二つの家の共同研究
星晶石らしき白い結晶を発見した翌日、シオンは学院からアルヴェリア侯爵家の王都屋敷へ戻っていた。
休日のうちに父へ連絡を入れていたため、ガルディスも予定を調整して王都屋敷へ来ている。普段なら領地と王都を行き来する立場だけに急な予定変更は難しいのだが、シオンが《未来視に関係する話》と伝えたことで優先順位が変わったらしい。
応接室に集まっているのは、ガルディスとエレノア、それにシオンの三人だけだった。
使用人にはしばらく近づかないよう伝えてある。
「それで、これが未来で使われているという鉱石か」
ガルディスが机の上を見る。
布の上には、昨日セレナと泉から持ち帰った白色の結晶が三つ置かれていた。残り二つはヴァレンティア家が保管しており、すでにセレナから両親へ事情が伝えられているはずだ。
「未来では《星晶石》と呼ばれていたと思う」
「思う?」
「俺が視た時にはそう呼ばれてた。でも今も同じ名前なのかは分からないし、そもそもまだ名前が付いてない可能性もあるから」
未来視という説明を使う以上、断定しすぎない方がいい。
ガルディスもその点は理解しているため、それ以上追及しなかった。
「性質は?」
「魔力を流すと光る。それだけなら似た素材はあるみたいだけど、これは魔力を止めてもすぐには消えない」
「どれくらい残るの?」
今度はエレノアが尋ねた。
「昨日セレナと試したものだと、弱い魔力なら数十秒くらい。ただ、俺が未来で視た道具はもっと長く光ってたと思う」
「加工方法があるのか、それとも結晶の品質が違うのかもしれないわね」
「そこは俺にも分からない」
エレノアは結晶を直接触らず、少し身を乗り出して観察する。
「セレナ嬢が魔力を流したのね?」
「うん。俺だと細かく調整できないから」
「正しい判断だ」
ガルディスが頷いた。
息子に魔法の才能がないことを、父も今では無理に否定しない。
以前ならその事実を口にするだけで、家族全体に僅かな緊張が走った。
今は違う。
できないことを認めた上で、できる人間を頼る。
それがシオン自身の考え方として家族にも定着している。
「未来では何に使われている?」
「俺が視た範囲だと、小さな照明とか、夜に使う目印かな。魔導具にも組み込まれてたと思う。でも、それ以外にも用途があるのかは分からない」
「価値は?」
「ものすごく高い鉱石じゃなかったと思う」
シオンは一度目の人生で扱った星晶石製品を思い出す。
少なくとも金や高級宝石のような扱いではなかった。
「一般の商人でも扱ってるような素材だった。だから希少品って感じではなかったと思う」
「それは悪い情報ではないわ」
エレノアが言った。
「むしろ日用品として使える可能性があるなら、安定して採れる方が重要ですもの」
「まず埋蔵量を調べる必要があるな」
ガルディスが結晶からシオンへ視線を移した。
「場所はヴァレンティア公爵家にも伝えたのか?」
「セレナは知ってる。昨日一緒に見つけたから」
「なら、こちらだけで動くべきではないな」
シオンも同じ考えだった。
場所を知ったのは未来の記憶を持つ自分だが、実際に結晶を発見し、魔力へ反応することを確かめたのはセレナだ。
何より彼女がいなければ、泉に沈んでいる白い石の中から星晶石を見分けることはできなかった。
「俺も両家で調べた方がいいと思う」
「私も賛成よ」
エレノアが頷く。
「アルヴェリアだけで利益を取る理由はありません。それに魔法研究なら、ヴァレンティア公爵家の方が伝手を持っているでしょう」
「そうだな」
ガルディスは少し考えた後、結論を出した。
「先方が同意するなら、共同調査を提案しよう。こちらは鉱山関係者と加工職人を出す。ローデンで付き合いのある者の中から、口の堅い人間を選べる」
「ヴァレンティア家には魔法的な性質を調べてもらう?」
「それが妥当だろう。ただし、未来視について研究者へ伝える必要はない」
「もちろん」
そこは今までと変わらない。
