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ギレイの旅  作者: 千夜
7章
197/561

守られた里

 動くよりも先に、男は口を開いた。

「お前が黒鬼の息子だな。間違いない。よく似ている。黒い髪、黒い瞳、悪魔のようなその容姿」

歪んだ笑みを見せる男の声は、容姿から想像できるように、かすれたような不気味な音を発していた。

「黒髪黒瞳はシエンじゃ普通だぜ。お前の言う悪魔は500人はいることになるな」

昔から、町に出るたびに幾度となく言われてきたその言葉に、慣れた様子で獅子は応える。

幼い頃は、シエンの村や人の悪口を言われるたびに腹が立ち、獅子は相手が大人だろうと、子供だろうと容赦なくケンカを吹っかけていた。


 シエンの里で当たり前のことが、外の世界ではまるで違う。

獅子がシエン村から外の町へ初めて行ったのは何歳の頃だっただろうか。

幾人かの大人が常に周りに立って、幼い獅子の側を離れなかった。

子供たちだけで町に行くのが許されるのも12歳を過ぎてから。

町までの距離が遠いと言うことも勿論あるとは思う。

だが、魔獣の出る山の中でのキャンプはよくても、町に遊びに行くのはだめ。

今思えば、シエンの里には他の町にはない決まりがとても多くあったことに気付く。


 守られた里。

内からも、外からも、そこは守られた世界だったのだと、獅子は悟った。

内にも外にも敵がいるのではない。

村にいる大人たちにも、外に出て冒険者になった若者達にも、その小さな里は守られているのだと、獅子は得心した。

光を放つ剣を構え、獅子は男に対し新たな思いで相対する。

敵は自分を殺そうとする相手だというのに、なぜだか獅子の心には暖かい思いが溢れていた。


 世界最強の冒険者が人を殺せないわけがない。

魔獣退治に魔物退治、それだけが冒険者の仕事ではないのだ。

盗賊退治ならば人を殺す。戦争の傭兵であっても同じく当たり前のこと。

世にいる人間の全てが正しくないことを、獅子はもう知っていた。

自分の全てを肯定するつもりもないが、少なくとも、善と悪の判断を間違ってはいないと獅子は信じる。

人を殺したという父を、悪ではないと獅子は信じた。


「『黒鬼』は父を殺した。あの日……この剣に復讐を誓った。俺は黒鬼を殺す。だがその前に、お前をいたぶって、苦しめて……殺してやる! 『黒鬼』は息子の死をどう思う? 苦しむか? 憎むか? 俺の様に狂うのか? くはははっ、楽しみだっ!!」

笑って、男は剣を引きずるようにして走り出した。細く削られた武器が重いはずはない。獅子は男の行動をいぶかしむ。

獅子に近付くにつれ男の剣は地面に深く埋まってゆく。

固められた土の中を、まるで水を切るように抵抗なく進む剣。

両腕を垂らすように姿勢を低くして走り寄ってくる男。

 ガキィーッ。

獅子の受け止めた剣は重かった。

男の体重と剣の重さを合わせても、到底その威力には結びつかない。

大量の土砂と共に、獅子は後方へと大きく吹き飛ばされたのだった。


 宙を飛ばされながらも獅子は態勢を整え着地に備える。

足が着けば、すでに男が間合いを詰めている。

「黒鬼は悪だ。その血を引くお前の様な者が、英雄扱いされるなど絶対にあってはならないっ!!」

血走った目で男が剣を横に凪げば、獅子に触れぬ位置にあるその刃から、強大な力が放出される。

黒い土砂が地面を抉り取り、濁流のような勢いで周囲の家々を飲み込み破壊した。

光の剣で自身の周りを守った獅子だったが、その男の破壊した威力と範囲に唖然とする。

獅子が男の攻撃から守りきったのは、光の剣の効果範囲と思われる周囲3mほどの小さな円だった。

その外側、数十mの範囲で黒い土砂が民家の壁や屋根を崩壊させていた。

覚め切らなかった朝に、人々の狂騒の悲鳴が響き渡る。


 時をおかずに、ギルドの中から幾人もの冒険者たちが現れた。

何人かはなぜか、すでに深い傷を負っていた。

その中に獅子の知っている男がいた。ここ数日一緒に仕事に出た男だった。

「黒獅子、そいつはお前を狙っている! Bランクのお前ではまだ敵う相手じゃない。今は俺達に任せてここを離れろ!」

その、赤に近い髪色の男が獅子に言う。

深く切れた右腕の傷は、まだ負ったばかりのようで、新しい血を流し続けていた。

その男たちは、たった数日の付き合いしかない獅子を身を張って、守ろうとしてくれたのだとわかった。


 早朝の静けさが嘘であったかのように、町は騒々しい戦場へと変貌していた。

「怪我人を助けろ! 土砂の下敷きになった者がいないか確認しろっ!」

昨日も一昨日も、獅子が仕事の手続きをしたギルドのマスターが、あちこちに指示を飛ばしている。

魔法使いという者や、酒場の店員までもがその被害にあった家の者の救助に向かっている。

次々に、状況を理解できない町人が集まり始め、悲鳴を上げ、助けを求め、冒険者たちが走り回り、人手が足りないと指示を仰ぎ、片や指示をくれと立ち尽くす駆け出しの冒険者たちが周囲に邪魔な壁を作る。


