EP 10
決着! マグナムと元気玉とポーン砲 ~そして伝説(黒歴史)へ~
「……おい、急げ! クソ虫(喰丸)! もっと早く食え!」
オーク撃退から数分後。
マンモス団地の前の道路では、リアン・クライン(3歳)が鬼の形相で叫んでいた。
彼の足元では、影から召喚されたワーム『喰丸』が、道路にぶちまけられた**『業務用ローション(20リットル×10缶分)』**を、必死に啜り上げている。
ジュルルルル! ズズズズッ!
「マズイ……マズイぞ……! もうすぐ本隊が戻ってくる! こんな『ヌルヌル相撲』の跡地を見られたら、どんな尋問をされるか!」
「諦めろリアン。200リットルだぞ。ダイソンでも無理だ」
俺は諦め顔で、ポーンに命じて「土魔法」でヌルヌルを埋め立てさせていた。
「あーん! 私の『滑り台』がなくなっちゃうー!」
リリスだけは、ローションの海でスケートのように滑って遊んでいる。呑気なものだ。
その時。
空からヒュンッ! という風切り音が聞こえた。
「――戻ったぞ! 団地は無事か!?」
上空から、父ルークや聖女セーラ、そしてライザ率いる騎士団が転移してきた。
さらに、その中央には――規格外のオーラを纏った男、勇者・鍵田竜と、視察に来た佐藤太郎王の姿もあった。
「……ッ!?」
リアンが凍りつく。
「お、王様まで!? 終わった……自販機確定だ……」
***
着地した大人たちは、目の前の光景に絶句した。
予想されていた「血肉飛び散る戦場」ではない。
そこにあるのは、異様にツルツルと輝くアスファルトと、なぜか生き生きと巨大化した植え込み。
そして、泥だらけで遊んでいる三人の幼児たちだけだった。
「……オークの反応が消えている?」
ルークが剣を構えながら周囲を警戒する。
「死体がない。血痕もない。……逃げたのか?」
「いや……」
勇者・鍵田竜が、地面にしゃがみ込み、アスファルトに残る「透明な粘液」を指ですくった。
「……なんだこの液体は。スライムの体液にしては……無臭で、水溶性で、保湿成分配合?」
竜の目が鋭くなる。
(……これ、俺が前世のホームセンターで品出ししてた『業務用ローション』じゃねえか?)
竜がゆっくりと顔を上げ、リリスを見た。
「リリス。……これは何だ?」
「ひぃっ!」
リアンが心臓を抑えて隠れる。
リリスはニコニコと答えた。
「えっとねパパ! オークさんが来てね、**『ツルッ!』てなって、『ドーン!』**てなって、いなくなったの!」
完璧な(擬音だけの)説明。
竜は眉間のシワを深くした。
そこへ、太郎王が近づいてきた。
「ほう? オークが転んだ? ……鍵田、お前の娘、なんかやったか?」
太郎王の視線が、リリスの足元に落ちていた**『空になったローションの缶(通販ロゴ入り)』**に向けられる。
(ヤバイ!)
俺はポーンに目配せをした。
シュッ。
ポーンが「コケたふり」をして、その缶を足で蹴り飛ばした。
缶は放物線を描き、茂みの中へ。
そこには口を開けた『喰丸』が待機しており、空中でパクりと飲み込んだ。
「ん? 今何か飛んだか?」
太郎が首をかしげる。
「い、いえ! 何も! それより陛下、オークは恐らく『突然変異種』だったのでしょう!」
俺は必死に声を上げた。
「全身からヌルヌルの汗を出す『ローション・オーク』です! 自分たちの液で滑って、恥ずかしくなって帰ったんです!」
「……ローション・オーク?」
太郎が俺を見た。
「はい! お父さんたちの騎士団が強すぎて、オークも進化がおかしくなってるんですよ、きっと!」
無理がある。あまりに無理がある嘘だ。
だが、太郎は――
「……ふっ。まあ、いいか」
あくびをした。
「被害ゼロなら文句はねえ。いちいち調査するのも面倒だしな。……セバス、今日の夕飯は『豚神屋』の大盛りだ。帰るぞ」
「は、はい! 仰せのままに!」
太郎は興味を失い、踵を返した。
この男の「面倒くさがり」な性格に、俺たちはまたしても救われたのだ。
***
だが、まだ一人の男が残っていた。
鍵田竜だ。
彼は、ボコボコになった道路(リアンの爆弾の跡)と、巨大化した植え込み(俺の仕業)を見つめている。
「……リリス」
「なあに? パパ」
竜はリリスの頭に大きな手を置いた。
「お前が無事なら、それでいい。……だが、道路が汚れてるな」
竜は立ち上がり、ポーチから一本の「ねじ回し(ドライバー)」を取り出した。
ただの工具だ。
だが、彼がそれを地面に突き立てた瞬間。
「ユニークスキル・発動」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
地面が波打った。
爆破で空いたクレーターが、自動的に埋まり、ひび割れたアスファルトが分子レベルで結合し、ローションの成分が分離・蒸発していく。
数秒後。
そこには、施工直後のように真っ平らで美しい道路が広がっていた。
「……よし。メンテナンス完了」
竜はドライバーをしまい、ニッコリと笑った。
「さあ、帰ろうかリリス。ママがカレーを作って待ってるぞ」
「わーい! カレー! カレー!」
リリスが竜に抱きつく。
その光景を、茂みの陰で見ていたリアンは、腰を抜かして震えていた。
「……あいつ、やっぱり人間じゃねえ……。道路工事を一瞬で……」
「諦めろリアン。あれが勇者だ。敵に回さなくてよかったな」
俺はリアンの肩を叩いた。
***
数日後。公園のベンチ。
俺たちは、いつものようにジュースで乾杯していた。
団地防衛戦の報酬として、リアンは通販の荷物を無事に受け取り、リリスは大量の善行ポイント(とパパからの褒美)をゲットし、俺は植物たちから感謝され、より快適なニート環境を手に入れた。
「……で、次はどうする?」
リアンがサングラス(通販)をかけながら尋ねる。
「そうだな。最近、ゴルド商会が『子供向けの怪しいお菓子』を売り出しているらしい。中に中毒性のある成分が入っているとか」
俺が植物ネットワークの情報を提示する。
「ほう? 悪徳企業か。潰し甲斐があるな(財布を抜きながら)」
リアンがニヤリと笑う。
「お菓子!? 食べたい! 没収して食べよ!」
リリスがよだれを垂らす。
「よし、決定だ。行くぞ、お悩み解決団!」
「「おー!」」
俺、ミルマ・クラウディア。
中身は元外科医、今は3歳の策士。
相棒はパラノイアの暗殺者と、ガチャ中毒の勇者の娘。
そして、最強の執事ポーン。
太郎国のカオスな日常は、まだまだ俺たちを退屈させてくれそうにない。
とりあえずの目標は――自販機にされず、ガチャで破産せず、平穏無事に大人になることだ。
(まあ、無理だろうけどな)
俺は飲み干したジュースの空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
カラン、という小気味よい音が、俺たちの明るい未来を予感させた。




