EP 7
女王ルナと将軍カイゼルの来訪 ~その赤子、支配者につき~
「……ほう。賊を撃退したのは、この自動防衛システム(部屋の植物)と、ポーンか」
将軍カイゼル・ヴェルデは、突き破られた床と、投げ捨てられた黄金の林檎の皮を軍人らしい冷徹な目で見下ろしていた。
その手は、常に腰の剣――魔剣『疾風』の柄に置かれている。
「は、はい。将軍閣下。妻と息子が無事で何よりでしたが……」
父ルークが緊張した面持ちで答える。
カイゼルの視線が、ベビーベッドの横に立つポーンに向けられた。
ポーンは現在、右手のパイルバンカーをカイゼルの眉間にロックオンしている。
『警告。対象:カイゼル・ヴェルデ。武装を確認。殺気レベル、警戒域。敵対行動を取れば、即座に脳天を粉砕する』
「フン。相変わらず愛想のない木偶だ。……だが、妙だな」
カイゼルはポーンの殺気を柳のように受け流し、ベビーベッドの中の俺を覗き込んだ。
「本来、ポーンは『防衛』のためにしか動かん。だが先ほどの侍女への攻撃……あれは明らかに『制裁』の意思を感じた。まるで、誰かの『怒り』を代弁したかのような」
鋭い。
俺は心の中で舌打ちした。
この将軍、他の思考停止エルフどもとは違う。
俺がポーンに「やっちまえ(GOサイン)」を出した気配を嗅ぎ取ってやがる。
(リスク管理が必要だな。コイツに俺の知性がバレると、警戒されて動きにくくなる)
俺は即座に「バブみ」全開モードに移行した。
無邪気な瞳でカイゼルを見つめ、口からあぶくを飛ばす。
「あーうー! (おじちゃん、だあれ?)」
その無垢な演技に、カイゼルの眉がピクリと動いた。
「……ただの赤子か? いや、その瞳の奥にある光は……」
その時である。
廊下から、ファンファーレのような派手な声が響いてきた。
「ああ! なんてことでしょう! 世界樹様の愛が、部屋中に溢れていますわ!」
空気を読まずに飛び込んできたのは、銀髪の美少女――この国の女王、ルナ・アナステシアだった。
彼女は床から生えた茨や、壁を突き破った枝を見て、恍惚の表情を浮かべている。
「見なさいカイゼル! 部屋がこんなにも緑豊かに! これぞミルマ様が世界樹様に愛されている証拠です!」
「……陛下。これは賊を排除した痕跡です。部屋が半壊しているのですが」
カイゼルが冷静に突っ込むが、ルナの耳には届かない。
ルナはツカツカとベビーベッドに歩み寄り、俺を抱き上げようとした。
「初めまして、可愛いミルマ様! 私が女王のルナですよ~! よーしよしよし!」
ギュムゥッ!
「ぶぐっ……!(苦しい! 力加減!)」
ルナの抱擁は、愛情過多で窒息レベルだった。
しかも彼女の頭上の冠(世界樹の若枝)が、俺の頬にチクチク刺さる。
『――警告。対象の呼吸困難を検知。加害者:ルナ・アナステシア』
ガシャンッ!!
ポーンが動いた。
パイルバンカーが唸りを上げ、あろうことか自国の女王の背中に狙いを定める。
「なっ……! ポーン、貴様まさか陛下を!?」
カイゼルが神速で抜刀し、ポーンの前に立ちはだかる。
一触即発。
ルークとマリアが悲鳴を上げる中、ポーンとカイゼルの殺気がぶつかり合う。
このままでは部屋が吹き飛び、俺も巻き添えだ。
(やめろポンコツ! 女王を殺したら、亡命どころか全面戦争だぞ!)
(カイゼルもだ! ここで暴れるな!)
俺はルナの豊満な胸に埋もれながら、必死に左手を伸ばした。
そして、ポーンに向かって、手のひらを「待て」の形にして突き出した。
同時に、カイゼルに向かっては、ニヤリと笑って見せた。
「あー!(ステイ!)」
その瞬間。
『……コマンド受理。攻撃待機』
ポーンがピタリと止まり、パイルバンカーを引いた。
殺気が霧散する。
「……なっ?」
剣を構えていたカイゼルが、目を見開いて硬直した。
彼が見たのは、ポーンが止まった事実だけではない。
その命令を下したのが、生後数日の赤ん坊であるという信じがたい光景だ。
そして、その赤ん坊が自分に向けた「ニヤリ」という笑み。それは無邪気なものではなく、明らかに「場を収めた者の余裕」だった。
(……見られたな)
俺は心の中で肩をすくめた。
だが、これでいい。
カイゼルには「俺がポーンの首輪を握っている」と理解させた方が、交渉(取引)がしやすい。
ルナだけが、状況を全く理解していなかった。
「あら? どうしたのカイゼル? そんな怖い顔をして」
「……いえ。何でもありません、陛下」
カイゼルは剣を収めたが、その背中には冷や汗が流れていた。
彼は理解したのだ。
この部屋の序列の頂点にいるのは、女王でも将軍でもない。
その腕の中にいる、小さな赤ん坊なのだと。
ルナは俺をベッドに戻すと、うっとりとした顔で言った。
「ミルマ様、貴方にはこの国で最高の教育と、最高の生活を約束しますわ。世界樹様の元で、一生幸せに暮らすのです」
出たよ、一生宣言。
「鳥籠」への終身刑宣告だ。
「さあカイゼル、行きましょう。ミルマ様には休息が必要です」
「……御意」
ルナが退室し、カイゼルもそれに続く。
だが、去り際。
カイゼルは一度だけ振り返り、俺と視線を交わした。
その目は語っていた。
『化け物め』と。
俺も視線で返した。
『お互い苦労するな、中間管理職』と。
ドアが閉まる。
部屋には、再び俺と家族、そして忠実な執事だけが残された。
「ふぅ……。寿命が縮んだわ……」
マリアがへたり込む。
俺はポーンを見上げた。
ポーンは「褒めてください」と言わんばかりに、単眼を点滅させている。
(まあ、よく止まった。合格だ)
俺はポーンの指を握ってやった。
さて、役者は揃った。
お花畑なトップ(ルナ)。
話が通じる実務者。
そして、強欲な官僚たち(デデリゼ他)。
このパワーバランスを利用して、俺は「脱獄」の準備を進める。
まずは――この国の「財布」を握るところからだ。
次回、ミルマの『植物愛』が、エルフの経済を揺るがす。




