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見えない私の/僕の同棲戦争  作者: 惰性ねてる


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1/6

プロローグ:見知らぬ私

私の雪は止んでしまった。

ー・・・春の面影と共に。


「さようなら、私の初恋」


年の瀬の深夜に起きた乗用車と歩行者の事故。

覚えているのは誰かが呟いたその一言だけだった。


(1月7日)

次に私が目が覚めた時には、病院のベッドだった。

右腕から伸びる管を見て思う。


(点滴・・?ここは病院なのか?)


左腕を動かそうとするが動かない。

・・・重力と不愉快な湿り気を感じる。

身体を起こそうとしてみたが、痛みで断念する。

ぼやけた思考ながら身体の痛みに最大限の配慮をしつつ、視線だけを左腕に向けた。


そこには可愛らしい女性が椅子に座ったまま、顔を此方に向けて私の左腕に(よだれ)を垂らしている様子が見えた。


私が戸惑っていると、女性が目を覚ました。

と、同時に頭突きをする勢いで顔を近付けてきた。


「わーん、もう起きないかと思ったあぁ・・」


顔が失敗した福笑いの様なグシャグシャな泣き顔を見て私はこの女性が最低でも知人、親しい間柄なのだと悟る。

・・ん?分かるではなく、悟る?


改めて泣いている失敗作の福笑いを見る。

ー・・見覚えがない。

じゃあ名前は?ー・・分からない。


もしかして、もしかしたら、もしかしなくとも。

私は()()記憶喪失とやらになってしまったのではないだろうか。


「そうだ!すぐお医者さん呼んでくるね!」


私が思考を巡らせている間に女性は走り去ってしまった。

こういう時はナースコールで良いのではないだろうかと思いながら天井を見上げる。

(言葉や名称は分かる、分からないのは・・)


「自分自身の全てと関係するもの全て・・かな?」


おっ、掠れながらも声が出た。

続けて声を出す。


「あー、あー、あいうーえええ!?」


なんだこの美しい声は!?惚れ惚れする!

私から出てる声で間違いなさそうだ。

先程、私を心配してくれていた女性の心配具合を見て脳が瞬時に彼女認定してしまったみたいだ。


つまり彼女が心配=彼氏=私は男と勘違いしてしまったのか・・。

私は事実確認、あくまで事実確認の為に自分の胸部に目を滑らせた。


そこには()()の平野が広がっていた。


「なんやねん」


思わず関西弁でツッコミたくなる様な平たさであった。


遠くからバタバタ足音が聞こえる。


「先生~!早く早く!育が起きたの~!」


先程の女性が先生を連れてきてくれたみたいだ。

ものすごい勢いで扉が開いて先程の女性が入ってきた。

先程は失敗した福笑いとしか思えなかった顔もいつの間にか()()していた。


栗色のショートカットと大きな黒目。

華奢な身体とは裏腹に彼女の胸部には山岳が広がっていた。


(なに、こいつめっちゃ美人じゃねえか)


私が女性に見とれていると、白衣を着たおっさー・・おじ様が視線に割り込んできた。


「おはよう、育ちゃん。」

「目は見える?声も聞こえるかな?」


ライトを揺らしながら医者の質問に私は頷く。


「じゃあ自分の名前は分かる?」


私は首を横に振りながら答える。


「皆さんが今呼んでいた(いく)って名前だけは分かりますが、それ以外は何も思い出せません。」


「うーん、なるほどね。まだ起きたばかりだから記憶が混濁しているのかな?」


長い問答を繰り返したが結局の所、とりあえず今は無理に思い出そうとはせずに安静に。

少し様子を見ようとの事だった。


医者が去った後に女性が私のベッドの近くに椅子を持って来て座る。


「育・・、私も忘れちゃったの?」


泣きそうな彼女の顔を見ながら頷く。


「ごめん・・なさい。自分の事もあなたの事も何も思い出せなくて・・。」


彼女の顔が再び崩れる。


「うっ、うっ、でも生きてくれたから良かったぁ、その内記憶も戻るよ、きっとっ。」


私の為にこんなに顔をグシャグシャにして泣いてくれる人がいるなんて。そう思うと目頭が熱くなる。


自分の事知りたい?の問いに私はすかさず答える。


「私の事と、あなたの事も教えて?」


彼女は頷き、スマートフォンのメモ欄に打った文字を見せながら口を開く。


「あなたの名前は 白鞘(しらさや) (いく)


