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ギレイの旅  作者: 千夜
3章
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盗賊ギルド3

 階下の騒動に儀礼は目を覚ました。

(警邏隊が入ったのか)

儀礼は目を開ける。時計に目をやると朝の9時を回っていた。

(早かったな)

もう2時間程かかると思っていた。そう言えば拓が来てるのか。獅子だけなら書類の分類に2時間はかかると思っていたのだ。

「頭の回転が悪いな」

儀礼はベッドの上で体を起こした。頭がぼーっとしている。


 枕元に空の瓶とコップが転がっていた。

(中和剤一瓶でやっと中和って……確実に致死量じゃないか)

儀礼は顔をひきつらせる。

さらに、ドアに目を向けて固まった。

ベッドがバリケードのようにドアを塞いでいる。簡易とはいえ、木組みのベッドを一人で移動させたらしい。

内開きの扉は開かないだろう。守ってくれたらしいが。

「どうやって出てったんだ……?」

儀礼は苦笑した。

「出れないじゃん……」

ふぅ、とため息をついた時、背後で窓がカタンと鳴った。


 緊張して振り返ると、コートを羽織った獅子が窓を開けて入って来たところだった。

その大きな体でどうやって気配を消しているのか、窓の前のテーブルに乱れた様子はない。

「よぉ、起きたのか。よかった。一仕事してきたぜ」

なんだか得意げな獅子。

「おかえり、お疲れ。悪いね、全部任せて」

儀礼はベッドから降りて延びをする。

「どうなってんの?」

儀礼の問いに獅子は笑っている。

「知らん、拓に任せてきた。儀礼ならわかってんだろ?」

「……おい」

はぁ、と再び息を吐く。

「もう捕物は終わる頃かな、拓が対応してるなら話は早いか。この町の評判も良くなるね。腐敗宿も一掃して、元締盗賊も始末したし。いいことしたね」

客の多い時期に大変な混乱を招くが、それを最小限にするために明け方まで手を回してきたのだ。

(これで『黒獅子』の評判もあがるし)

打算のある儀礼の笑顔。

「おー、役に立ったならよかったな」

頬をかき、視線を逸らして気付かない獅子。


 それから、警邏隊の隊長に呼ばれた。掃討の件に関してはすでに、感謝と賞をもらっている。もちろん獅子の名で。

今度は宿の娘の事だろう。


「本人が言うには、その……寝顔を見たかっただけらしいんだ。儀礼君の」

隊長と言う割に若く、30代後半らしい男が戸惑いがちに言う。

「はぁ!!?」

素っ頓狂な声を上げる獅子。逆にその声に耳を塞ぎながらも落ち着いている儀礼。

「人殺しかけて何ふざけたこと言ってんだ! 連れてこい、俺が吐かせてやる!」

椅子から立ち上がり隊長に詰め寄る獅子。周りに控えている隊員達が慌てて止めようとする。

「獅子。本当の事だから、多分」

儀礼が獅子の首を絞め気味にコートを引っ張る。

「ぐぇっ、……何?!」

獅子は息を整え、首をさすりながら座り直すと儀礼に目をむける。

「初めは普通の量だったし、たまたま獅子に効果がなかったのと、僕が中和してたせいで薬の効き目が弱いって思ったんだろうな。で、段々増やしても効果ないし、僕らが出て行こうとしてるのに気付いて焦ったんだろ」

「それで水筒に?」

獅子が睨むように言う。

「うん。確かにやったことは犯罪だけど、殺そうと思ったわけじゃないし、思いの行き過ぎってことで、刑は軽くなりませんか?」

「君がそう言うなら……」

頼むように言う儀礼に、隊長は手元の紙に何かを書き込む。

「何言ってんだよ! お前……」


 思わず立ち上がり、儀礼のえりを掴み上げ、睨み付ける獅子。

「何の対応もしなかった僕にも非はあるから」

宥めるように儀礼は言う。

「最初の時点で手を打つべきだったよ。軽く見てた。彼女が好意を寄せてくれるのは悪いことじゃないし」

料理の中の睡眠薬に気付いた時、『Sランク』の何かを狙って動いているものがあるのかと、様子を見れば夜中に動いたのは宿屋の娘だけ。

翌日、増えた睡眠薬に裏にあるものの存在を探れば、町全体に関わる盗賊ギルドに行き着いた。けれど、それは客を眠らせ財布や宝石を狙うただの泥棒集団。

少女の真っ赤な顔と震える声は慣れない家の手伝いをしているからだとばかり思っていた。

穴兎に指摘されるまで、そんな可能性を考えもしなかった。話をややこしくしたのは儀礼自身だ。


 目の前で友人に死なれかけた獅子は怒りが収まらないが、それでも、自分も事を甘く見ていたのに思い至る。

仕方なく、獅子は腕の力を緩める。

「次に死んだりしたら、俺は……(相手を)殺すからな」

儀礼の瞳に正面から向き合い、はっきりとそう言った。

「次って……」

(死んでないし。死ぬ気もないよ)

