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ギレイの旅  作者: 千夜
【閑話1】
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【閑話】シエンの村で

 時は少し遡る。

 儀礼と獅子がねずみたちを倒し、森を突き進んでいた頃。

 彼らの村では――。


「おいこら、団居まどい。うちの息子をどこに隠した!」


 獅子の父親の獅子倉ししくら重気じゅうきが、儀礼の家に乗り込んでいた。

 鬼を思わせるほど大柄で、全身に筋肉の付いたたくましい男だ。

 世間では『黒鬼』として知られている。


「ん、りょう坊か? 知らないよ、今日は来てないしな」


 儀礼の父が答える。


「嘘をつくな! 家出したあいつが行く先なんてここしかないだろうが!」


「家出? ほぅ、とうとう家出したか、あの坊は。まぁ、当然だろうなぁ、親がお前みたいのでは」


 かわいそうに、と儀礼の父は言ってのける。


「なんだと、人のこと言えるのか、軟弱引きこもりのくせに! 儀礼はお前にそっくりだ」


「その儀礼は立派に成長して、さっき旅に出ましたよ。しっかり準備をしてね」


 得意げに儀礼の父は答える。


「そんなこと言ってどうせ家出なんだろう、お前のとこも」


「馬鹿を言うな、うちの儀礼はそんな親に心配をかけることなどしないさ」


 二人の親父の口げんか、これはよくあることだ。小さな村で生まれ育った二人。いわゆる幼馴染だ。


「レイイチ! 大変儀礼が!」


 そこへ、儀礼の父を呼び、慌てた様子で家から出てきた儀礼の母。


「どうした、そんなに慌てて」


 儀礼の父、礼一レイイチは一つ咳払いをして、気分を落ち着けてから聞き返す。


「それが、今町から電話があって、儀礼が口座のお金を全額下ろしたって」


 不安そうな儀礼の母、エリ。


「なに?!」


 儀礼は危険防止のため、お金は最低限持ち、後は行く先々で少しずつ下ろすと言っていた。

 そうすれば、どこの町にいてどの位使っているか、両親たちにもちゃんと分かるから、と。

 なのに、一番近い町で全額下ろしたとなると話が変わる。


「あ、あなたー!」


 遠くから叫びながら、獅子の母がかけてくる。


「どうした、そんなに慌てて。了が見つかったか?」


「ううん、そうじゃなくって」


 走ってきたため息を切らせながら話す獅子の母。


「了が、村から出る車に乗るのを見たって人がいたの」


 それを聞き獅子の父が目を見開く。


「なにー?!」


 この村に車は少ない。人口自体少ないのだが、どちらかと言うと馬車が主流だ。

 そして、車を持つ者とは、朝早くに町まで出稼ぎに行く人たちだ。


「銀色のボディーに青の塗装の車だって」


 今までに見たことがない、と獅子の母が続ける。


「……儀礼の車だ」


 青ざめた儀礼の父がつぶやく。

 旅立ちに向けて塗装しなおしたばかりのはずだ。


「なにー! やっぱりお前の息子が連れ出したんじゃないか。了はここを出るような金も足もないんだからな」


「それは、お前が取り上げたからだろう。大体、了坊なら自分の腕一つで旅もできるだろうが! これは、どう考えても了坊がうちの儀礼をたぶらかしたんだろう」


「たぶらかすだと、ふざけんな! 昔っから念入りに計画立ててたそうじゃないか、儀礼がうちの了を口先うまくだましたんだろ。了は許婚と結婚して家を継ぐはずだったのに」


「それこそお前の勝手な……」


 二人の口げんかは延々と続いている。


 そして。


「ギレイ君と一緒なのか、なら安心だね。あの子はしっかりしてるから」


「儀礼も了君が一緒なら、危ない目に会うこともないだろうし大丈夫ね」


「まぁ、男の子だしね」

「多少の無茶はするわよねぇ」


 大の男が言い争う隣りで、二人の奥様はのほほんと世間話を始めた。

 二人の息子が旅立ったが、いつもと同じ、変わらぬ風景なのだった。


 村の出入り口に一人の少女が立っている。

 儀礼たちと同じ程の年齢。

 傾き始めた太陽を見てまぶしそうにすると、一筋の涙が頬を伝う。


「了様……」


 旅立った許婚を思い、心を痛める可愛らしい少女。

 少女は幼い頃からずっと、ずっと、ずーっと、一人の男の子を思って生きてきた。

 

 黒い髪とつぶらな瞳を茜色の光が美しく染めている。

 腰よりも長い艶やかな髪を、暖かい春風が揺らしてゆく。

 愛しい人を必ず追いかけると、利香りかは心に決めたのだった。

2018/7/31、修正しました。

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