EP 9
鳥籠の強化~その愛、監禁罪につき~
「……つまり、第3農園の管理費を削減し、その分をゴルド商会への『利息』返済に回せと?」
深夜の迎賓館。
宰相デデリゼは、ベビーベッドの前で正座し、冷や汗を流しながらメモを取っていた。
彼女の目の前には、おしゃぶりをくわえた赤ん坊と、タブレット端末を持った殺戮兵器がいる。
ミルマが「あー!(右!)」と叫び、手を振る。
ポーンが即座に通訳する。
『マスターの指示。損益計算書の右側、特別利益の項目に「世界樹の枝の売却益」を計上するのはやめろ、と言っておられる。「それは資産の切り売りであり、利益ではない」とのご指摘だ』
「は、はいっ! 仰る通りです……! 痛いところを突かれます……」
デデリゼは平伏した。
生後一ヶ月の赤ん坊による、深夜の経営コンサルティング。
最初は恐怖で従っていた彼女も、ミルマの指摘があまりに的確(かつド正論)であるため、今や「救国の師」として崇め始めていた。
(よし、デデリゼの掌握は完了だ。これで裏金ルートと脱出資金の確保はできる)
俺は満足げに頷いた。
この調子なら、数年かけて国力を回復させつつ、合法的かつ優雅に国外へ出る準備ができるだろう。
――そう、甘く考えていた。
「ヤンデレ」という生き物の、爆発力を計算に入れていなかったのだ。
***
翌日の昼下がり。
部屋の扉がバーンと開かれ、いつものようにファンファーレ(ルナ女王の声)が響き渡った。
「ミルマ様~! 素晴らしいお知らせですわよ~!」
ルナ女王が入ってくる。
今日の手には、何やら虹色に輝く水晶のようなボールを持っていた。
後ろには、渋い顔をしたカイゼル将軍と、顔面蒼白のデデリゼが続いている。
「陛下、それは……あまりに早計では……」
「黙りなさいカイゼル。これは世界樹様のご意志です!」
ルナは聞く耳持たずで、俺のベビーベッドに駆け寄った。
「ミルマ様、最近、悪い虫(下心のあるエルフ官僚など)がこの部屋に出入りしているようですので……世界樹様が心配して、これを授けてくださいましたの!」
彼女は水晶を掲げた。
「聖遺物**『久遠の揺り籠』**! これを展開すれば、この迎賓館は外部と完全に遮断され、許可なき者はアリ一匹入れなくなります! 時間すら止まり、ミルマ様は永遠に赤ちゃんのまま、愛され続けるのです!」
(……はい?)
俺のおしゃぶりがポロリと落ちた。
外部と遮断? 永遠に赤ちゃん?
『警告。対象アーティファクトの解析結果――「時間凍結結界」および「空間封鎖」。発動すれば、物理的脱出は不可能。成長も停止。事実上の「無期懲役」』
ポーンの冷静な解説が、俺の脳天を直撃した。
(ふざけんな! 何が愛だ! ただの監禁じゃねーか!!)
俺は戦慄した。
世界樹(ヤンデレ母)は、俺がデデリゼと接触し、知恵をつけ始めたことに勘付いたのか?
「外の世界を知る前に、永遠に私の手元に閉じ込めておこう」という、狂気の結論に至ったのだ。
「さあ、今すぐ発動しましょうね~! そうすれば、もう怖い外敵に怯えることもありませんわ!」
ルナが無邪気に水晶に魔力を込め始める。
「待て! 早まるなバカ女!」
と叫びたいが、口からは「あぶー!」しか出ない。
部屋の空気が振動し、窓の外で世界樹の太い根がうごめき出した。
根が窓を覆い、日光を遮断していく。
部屋が暗くなり、水晶の虹色の光だけが怪しく輝く。
「へ、陛下! おやめください! これではミルマ様が……!」
デデリゼが叫ぶが、ルナは恍惚の表情で聞こえていない。
「カイゼル! 止めろ!」
ルークが剣に手をかけるが、ルナの周囲にはすでに世界樹の防御結界が張られており、近づけない。
(……詰んだか? いや、まだだ)
俺はポーンを見た。
ポーンもまた、状況の異常さを検知している。
『マスターの自由意志に対する侵害を確認。……しかし、実行者は世界樹の代理人。迎撃権限が衝突中』
ポーンの中で「世界樹への忠誠」と「ミルマへの忠誠」がコンフリクト(競合)している。
このままでは、ポーンは動けない。
(俺が動くしかない)
俺はベビーベッドの柵を掴み、渾身の力で立ち上がった(つかまり立ち)。
そして、ルナに向かって、限界まで息を吸い込んだ。
「――まんまぁぁぁぁぁぁぁッ!!(訳:そのふざけた水晶を今すぐ捨てろババア!!)」
部屋の空気が凍りついた。
初めての言葉(?)。
ルナの手が止まる。
「え……? い、今……『ママ』って……?」
ルナが顔を赤らめ、身悶えする。
「私のことを……ママと……?」
(違う! お前じゃねえ! いや、誤解を利用しろ!)