 力ある冒険者たちが、『ヒガの殺人鬼』と呼ばれるらしい男を取り囲む。

その陣形の中に獅子は立っていた。逃げろと言われて逃げ出すわけがない。

しかし周囲の惨状に、戦いだけに集中できないのが獅子の実情だった。

「苦しめ、苦しめ、苦しめっ!!」

周りの人間など見えていないかの様に獅子を目掛けて攻撃を仕掛けてくる『ヒガの殺人鬼』。

人を殺す鬼と言われる程のその男には、本当に、他の者などどうでもいい存在のようだった。

死んでも、消えても。

また、広い範囲の家々が土砂に埋まった。甲高い叫び声が獅子の耳を裂く。


 間をおかない殺人鬼の攻撃で、黒い土砂が浮き上がるのを、黒髪の女魔法使いが透明な壁のような物で押さえ込んだ。

その壁は、空から見るなら巨大な筒のような形で、獅子達と『ヒガの殺人鬼』を取り囲んでいる。

「障壁は張った。ただし、長く持つとは限らない。そいつの力、ただのAランクで済まないと思って」

呪文を唱え終えた魔法使いが、男に向け杖を構え直してそう言った。

「何で逃げなかったんだっ」

赤髪の男が獅子の隣りに立って言う。

「逃げるか。誰が逃げるかっ」

獅子は叫びたい気持ちを抑え、低い声で言った。

赤髪の男は利き腕の傷を押さえ、金色に装飾された剣を持って敵に構える。

「気持ちは分かるが、ここは――」

「待て、傷を治す」

男の言葉を遮り、走るように寄ってきた白い帽子の男が、錫杖しゃくじょうのような物を構えて男の傷に向けた。たちまち赤髪の男の傷が癒える。


「~~~~~っ!!」

黒髪の魔法使いが杖を振るって何かを叫べば、見えない刃のようなものが『殺人鬼』の繰り出す土砂の壁を切り崩す。

獅子は剣に闘気を込める。全ての現況の男を見据えて集中力を高め始める。

「逃げろといっても無駄なのか」

困ったように呟いて走り出せば、崩れた壁を越えて赤髪の男が『殺人鬼』に切りかかる。

しかし、またもすぐに地面から生み出される黒い壁。

衝撃と共に赤髪の男は押し戻される。

「ちぃっ」

らいっ!」

いつの間にか敵の背後に回っていた白い帽子の男が、大きな声と共に、杖を槍のように振り抜いた。

声を出しては、死角を取った意味がないかと思えば、その杖から何本もの雷撃が伸び放たれた。

その黄色い雷撃の筋が、杖に巨大な槍の穂先を作り出し武器と成していた。

身をかわした『殺人鬼』に向け、白い帽子の男は長い穂先を横に凪ぐ。

ジジジと音を上げて走るイカズチを『ヒガの殺人鬼』は高く跳んでかわした。

狙うのはあくまで黒獅子だけ、他に目を向け逃げる隙など与えはしない。そう言わんばかりに、跳んだ男の暗い目と剣先はまた、獅子を捉えている。

その瞳を睨み返して、獅子は地面を踏み切った。


 障壁の外ではまだ人々が困惑の声を上げ続けている。

獅子には経験が足りなかった。自分がBランクに留まる理由が獅子にもようやく理解できた。

このような戦場を獅子は経験したことがない。

自分から魔獣のいる森に挑みに行くのではなく、人の住む街の中で戦いを起こせば、当然巻き込まれるのは一般の人間。

逃げる術も、戦う力もない人たちが犠牲になる。

「お前は絶対間違ってる!」

獅子は力を込めて光の剣を振り抜いた。


 空中でぶつかり合った二本の剣が強い衝撃を生み出した。

嵐のような突風が透明な障壁をガラスの様に割り砕いた。

強い風は障壁を破っても留まらず、辺りの砂を巻き込んで放射状に走り抜けた。

風の影響を受けて、獅子の体には少しの傷が付いていた。

かまいたちで切れたかのように鋭い切り口にうっすらと血が滲み始める。

対する男は不満げな顔をするだけで、どこにも傷を負った様子はない。

そこに力の差が伺える。


 「土砂が、減ったぞ。今のうちだ、怪我人を運び出せ!」

ギルドのマスターの声で、時が止まっていたかのような一瞬の静寂は壊された。

しかし、それはいい意味の騒がしさに繋がる。

「助かった」「よかった」

障壁の壊れた戦場で、人々が歓喜の声を上げ始める。

「……英雄気取りかっ」

憎しみを込めた目で、男が獅子を睨む。

「お前が人を助けるなら、俺はそいつらを殺すまで。お前は人殺しの息子だ。お前が助けられる者などいない。殺す、殺す、さあ誰からだ!」

男が剣を地面に突き刺した。

深く刺さった剣が地面を走り、町の人間を狙う。


「~~~~っ!!」

ガキィッ!

女性の唱えた魔法の声で、巨大な氷の塊が、地面ごと男の剣を固定した。

「くらえ、イカズチ!」

白い帽子の男が言えば、天よりバリバリと空気を裂く音を伴って細い雷が男に落ちた。

赤い髪の男が、とどめとばかりに痺れる男の腹に剣を突き刺す。

ガクリと、男がひざをつけば、それで全てが終わったと、その場にいた者は思った。


「ばかっ、油断するな!」

獅子の聞いた覚えのある声は少し離れた場所から聞こえてきた。

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