困ったように、苦笑しながら言う儀礼。それでは儀礼が死んだかのようだ。だいたい死んだ人間に『次』はない。


 しかし、獅子は真剣なままだ。

儀礼の服を握っている獅子の手が、なんだか、落ち込んでいるようだった。

「……ごめん、獅子。死なないから」

もし、目の前で獅子に死なれたら……儀礼はきっと助けられなかった自分を恨む。

儀礼は獅子の目を見返した。

「絶対だからな」

睨むようにして儀礼を見てから、獅子は儀礼の服から手を離した。

一人の少女の暴走から発覚した盗賊ギルドの捕り物はこうして無事に解決した。

失せ物依頼を大量解決してまとまった収入にもなった。そうして二人は警邏隊の本部を後にした。


「ありがとうね、拓ちゃん。いろいろ手伝ってもらって」

「ははは、お前じゃ戦闘の役に立たないからな」

礼を言う儀礼に、拓は見下すように笑いながら言う。相変わらず、失礼な奴だ。

「そういや。討伐中、利香ちゃんはどうしてたの?」

物騒になる町中や、宿に一人で残すとは思えない。失礼な奴は放置し、ガードのゆるい方へ問いかける。

「私は家に帰って待ってたわ」

にっこりと利香は答える。

「へぇ~。そうなんだ。どうやって?」

にっこりと笑って儀礼は聞いてみる。


「お前に教えるわけないだろ。寝坊助」

拓が儀礼の襟首を掴んで利香から引き離す。

儀礼は頬を膨らませて拓を睨む。それを見て、なぜか笑っている利香。

拓はこれでも、儀礼が死にかけたことを聞かされて、怒って盗賊ギルドにのりこんだのだ。憎まれ口を叩いても、結局は仲がいい。


「何だよ、儀礼。それが礼を言う奴の態度か? お前が弱いのは事実だろう。ほら」

そう言って、儀礼に足払いをかける。

ふいうちに儀礼はバランスを崩しかけたが、持ちこたえて反撃に出る。

ところが、出した足をガードされ、軸足を払われる。

後ろにひっくり返る前に、出していた足をつかまれ、拓のけりが儀礼の脇腹に入る。

「っつ」

けりの勢いで飛ばされ、着地するも儀礼は痛みにうめく。


「儀礼君っ!」

利香が驚いたように叫んだ。今、仲がいいと思ったのに、と。

「兄様、どうしてそんなことするの!?」

近付こうとする利香を獅子が止める。焦る様子もない。

「巻き込まれるだろ、危ないから近付くな」

わき腹を押さえ、立ち上がりきれない儀礼に、拓がさらに近づく。

上段の蹴りを儀礼は屈んでかわす。中段で戻ってきたかかとは後ろに下がってかわす。

拓が体勢を整えれば右左、と速い速度で儀礼に拳が襲ってくる。それを体を反らすようにかわしながら、かわしきれないものはガードして捌く。

段々と速度が上がり、たまに確実に入る。その度に儀礼は顔を歪める。


 だが、儀礼もやられているだけではない。隙を見ては攻め込む。

「急所しか狙えないのかよ」

その攻撃を全てよけ、嫌味っぽく拓が言う。

「手っ取り早いだろっ」

冷や汗をかきながら儀礼は言う。

もともと儀礼は接近戦よりも長距離からミサイル撃ったり、中距離から改造銃撃ったりする方が得意なのだ。

近距離ならば、相手が油断しているうちにスプレーでシュッとやるか、針でチクリだ。

(それをこの男は女々しいだの、弱いだの)

息を吐いた儀礼の腹に拓の拳がまともに入った。


「了様、止めて! お願いっ」

獅子の腕にすがるように利香が言う。そんな利香に獅子は首を傾げる。

「でも拓はちゃんと、かなり手加減してるぜ?」

それでも止めるか? と獅子が言う。

「手加減……」

利香は瞬きを繰り返す。手加減されていて一方的にやられる儀礼。

目に涙をためて、泣き出す一歩手前の少年は一人で旅をするはずだった。

目の前の戦いをやめさせるべきか、旅をやめさせるべきか、本気で困惑する利香だった。

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