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見えない私の/僕の同棲戦争  作者: 惰性ねてる


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空皿の食卓

「育ちゃんは鞘でしょ、私は鶴木だから。」


「漢字は違うけどさ、鞘に(つるぎ)は収まるもんでしょ?だから私達、仲良くなれると思うの!」


杏奈の満面の笑みに私は思わず頬が(ゆる)む。


「育ちゃんは私が選択を間違えて誰かを傷付けそうになっても、きっと正しい方向に導いてくれるもん!」


「だから私の鞘。」


私は杏奈の頭を撫でながら言う。


「鞘の中で暴れられちゃ、私の身体がボロボロになるんだから。」


「杏奈が本当に正しいと思った時は鞘に収まる必要なんてないんだよーー」


ピピピピ、ピピピピ。


スマホの着信音で目が覚める。

スマホの画面には<杏奈>の文字が浮かんでいた。


「んん、もしもし。」

大きな欠伸をしながら杏奈の言葉を待つ。


「あ、育ちゃん?おはよう!結局昨日はなんだったのよ~?何かあった?大丈夫?」


朝から杏奈の疑問符祭りは少し堪える。


「ううん、大丈夫。何でもないよ。」


「そう?何かあったら言ってね。」


分かった。と相槌を打つのと同時に杏奈が再び話す。


「ほら、今日検診の日でしょ?日常生活に支障が無いとは言ってもさ、頭の検査だし。」


「私も一緒に行くから。」


・・すっかり忘れていた。

実際、事故の怪我は頭の傷以外は全て完治していた。対車の事故にしては外傷が恐ろしく少なく、お陰で私の美しさが損なわれる事はなかった。

しかし、右側の額から前頭部にかけての裂傷はまだ治ってはいなかった。

私自身、傷に対してネガティブな感情は全く無く、むしろ某魔法使いッターと賢者の石みたいでカッコいいと思っていたので、病院の事など失念していたのだ。


しかし、杏奈は違う。

この傷を酷く嫌がるのだ。


「育ちゃん、前髪ちゃんと下ろして来なよ?」


「その傷治るまでは髪も短くしちゃダメだよ!」


ベッドの上でストレッチをしていた私の腰に髪が掛かる。


「ええー、長いから洗うのが面倒臭いんだよ。」


「どんどん風呂に入る頻度が少なくなるぞ。」


「せっかくのストレート黒髪が勿体ない!大体育ちゃんは髪のケアが~」


杏奈がキーキーと小言を言うので仕方が無く、

分かった。とだけ伝えて話をすり替える。


「どこで待ち合わせにする?」


「育ちゃんの家に迎えに行こうか?」


片道40分だもんな・・タクシーも悪いし。


「いや、駅で良いよ。悪いし。」


「そう?別に気にしなくて良いのに!」


「大丈夫、駅の北口改札前に11時で良い?」


「分かった!じゃあ気を付けて来てね?」

また後で。と告げ電話を終えた。


時刻を見る。

時計の針は6時を差していた。

(杏奈、私が準備に4時間は掛かると思ってるな・・)


・・・流石だね杏奈さん。

リビングのテーブルに突っ伏してから3時間経っていた。

急いで身支度をし始めた時に、ふとテーブルの上のマグカップが目に止まる。


(なんだ、洗ってくれなかったのか)


何故こう思ったのかは分からないが、昨日の出来事が幻覚だったのかと少しガッカリした気持ちで洗面台へと向かう。

顔を洗い、歯を磨く。

そういえば私は記憶を無くす前に煙草を吸っていたと杏奈は言っていた。

その割には歯が白かったので本当に吸っていたのかどうか分からないが、杏奈が言っていたのだからそうなのだろう。

髪を束ねて後ろで結ぶ。前髪は下ろしてっと・・。

杏奈の為に傷を隠す。


服は・・デニムにシャツ、長めのカーディガンで良いか。寒さには強い方だし。


準備を終えて、タクシーを呼ぶ。

(歩いて行こうと思ったけど間に合わないからしょうがないな。帰りは歩いて帰るかな。)


タクシーが着いたとの連絡が来たので、私は部屋を後にする。


「行ってきます。」


病院では大した進展はなかった。

杏奈が私の代わりに佐渡院長に質問を沢山していたが、覚えているのは額の傷跡は完全には治らない事、そして記憶に関しての明確な治療法はないとの事だった。


「育さんがこのままで良いと言っていてもねぇ、女性の顔の傷はねぇ~・・」


「そうですよね?育はこれで良いって言いますけど絶対消した方がいいですよね!」


2人が悲壮感たっぷりの目で私を見ながら話しているのは当の本人は俯瞰して見てしまったのであった。

まるで他人事の様に。

他人の評価は私には関係なかった。私が好きで。私が良ければ問題ない。

だから二人が話をしている問題に対して全く興味が持てなかったのだ。


病院を後にした私と杏奈は駅で別れた。


「じゃあ私、これからバイトだから!」

「育ちゃん、また連絡するね!気を付けて帰るんだよ!」


杏奈は見えなくなるまで私に手を振っていた。


時刻は14時。

歩いて帰るには丁度良い時間帯だった。

晴天、風は心地良く気温も高い。

早春を告げる沈丁花を横目に家路に着いた。


「ただいま。」


ドアを閉めた所で、私の可愛い空腹魔王が目を覚ますのだった。

(ぎゅるるるるるるるる)

凄い、スピーカーで聴いたら鼓膜が破れてしまうのではないか。と乙女の腹からは想像出来ない音が鳴った。


(カレー食べよう)


キッチンへ向かい、杏奈の忠告を無視してタッパーに詰めなかった鍋のカレーを温める。


(お米は確か残ってたはず・・)


昨日杏奈が炊いてくれたお米が残り2合程残っていた。


「フッ、杏奈、5合も炊いたのか」


分かってるねぇ、とカレー皿を出して冷たいご飯を全てよそう。


「あたしゃ、百姓の娘だからね。米粒は一粒も無駄にしないのさ」


勿論、嘘だ。出生は知らない。

私は一人でいる時にこうやって喋るらしい。


温まったカレーを冷やご飯にかけ、テーブルの方を向いた時に漸く違和感に気付いた。


テーブルにはカレー皿とコップ、スプーンが置かれていた。

中身は入っておらず、使用した形跡もなかった。


「あれぇ・・?」


震えた声でそう言った後、とりあえずカレーを一口その場で食べたのであった。

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