専門家が知る必要があるのは、調査対象となる鉱物が存在することだけだ。
十二歳のシオンがなぜ場所を知っていたのか、未来で何に使われているのかまで教える必要はない。
翌日にはガルディスからヴァレンティア公爵家へ正式な連絡が送られることになった。
三日後、今度はヴァレンティア公爵家の王都屋敷で話し合いが行われた。
シオンがこの屋敷を訪れるのは初めてではない。
七歳の時にセレナを救って以来、アルヴェリア家とヴァレンティア家の交流は以前より深くなっている。両親同士も面識があり、シオンとセレナが学院へ入ってからはさらに顔を合わせる機会が増えていた。
今回集まったのは両家の当主夫妻とシオン、セレナだけだった。
ヴァレンティア公爵は机の上の結晶を見ながら、娘へ尋ねる。
「これが実際に光ったのだな?」
「はい。私が直接確認しました。魔力を流している間だけではなく、止めた後もしばらく発光が続きます」
「魔力属性による違いは?」
「まだ調べていません。最初は本物か確認するだけでしたから」
「それでいい。現地で余計な実験をしなかったのは正しい」
公爵は娘を褒めた後、ガルディスを見る。
「アルヴェリア侯から共同調査の提案を受けたが、こちらとしても異論はない。発見にセレナが関わっていることを抜きにしても、興味深い素材だ」
「では、共同で進めるということで?」
「ああ。魔法研究はこちらで人を出そう。ただし最初から大人数を動かすのは避けたい」
「同感だ」
ガルディスが答える。
「まだ鉱床と呼べる規模なのかさえ分かっていない。まずは泉と周辺の地質を確認する。採掘可能な量があると分かってから次を考えればいい」
話はすぐに具体的な役割分担へ移った。
アルヴェリア家は地質調査、採掘技術、加工職人の手配を担当する。
ローデン金鉱の開発によって、以前より鉱山関係者との繋がりが増えているため、その経験を活用できる。
一方、ヴァレンティア家は魔法研究者と魔導具職人を用意する。
結晶がどの程度の魔力を受けられるのか、属性によって反応が変わるのか、光の強さや持続時間をどう調整できるのか。それらを段階的に確認していくことになった。
「シオンが未来で見た照明について、分かる範囲で説明してもらえるか?」
ヴァレンティア公爵に尋ねられ、シオンは記憶を探る。
「手のひらより少し小さいものを見たことがあると思います。中心に星晶石が入っていて、魔力を入れると光る。でも俺が視た時には完成した道具だったので、中がどうなっているのかは分かりません」
「使用者が直接魔力を流していた?」
「そういうものもあったと思います。ただ、魔力を使えない人が使っている場面もあった気がします」
「なら、魔力を別の方法で注入する仕組みも考えられるな」
公爵はそこから先を無理にシオンへ尋ねなかった。
分からないものは研究者が調べればいい。
未来視は答えではなく、方向を示すもの。
両家とも、これまでの経験からその扱い方を理解し始めていた。
「名称はどうする?」
エレノアが尋ねる。
「《星晶石》をそのまま使うの?」
ガルディスは少し考えた。
「研究上の仮称なら構わないだろう。正式名称は専門家に任せてもいい」
「私は星晶石、好きですけど」
セレナが言う。
「光ると本当に小さな星みたいでしたから」
「俺もその名前には慣れてる」
シオンが答えると、エレノアが僅かに目を細めた。
「慣れている?」
シオンは一瞬だけ止まった。
「未来視で何度か見てるから」
「そういう意味ね」
エレノアはそれ以上気にしなかった。
シオンは内心で少し反省する。
未来の知識を話す時は、言葉を選ぶ。
その基本を忘れてはいけない。
もっとも今回の一言は、未来視という説明の範囲でも十分通るものだった。
話し合いは一時間ほどで終わった。
最初の現地調査は十日以内に行う。
星晶石が泉に流れ込んだものなのか、それとも周辺に鉱脈が存在するのかを確認する。
採取した試料は両家で分け、同じ条件で記録を残す。
研究成果については両家共有。