俺はさらに畳み掛けるように、窓の外――世界樹の根で塞がれつつある外を指差した。
そして、悲しげに瞳を潤ませ、首を横に振る。
「あーうー……(外に行きたい……)」
ポーンが即座に通訳に入る。
『――翻訳。マスターは仰っています。「閉ざされた部屋ではなく、母なる世界樹の膝元(外)で、直に風を感じたい」と』
ナイス翻訳だ、ポンコツ執事。
ルナの動きが止まった。
「直に……? 部屋の中ではなく……?」
俺は必死に頷いた。
「んっ! んっ!(そうだよ! 外に出せ!)」
ルナの中で、二つの「愛」が葛藤する。
『閉じ込めて守りたい愛』と『愛し子の願いを叶えたい愛』。
そこに、カイゼル将軍が静かに、しかし力強く割り込んだ。
「陛下。……赤子は、日光を浴びて育つもの。閉じ込めれば、花も枯れましょう。世界樹様も、ミルマ様の笑顔が見たいはずです」
カイゼルの援護射撃。
さすが現実主義者、俺の意図を察したか。
ルナは水晶を持つ手を下ろした。
「……そうですわね。ミルマ様の笑顔が曇っては、本末転倒ですわ」
部屋を覆っていた根が、ズルズルと退いていく。
光が戻ってきた。
「では、結界の発動は延期します。……その代わり!」
ルナは目を輝かせて宣言した。
「3日後! 『聖・植樹祭』にて、ミルマ様を正式に我が国の『御子』としてお披露目しますわ! そこで、ミルマ様の足(根)を大地に繋ぐ儀式を行いましょう!」
(……は?)
『解説。植樹祭の儀式とは、対象の魔力回路を世界樹の地下水脈と物理的にリンクさせる術式。成功すれば、対象は世界樹の森から半径1キロメートル以上離れられなくなる。人間で言う「地縛霊」化』
(ふざけんなあああああああああ!!)
一難去ってまた一難。
監禁は回避したが、今度は地縛霊化(GPS付き足枷)かよ!
ルナは上機嫌で去っていった。
「楽しみにしていてくださいね~! ミルマ様~!」
部屋に残されたのは、寿命が縮んだ大人たちと、絶望する赤ん坊。
「……3日」
カイゼルが呟いた。
「それがタイムリミットか」
彼は俺のベビーベッドに近づき、誰にも聞こえない声で囁いた。
「……ミルマ殿。貴公がただの赤子でないことは知っている。……逃げるなら、その祭りの日がラストチャンスだ」
俺はカイゼルを見上げ、コクリと頷いた。
(契約成立だ、将軍)
3日後の『聖・植樹祭』。
全エルフが見守る晴れ舞台。
そこを、俺たちの「脱走劇」のステージにしてやる。
俺はデデリゼを見た。
彼女は蒼白な顔で、しかし覚悟を決めた目で俺を見返した。
「……手配します。ゴルド商会の輸送ルートを」
役者は揃った。
期限は3日。
敵は、国一つと、神ごとき力を持つヤンデレ大樹。
俺はポーンの指を強く握った。
(準備しろ、相棒。……派手に暴れるぞ)
次回、最終章。
赤ちゃんによる、前代未聞の国家脱出作戦が始まる。