「年齢は26歳でね、お仕事はフリーランス?って言うのかな、在宅でお仕事バリバリしてたよ。」


「身長は170cmでね、大きいんだよ、スタイルも良いし。」


「私とはね、18歳の時に大学で会ったの。それからね、ずっと一緒に住んでて・・」


彼女の顔が曇る。


「でも2か月前に私が出て行ったの、ずっと好きだった人とお付き合い出来て舞い上がっちゃって・・、同棲する為に育ちゃんを一人にしちゃった・・。」


部屋の隅を睨みながら彼女は呟く。

私に聞こえないくらいの声で。


「私が一緒に居れば、あんな事故起きなかったのに・・。」


あんな事故?と聞く前に彼女は話題を変えた。


「私はね、鶴木(つるぎ)杏奈(あんな)


「お仕事はね、フリーターなんだ。なかなかお仕事続けられなくて・・」


ほら、これ私達だよ。と彼女がスマートフォンの画面を向ける。

そこには彼女、杏奈と私?らしき被写体が写っていた。

(これが私?私美人過ぎないか?)と心の中で鼻高々にナルシスト宣言した後に杏奈に問う。


「これ何処で撮ったもの・・ですか?」

敬語で良いのか、砕けた口調で良いのか分からないので他人行儀になってしまう。


「敬語やめてよ~!いつも通り杏奈って呼んで良いしため口で話して欲しいなぁ~。」


彼女の言葉に頷く。


「じゃあ、・・杏奈。これ何処で撮ったものなの?


「これはねぇ、私達が一緒に住んでたお家だよ!」


「私が出て行ったから今は育ちゃんだけ住んでるお家だね。」


勿体ない。こんな可愛らしい子と一緒に住んでた記憶を無くしてしまうとは。

勿体ないといえば、もう1つ確認したい事があった。


「杏奈、鏡持ってる?」


杏奈はカバンの中から化粧用の折り畳み式鏡を出して私を写してくれた。


うーん、傷はあるが、まぁ美人だな。

医者が言っていたけど、車との事故の割には外傷が少ないらしい。

奇跡だ。顔には少し傷が残ってしまうらしいが箔がつくと思えば気にはならなかった。


「鏡ありがとう。で、杏奈。事故の事なんだけど」


杏奈の顔が強ばる。


「私を轢いた人は生きてるの?」


杏奈は首を振る。


どうやら車は私を轢いた後に、ガソリンが引火して炎上してしまったらしく、運転手は死亡。

現在身元確認中みたいだ。


私の顔に傷をつけた仕返しが出来ないのか、と落胆する。


不意に杏奈が口を開く。


「育ちゃんのご家族の事なんだけど・・」


確かに。家族。完全に失念していた。

何故だろうか。目が覚めてから一度も考えなかった。


「私には家族はいない?」


杏奈は頷いた。


「育ちゃん、出会った頃に1歳で孤児になって児童養護施設で18歳まで育ったって教えてくれたの。」


「こんな美人を捨てる親はなんて勿体ない事をするんだ!って笑ってた。」


記憶がない私でも分かる。言いそう。

不思議と悲壮感はなかった。

むしろこれからの生活の事を考えるので精一杯だ。


「育ちゃん、大丈夫だよ。」

左手を握りながら杏奈が言う。


「私がいるから!普通の生活に戻れるまで全力でサポートするからね!」


「ありがとう、杏奈。宜しく頼むよ。」


「育ちゃん、話し方は全然変わらないんだね?」

杏奈が不思議そうに見つめる。


「その男みたいな話し方、私好きだなあ。」


私もすかさず言う。


「私も杏奈の泣き顔が失敗した福笑いみたいになるのが好きだよ。」


私の天使が消えて仁王像がそこにいた。


誤解を解いた後に面会時間の終了時刻に合わせて杏奈は帰って行った。


「明日もまた来るね!」


数時間振りの静寂の中、私がこれから普通の生活に戻るために必要な事は何か考えていた。

途方もない脳のデータ処理を考えるとやるせなくなるが、また起きてから考えればいいかと思いながら再び深い眠りにつくのだった。


病室の隅でカーテンが揺れる。

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