う獅子に押し切られ、儀礼達は南の森へと入ったのだ。
お金に関しても、儀礼が小さい頃から貯めた半年分の旅費だったのだが、獅子と一緒ではそれも半分だろうな、と儀礼は苦笑する。
(何もかもが予定外だ、まったく)
そう思いながらも、言うほど嫌なわけでない自分に儀礼はやはり苦笑する。
助手席に座る騒がしい旅の相棒は、獅子の家出と儀礼の旅の違いが分からないように、儀礼の髪の色と瞳の色も、大した違いでは無いように接していた。
南の森をしばらく進む内に、何か小さな影が車の前を横切った。
長い尻尾が見える、ねずみだろうか。
そういえば、と母が凶暴化したねずみが出ると言っていたのを儀礼は思い出した。
「うっ」
その時にはもう、進む隙間もないほど大量のねずみに、車を取り囲まれてしまっていた。
「獅子」
不安気に呼んだ儀礼の声に、彼、獅子倉了は楽しそうな笑みを浮かべる。
「さっそく俺の出番だな。任せろ儀礼」
獅子は堂々たる態度で車を降りた。
それに気付き、ねずみたちは餌に喰らい付こうと獅子の足元へ我先にと群がる。
ビジュー、ビジュー。
一匹一匹のよく肥えた体から、たくさんの不気味な鳴き声を発している。
「獅子、百匹はいるよ!」
ねずみの怒気に気おされながら、車の中で注意を呼びかける儀礼は、本人も情けないとは思いつつ運転席で縮こまる。
「ふむ、十秒で終わる」
ニヤリと獅子は笑った。
その計算はどこからはじき出したのだろうか、一秒あたり、十匹倒さなければならない。
しかし、獅子はその身一つで、あっという間にねずみどもを蹴散らした。
大きく足で地面をなぎ払うと、弾き飛ばされたねずみたちを拳や腕を使って次々と撃ち落としたのだ。
その時間は十秒と言っても間違いではなかったろう。
「ほい、終わりだ」
パンパンと、最後に服の砂ぼこりを払って、獅子は得意げに笑ってみせた。
「ねぇ、獅子。このねずみどかせない? 車でひいちゃうんだけど」
死屍累々の道を見て、このまま進むとあまりにも気持ちの悪い感触を味わうだろう。
(いやだ)
大切な車も汚れるし、と儀礼は顔をしかめる。
「はぁ? 面倒だな、細かいこと気にしなけりゃいいだろ」
「細かくないよ」
仕方なく、面倒くさそうに獅子はねずみを拾い始めた。自分も手伝おうと儀礼は車を降りる。
そして、まだ温かいねずみたちの死がいに触れた。
「ねぇ、獅子。この子達さ、せめて埋めてあげようよ」
「はぁ?!」
あきれたような顔で獅子は儀礼を見る。
「この辺に穴掘ってさぁ」
言いながらも、儀礼は手で土に穴を掘り始めている。
「あ~、ったくしょうがないなぁ。どけ、遅い!」
頭をかきながらそう言うと、獅子は儀礼を押しのけて地面を見る。
「すーーっ、はぁ!!」
息を吸い気合と同時に拳を振り抜くと、地面に小さなクレーターができあがった。
「集合墓地だ。ま、いいだろ。ここに埋めてやれ」
ほいほいほい、と獅子はねずみたちを運んでいく。
ぽんぽんと二人で土をかぶせると、儀礼はとりあえず花をそえる。
それから手を合わせ、冥福を祈る。
「おいおい」
凶暴ねずみを墓に埋め、手を合わせている儀礼を見て獅子は頭に汗を一つ。それらを殺したのは獅子である。
「獅子……」
儀礼は手を合わせたまま口を開いた。
「何だ? まだなんかあるのか?」
なかばヤケクソ気味に獅子は言った。
「ありがと」
獅子に振り向いていったか儀礼は、子供のような無垢な笑顔をしていた。
「あー、まぁ、気にすんな」
その顔に毒気を抜かれ、ぽりぽりと頬をかきながら獅子は応える。
そして、二人はようやく車に乗りこんだ。
「さ、仕切り直して出発だな」
「了解、発進します」
プチッと、儀礼がボタンを押すとオート運転で車は動き出す。
とりあえず、平和な出発である。
こうして、儀礼と獅子の家出の旅は始まった。