EP 2
世界樹から生まれた専属執事
目の前で起きた超常現象に、ルークとマリアは言葉を失っていた。
世界樹の根本から生まれた「それ」は、人の形をしてはいるが、明らかに人ではなかった。
全身が艶やかな硬質の樹皮で覆われ、筋肉の繊維一本一本が鋼鉄の蔦のように脈打っている。
顔には目鼻立ちがなく、緑色に発光する巨大な単眼があるだけだ。
そして何より異様なのは、その両腕。
左手は植物の銃口、右手は鋭利な杭打機。
自然の神秘というよりは、殺戮のために最適化された生物兵器そのものだった。
『個体名:ポーン。初期化完了』
『対象:胎児ミルマ・クラウディア。保護対象として登録』
ポーンから発せられたのは、木々が擦れるような音ではなく、無機質でクリアな合成音声だった。
「な、なんなんだコイツは……!?」
ルークがマリアを背に隠し、剣を構える。
元A級冒険者の勘が警鐘を鳴らしていた。コイツはヤバイ。俺が知っているモンスターの次元じゃない。
その時、森の奥から多数の気配が近づいてきた。
「世界樹様が光り輝いたぞ! 何事だ!」
「不敬な侵入者がいるやもしれん! 囲め!」
現れたのは、エルフの近衛兵団。そしてその中心に、神々しいドレスを纏った銀髪の少女――この国の支配者、女王ルナ・アナステシアがいた。
「控えよ! 人間風情が、世界樹様の前で武器を抜くとは何事か!」
兵士たちが一斉に弓を引き絞り、ルークたちに狙いを定める。
太郎国からの観光客(参拝者)とはいえ、聖域で騒ぎを起こせば国際問題だ。
だが、空気を読まずに動いたのは、ルークでも兵士でもなく――ポーンだった。
ギギィン!!
ポーンが目にも止まらぬ速さで動き、ルークとエルフ兵団の間に割って入ったのだ。
その背中は、マリア(と腹の中の俺)を完全に守るような位置取りだった。
『警告。対象への敵意ある行動を感知。武装解除を推奨。従わなければ、殲滅する』
ポーンの左腕の銃口が、あろうことか女王ルナに向けられた。
銃口の中で、圧縮された太陽光エネルギーがバチバチと音を立てる。
「なっ……ポ、ポーンよ!? なぜ人間に味方し、我らエルフに矛先を向けるのですか!?」
ルナ女王が狼狽する。
ポーンと言えば、本来はエルフを守る守護者のはず。それが女王に牙を剥くなど前代未聞だ。
『神託を受信せよ、管理者ルナ』
ポーンの単眼からホログラムのような光が投影され、空中に文字が浮かび上がる。
【最重要勅命】
1. 胎児ミルマ・クラウディアを『国賓』として遇せよ。
2. 母体であるマリアに、一切のストレスを与えるな。
3. 違反した者は、種族を問わず『肥料』とする。
「ひっ……!」
そのあまりに物騒かつ絶対的な命令に、兵士たちが青ざめる。
「肥料」という言葉が比喩ではないことを、彼らはよく知っているからだ。
ルナ女王は、震える手で胸を押さえ、恍惚とした表情を浮かべた。
「あぁ……世界樹様……! これほどまでに明確な神託は数百年ぶりです……! まさか、その人間の腹に宿った子は、世界樹様の化身……?」
ルナは即座に兵士たちへ向き直った。
「皆の者、武器を収めなさい! この方々は、世界樹様が招いたVIPです! 粗相があったら、私がこの手で処刑しますよ!」
(……展開が早い。そして極端すぎる)
マリアの羊水の中で、俺はドン引きしていた。
さっきまで殺されかけていたのに、今度は国賓扱い?
太郎国でもジェットコースターには乗ったことあるが、こんな乱高下は御免だ。
***
数十分後。
俺の両親、ルークとマリアは、世界樹の内部をくり抜いて作られた『迎賓館』のスイートルームに通されていた。
太郎国の団地住まいの二人にとって、そこは別世界だった。
壁は呼吸する天然木。家具は全て一流の職人が生きた植物を加工して作った芸術品。
窓からは美しい湖が見え、空気中には疲労回復効果のある微精霊が舞っている。
「す、すごいわねルーク……。なんだか、夢みたい」
「あぁ。太郎国の『極楽の湯』のプレミアムルームなんて目じゃないな……」
マリアはふかふかのベッド(巨大な花の雌しべ)に座り、恐縮しきっている。
だが、俺は騙されない。
元簿記1級所持者として言わせてもらえば、タダより高いものはない。
「国賓待遇」ということは、それ相応の「政治的利用価値」を見出されたということだ。
(俺という「人質」を使って、太郎国から関税撤廃とか引き出す気か? それとも、俺をエルフの広告塔にする気か?)
俺が腹の中で警戒心を強めていると、部屋の隅で「異物」が動いた。
『室温24度、湿度50%に調整。空気清浄、完了』
ポーンだ。
コイツ、部屋までついてきやがった。
部屋の入り口に仁王立ちし、まるで監視カメラのように単眼を光らせている。
「あー……ポーン様? もう大丈夫ですので、下がって休んで頂いても……」
ルークが気を遣って声をかける。
太郎国のサラリーマン的な処世術だ。
しかし、ポーンは首を回し、ルークをギロリと睨んだ。
『否。私は対象の専属。片時も離れない。排泄時も、睡眠時もだ』
「えぇ……」
『父親ルークに警告。心拍数の上昇を検知。貴様の動揺は母体に伝播し、胎児のストレスとなる。深呼吸をして落ち着け。さもなくば、強制的に眠らせる(物理)』
右手のパイルバンカーがガシャっと音を立てる。
「物理で眠らせる」の意味が、「永眠」にしか聞こえない。
ルークは引きつった笑顔で「スゥー、ハァー」と深呼吸を始めた。
A級冒険者が、ただの植物人形に脅されている。
だが、ルークの直感は正しい。コイツには「情」も「常識」も通じない。
あるのは「ミルマ最優先」というプログラムだけだ。
(……詰んだな)
俺はへその緒を弄りながらため息をついた。
これから生まれるまでの数ヶ月、そして生まれてからも、この「過保護な殺戮兵器」と24時間一緒なのか。
プライバシー? ゼロだ。
自由? 皆無だ。
ただ、物理的な安全性だけは、太郎国の核シェルター並みに保証されている。
(まあいい。今は情報収集だ。エルフたちが俺をどう利用しようとしているのか、腹の中からじっくり監査してやる)
その時、コンコンとドアがノックされた。
入ってきたのは、眼鏡をかけた知的な女性エルフ。
手にはタブレット端末(太郎国製の魔導通信機)を持っている。
「失礼いたします。宰相のデデリゼです。今後の……『養育費』について、ご相談に上がりました」
養育費。
その言葉に、俺の経理魂がピクリと反応した。
(来たな。請求書か? それとも予算のぶんどりか?)
胎児探偵ミルマの、最初のお仕事が始まろうとしていた。




