EP 3
エルフ達の「ミルマ詐欺」~その請求書、使途不明金だらけにつき~
「単刀直入に申し上げます。ミルマ様の健やかな発育には、莫大な魔力リソースが必要なのです」
宰相デデリゼは、眼鏡のブリッジをくいと上げながら、流暢に切り出した。
手元のタブレットには、何やら複雑なグラフが表示されている。
「現在、この迎賓館の環境は最高ランクですが、神の愛し子たるミルマ様にはまだ不十分。胎児期の魔力欠乏は、将来的なスキルの伸び悩みに直結します」
その言葉に、母マリアが息を呑んだ。
「そ、そんな……。私たちはどうすれば? お金なら、冒険者時代の蓄えが多少ありますけれど……」
「いえいえ、滅相もございません!」
デデリゼは慌てて手を振る。
「国賓である皆様から金銭を頂くわけにはいきません。ただ……我々が用意できる物資にも限界があります。そこで」
デデリゼの視線が、部屋の隅に直立不動で待機しているポーンに向けられた。
「世界樹の化身であるポーン様なら、最高純度の『精霊石』を生成できるはず。それを我々に預けていただければ、この部屋の結界を強化し、ミルマ様に最適な環境を構築できます」
なるほど、そういうロジックか。
マリアの羊水の中で、俺は冷ややかに分析していた。
「子供のため」と言われれば、親は断れない。そしてポーンにとっても、それは絶対の優先事項だ。
案の定、ポーンの単眼が明滅した。
『照合中……。環境改善による胎児へのメリットを確認。必要数は?』
「とりあえず、最高ランクの『風の精霊石』を10個ほど。空調管理に使います」
10個だと?
俺は思わずへその緒を引きちぎりそうになった。
『風の精霊石』の最高ランクといったら、太郎国なら1個で家が建つレベルだぞ? 空調管理ごときに10個も使うわけがない。精々1個で、残りの9個はどこへ消えるんだ?
だが、ポーンに経済観念はない。
『承認。即時生成する』
ポーンの胸部装甲が開き、緑色の光と共に、拳大の宝石がゴロゴロと排出された。
純度100%、市場に出回れば戦争が起きかねない代物だ。
「おおぉ……! 素晴らしい輝きです!」
デデリゼの後ろに控えていた数名の官僚たちが、隠しきれない欲望の目で石を見つめる。
「ありがとうございます、ポーン様。これらは全て、責任を持ってミルマ様のために(・・・・・・・)活用させていただきます」
デデリゼは恭しく石を受け取ると、部下たちに目配せをした。
部下たちは素早く石を回収し、まるで宝くじに当たったような満面の笑みで退室していった。
(おい待て。今の目配せ、完全に「山分け」の合図だったろ! 貸方・精霊石、借方・使途不明金! 監査だ! 今すぐ監査を入れろ!!)
俺の心の叫びは、悲しいかな誰にも届かない。
***
それからというもの、この「ミルマ詐欺」は日課となった。
翌日。
「ミルマ様のお肌のために、世界樹の上澄み液『ユグドラシルの雫』が必要です。10リットルほど」
ポーン『承認。生成する』
(10リットル!? 高級美容液の原液だぞ! 女王の風呂にでも入れる気か!)
3日後。
「ミルマ様の聴覚発育のために、ミスリル銀で作った音響機材が必要です。地金の提供を」
ポーン『承認。根から採掘し精製する』
(ミスリル銀の塊を50kgも!? 音響機材じゃなくて、お前らの別荘の建材にする気だろ!)
1週間後。
「ミルマ様の将来の食事トレーニングのために、幻の食材『ゴールデン・アップル』の種子が……」
ポーン『承認。』
(まだ生まれてもねえよ! 離乳食の話ですら早いわ!)
エルフたちは味を占めていた。
「ミルマ様のため」という魔法の言葉さえ唱えれば、世界樹の無尽蔵のリソースを、ポーンというATMから引き出し放題なのだ。
ルークとマリアは、そんな裏事情など知る由もない。
「皆さん、こんなに良くしてくれて……」
「エルフの方々は本当に親切だなあ」
と、毎日感動して頭を下げている。
やめろ父さん、母さん。頭を下げる相手を間違ってる。
そのエルフたちが着ているローブ、先週ポーンが出した「最高級シルク」で新調されてるぞ。
デデリゼ宰相の眼鏡、フレームがいつの間にか「オリハルコン製」になってるぞ。
俺は腹の中で、怒りを通り越して呆れていた。
(この国は腐ってる……)
世界樹という絶対的なパトロンがいるせいで、官僚も国民も「自分で稼ぐ」という感覚が麻痺している。
「世界樹から貰えばいい」。その思考停止が、骨の髄まで染み込んでいるのだ。
かつて俺が勤めていた病院にもいた。
「経費は湧いてくるもの」と勘違いして、無駄な機材ばかり買いたがる医局長。
ここはあれの国家規模バージョンだ。
(許せねえ……。俺の名前を使って私腹を肥やすとは、簿記1級のプライドにかけて許せねえ……!)
俺は決意した。
今はまだ無力な胎児だが、生まれた暁には、この国の「膿」を徹底的に絞り出してやる。
そして、この腐敗した鳥籠から、両親を連れて脱出するのだ。
そんな俺の決意を知ってか知らずか、ポーンは今日も今日とて、官僚に言われるがままに希少金属を吐き出していた。
『全てはマスター(ミルマ)のために』
その純粋すぎる忠誠心が、今はただ歯痒かった。
お前のその「愛」、完全にカモにされてるぞ、ポーン。
そして、運命の出産予定日が近づいてきた。
エルフたちが「金のなる木」の誕生を心待ちにする中、俺は着々と「産声」のシミュレーションを重ねていた。
ただ泣くんじゃない。
この国への「抗議」の声を上げてやるのだ。
(待ってろよ、税金泥棒ども。俺が生まれた瞬間が、お前らの終わりの始まりだ)
マリアの腹が、ギュルルと強く張った。
陣痛だ。
ついに、戦いのゴングが鳴る。