商品化する場合も共同事業として扱う。
そして当面、発見者がシオンとセレナであることは公表しない。
表向きには、両家が王都近郊で行った共同資源調査によって新しい鉱物候補を発見したことにする。
「これなら学院では何も変わらないね」
帰り際、シオンがセレナへ言う。
「変わってほしかったんですか?」
「全然」
「でしょうね」
セレナも笑う。
「でも、研究結果は教えてもらいましょう。私もあの石がどういうものなのか気になります」
「俺も。未来で見たものと違う使い方が見つかるかもしれないし」
「それなら面白いですね」
二人はそこで別れた。
星晶石について、シオンとセレナがやるべきことはひとまず終わった。
これから先は専門家の仕事だ。
ところが、その日の夕方。
アルヴェリア家の王都屋敷へ戻ったシオンは、母から呼び止められた。
「シオン、少し時間はある?」
「あるけど、どうしたの?」
「星晶石の話は終わったでしょう。別のことを聞きたいの」
エレノアは私室のテーブルに座っていた。
仕事用らしい帳簿が何冊か積まれている。
シオンも向かい側へ座る。
「何?」
「雪麦についてよ」
予想していなかった名前が出た。
「雪麦?」
「ベルナード商会で話したでしょう。あなたたちが学院で研究している穀物」
「うん。それが?」
「カイルから報告を受けたわ。王都の食堂で試験的に料理として提供する方向で進めるそうね」
「ノアとディランに任せることにしたよ」
「それも聞いているわ」
エレノアは穏やかだった。
ただ、何となく嫌な予感がする。
「シオン」
「はい」
「あなた、雪麦について未来視で何か見ているでしょう?」
シオンは数秒黙った。
母親の勘なのか。
それともカイルとの会話から何か気づいたのか。
「……見てるよ」
「どのくらい?」
「未来では、普通に商品として売られてた」
エレノアの表情が止まる。
「普通に?」
「うん。北部だけじゃなくて、王都でも売ってたと思う」
「他には?」
「今より粒が大きかった。苦味もほとんどなくて、下処理された状態で袋に入ってた。スープとか煮込み料理にも使われてたと思う」
エレノアは黙ってシオンを見る。
シオンは少し居心地が悪くなった。
「……母上?」
「それを、どうして先に言わなかったの?」
声は穏やかだった。
だからこそ少し怖い。
「いや、作り方は分からなかったから」
「シオン」
「はい」
「そういう問題ではありません」
今度ははっきり怒られた。
「でも本当に完成したものしか視えてないんだよ。どうやって品種改良したのかも分からないし、加工方法も知らない。だからヘンリク先生たちが自分で調べるしかないと思って」
「それは研究する側の話でしょう?」
エレノアは溜息をついた。
「あなたが知っているのは、未来で雪麦が商品として成立しているという事実よ。それだけでも、商売をする側には十分重要な情報なの」
シオンは言われてから理解した。
「……あ」
「気づいた?」
「うん」
「あなた、商売について妙に現実的なことを言う時があるのに、こういうところで抜けているのね」
「ごめんなさい」
素直に謝る。
エレノアは本気で怒っているわけではない。
ただ、伝えるべき情報を伝えなかったことについて注意しているのだ。
「例えば未来で王都まで流通していたなら、それだけの需要が生まれる可能性がある。北部だけの非常食で終わらないという目安にもなるでしょう?」
「うん」
「粒が大きくなっていたなら、品種改良に成功する可能性がある。苦味が減っていたなら、加工だけではなく品種そのものを調べる価値がある。あなたが方法を知らなくても、研究者へ伝えれば研究方針を考える材料になるわ」
「……その通りです」
「それから、未来でどんな袋に入っていたのか、どのくらいの量で売られていたのか、どんな店で見たのか。あなたにとってはどうでもいい記憶でも、商人には価値があるかもしれない」
シオンは完全に反論できなくなった。
