EP 8
腐敗の構造(デデリゼ宰相の憂鬱)~その帳簿、粉飾決算につき~
生後1ヶ月が経過した。
俺、ミルマ・クラウディアの首はまだ座っていないが、この国の「経済の流れ」は完全に見切っていた。
俺のベビーベッドの周りには、今日も今日とて貢物が山積みだ。
世界樹から採れた最高級果実、ポーンが精製したマナ結晶、そして……
「ポーン様、ミルマ様の『情操教育』のために、世界樹の古根が必要です。2トンほど」
また来た。
宰相デデリゼ・フォレストだ。
知的な眼鏡の奥に、疲労と……ある種の「焦り」を隠した女性。
『承認。地下倉庫へ転送する』
ポーンは思考停止でYESを出す。
世界樹の古根。それは硬度がダイヤモンドに匹敵し、魔導杖の素材として市場で高値で取引される資源だ。
それを「情操教育(積み木遊び?)」に2トン使う赤ん坊がどこにいる。
(……完全に横流しだ。だが、ただの着服にしては量が多すぎる)
俺は哺乳瓶をくわえながら、冷ややかな視線をデデリゼの背中に送った。
彼女は回収した資源リストをタブレットに入力すると、逃げるように部屋を出て行った。
(追うか)
俺はベビーベッドの柵に絡みついている観葉植物の葉を、ちぎれないように優しく握った。
「あーうー(行ってこい。あの眼鏡のおばさんをストーキングだ)」
スキル『植物愛』の応用。
俺が愛を込めて頼めば、植物は俺の「目」となり「耳」となる。
アイビーは嬉しそうに葉を震わせると、音もなくツルを伸ばし、デデリゼの足首に種子を付着させた。
***
俺の脳内に、植物ネットワーク経由で「映像」と「音声」が流れ込んでくる。
デデリゼが向かったのは、迎賓館の地下にある『国家機密保管庫』だった。
そこには、先ほどポーンが出した「古根」や「精霊石」が山のように積まれている。
そして、そこには先客がいた。
恰幅の良い、派手なスーツを着た男。
胸元には『G』の紋章――大陸最大の企業、ゴルド商会のバッジが輝いている。
「やあやあデデリゼ様。今回も素晴らしい品質ですなぁ!」
商人の男が、古根を撫で回して下卑た笑声を上げる。
「……ゴルド商会の担当者殿。これで、今月の『支払い』は足りますね?」
デデリゼの声は、冷徹だが震えていた。
「ええ、ええ。これなら、先日納入した『魔導通信機』の未払い分と、太郎国から輸入した『インスタント食品』の代金……あと、ルナ女王がお忍びで購入された『限定フィギュア』の代金も相殺できます」
(……は?)
俺は脳内で耳を疑った。
通信機や食料はわかる。だが、女王のフィギュア?
しかも「相殺」?
「……頼みますよ。我が国の財政は、世界樹資源の切り売りで成り立っているのですから」
デデリゼが苦々しく吐き捨てる。
商人がニヤニヤと笑う。
「わかっておりますとも。エルフの皆様は、働く必要がない。世界樹様が恵みをくれるから。……ですが、我々人間の作った『便利な道具』や『美味しいジャンクフード』なしでは、もう生活できない体になっておられる」
「……黙りなさい」
「ハハハ! 来月も期待しておりますよ。特に、あの『新しい赤ちゃん(ミルマ)』が来てから、資源の純度が上がって助かりますわ!」
商人は資源を四次元ポーチに詰め込み、去っていった。
残されたデデリゼは、ガクリと膝をついた。
「……いつまで、こんな自転車操業を続ければいいの」
彼女は眼鏡を外し、深い溜息をついた。
その独り言は、誰に聞かせるものでもない、魂の叫びだった。
「国民は世界樹に甘え、労働を放棄した。女王陛下はお花畑で、太郎国のサブカルチャーに夢中。……外貨を稼ぐ手段は、世界樹の身を削って売ることだけ」
彼女はタブレットの画面――真っ赤な赤字が並ぶ国家予算表を見つめた。
「『ミルマ様のため』と嘘をついてポーン様から搾取しなければ、国が破綻する……。私は、なんて汚い女なの」
デデリゼが泣いていた。
彼女は私腹を肥やしていたのではない。
この働かないニート国家を維持するために、泥をかぶり、たった一人で資金繰りに奔走していたのだ。
(……なるほど。そういうことか)
俺はベビーベッドの上で、天井を見上げた。
この国は「楽園」ではない。「親のスネかじり」で延命しているだけの、末期的な老衰国家だ。
そして俺は、そのスネ(世界樹)からより効率よく搾取するための、新しい「採掘機」として扱われている。
(デデリゼ。お前、有能だな)
粉飾決算をしてまで国を支える忠誠心。
そして、ゴルド商会という海千山千の相手と渡り合う交渉力。
何より、現状の異常さを理解している「正気」を持っている。
(使える)
俺の中で、彼女の評価が「排除すべき敵」から「利用すべき手駒」へと変わった。
彼女の弱点は「世界樹(国)への依存」と「罪悪感」だ。
そこを突けば、俺の脱出計画に巻き込めるかもしれない。
***
その日の夕方。
デデリゼが再び、俺の部屋を訪れた。
目は赤く腫れていたが、化粧で巧みに隠している。
「失礼します。ミルマ様、ご機嫌はいかがですか?」
彼女がベビーベッドを覗き込んだ、その時だ。
俺はポーンに向かって、小さな手で合図を送った。
(ポーン、あれを出せ)
『コマンド受理』
ポーンが無言で、デデリゼの前に一枚の「紙」を差し出した。
それは、ポーンが能力で生成した植物紙だ。
そこには、俺がポーンの蔦を操作して書かせた、拙い文字が記されていた。
『帳簿、見テるヨ』
「――ッ!?」
デデリゼの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
彼女は震える手で紙を受け取り、周囲を見渡す。
部屋には、無邪気に笑う赤ん坊と、無表情なポーンだけ。
「こ、これは……誰が……?」
俺はキャッキャと笑い、デデリゼの持っているタブレット(予算表が入っている)を指差した。
そして、自分の胸を叩いた。
「あーうー!(俺が監査役だ!)」
デデリゼの知的な瞳が、恐怖と、そしてある種の「理解」で見開かれる。
「まさか……ミルマ様、貴方……全て……?」
俺はニッコリと笑い、ポーンの手のひらの上で、一枚の金貨(ポーンがどこかから拾ってきた)を弄んで見せた。
それは「金ならあるぞ」「稼ぎ方を知ってるぞ」という、元・簿記1級からのメッセージ。
デデリゼが、ガタガタと震え出した。
彼女は悟ったのだ。
この赤ん坊は、ただの「愛し子」ではない。
この国の経済構造を看破し、その首根っこを押さえにかかってきた「怪物」だと。
彼女はその場に崩れ落ち、額を床に擦り付けた。
「……命だけは。命だけはご慈悲を……!」
(命なんて取らないさ。俺が欲しいのは、お前のその事務処理能力と、ゴルド商会へのコネだ)
俺はポーンに命じて、彼女の肩を優しく叩かせた。
これは契約だ、デデリゼ。
俺の脱出に手を貸せ。そうすれば、この国の借金を(多少は)何とかしてやるヒントをくれてやる。
赤ん坊と宰相。
奇妙な共犯関係が、ここに成立しようとしていた。
次回、ついに亡命計画が動き出す。
だがその前に、最大の障害――ヤンデレ女王ルナと、ヤンデレ母(世界樹)の「鳥籠強化」が立ちはだかる。