一度目の人生で自分も商人として働いていたのに、雪麦については農業研究の方ばかり考えていた。
製法を知らない。
品種改良の方法も知らない。
だから自分の知識は大して役に立たないと思っていた。
しかし完成した市場を知っていること自体が、一つの情報になる。
「母上に話しておけば良かったね」
「そうね」
「怒ってる?」
「少しだけ」
エレノアは指で僅かな幅を作ってみせる。
「これくらい」
「本当に?」
「もう少し増やしてほしい?」
「いえ、結構です」
即答すると、エレノアが笑った。
ようやく空気が柔らかくなる。
「ただし、何でも未来視の内容を話しなさいと言っているわけではないのよ」
「分かってる」
「あなたが見ているものには、扱いの難しい情報もあるでしょう。誰に伝えるかは慎重に考えないといけない。でも今回の雪麦については、少なくとも私には相談してよかったと思うわ」
「今度からそうする」
「今度から?」
「……商売に関係ありそうな未来を視たら、母上にも相談します」
「よろしい」
満足したらしい。
エレノアは帳簿を一冊開いた。
「では、覚えている範囲で話してちょうだい」
「今から?」
「怒られた直後なのに、また後回しにするつもり?」
「話します」
シオンは姿勢を正した。
未来で見た雪麦について、覚えていることを一つずつ話していく。
袋の大きさ。
加工後の色。
どんな料理に使われていたか。
王都の一般的な食料品店でも扱われていたこと。
北部ではもっと安く売られていたこと。
高級食材ではなかったこと。
エレノアは途中で何度も質問した。
シオンが答えられないものも多い。
その場合は無理に推測せず、「分からない」と答えた。
「十分よ」
一通り聞き終えると、エレノアは何枚もの紙へ書き込んだ内容を整理した。
「ノア君たちが進めている試験販売は、そのまま続けてもらいましょう。私たちが横から全部変える必要はありません」
「二人に任せてもいい?」
「もちろん。むしろ任せなさい」
エレノアは頷いた。
「ただし未来の雪麦については、ヘンリク先生へ伝えても問題のない情報だけ整理しておきましょう。未来視について話す必要はありません。『こういう方向の改良も考えられないか』という形なら十分です」
「それならできそう」
「それと、ノア君には商売を考えてもらえばいいわ。未来と同じ売り方を教える必要はありません」
その言葉に、シオンも頷いた。
未来で成功した形をそのまま再現するのではない。
現在の人間が現在の条件で考える。
雪麦はもう、ノアとディランへ任せると決めている。
未来の完成形について最低限の情報だけ渡せば、後は二人が自分たちなりの道を作っていけばいい。
「ところで」
エレノアが資料をまとめながら、何気ない調子で言った。
「星晶石を探しに行った時、セレナ嬢と二人だったの?」
「護衛はいたよ」
「そういう意味で聞いたのではないのだけれど」
「じゃあどういう意味?」
シオンが本気で分からず尋ねると、エレノアは息子の顔をしばらく見つめた。
やがて小さく笑い、首を横に振る。
「今はまだいいわ」
「何が?」
「何でもありません」
結局教えてもらえなかった。
シオンは納得できないまま立ち上がったが、母から追加で未来視について聞かれることはなかった。
星晶石はアルヴェリア侯爵家とヴァレンティア公爵家へ。
雪麦はノアとディラン、それにヘンリクへ。
自分一人では何一つ完成させられない代わりに、適した人へ繋ぐことならできる。
それで十分だと、シオンは思っていた。
一方、部屋に残ったエレノアは閉じた扉をしばらく眺めてから、小さく息を吐いた。
七歳の頃から親しくしている公爵令嬢と、休日に二人で王都の外へ出掛け、誰にも知られていない鉱石を一緒に探してきた。
それを本人は、必要な能力を持っている相手へ協力を頼んだだけだと思っているらしい。
十二歳なら、それでも構わない。
エレノアは楽しそうに微笑んだ後、息子から聞き取った雪麦の資料へ視線を戻した。




