EP 2
植物ネットワークと「影の清掃人」
「1ポイント、ゲーーーット!」
団地から公園へと続く歩道で、リリスが高らかに勝利宣言をした。
彼女の手には、道端に落ちていたタバコの吸殻(銘柄はキャスター・マイルド)が握られている。
「すごいわミルマくん! この道、お宝の山よ!」
「……そうだな。国の衛生観念としては嘆かわしいが、お前の財布には優しい道だ」
俺は呆れながら、リリスの後ろを歩いていた。
俺の横には、周囲を威圧しないよう「ただの木製執事人形」に擬態したポーンが付き従っている。
タロー・シティの街並みは、前世の日本とファンタジーが7:3で混ざり合ったような独特の景観だ。
自動販売機(冷却魔法式)が並ぶ横を、冒険者が歩き、コンビニの駐車場にはロックバイソンが繋がれている。
「着いたわ! ここが噂の『第3公園』よ!」
リリスが指差した先には、ブランコ、滑り台、そして大きな砂場がある、ごく普通の公園があった。
だが、俺のスキル『植物愛』は、この場所から漂う「異質な気配」を敏感に察知していた。
(……空気が、張り詰めている)
公園の植栽、花壇の花々、そして木々。
それら全てが、何かに怯えるように息を潜めているのだ。
俺はリリスが「砂場の異物除去作業(宝探し)」に夢中になっている間に、公園の奥にある欅の木に手を触れた。
「……なぁ。何があった?」
俺が念じると、欅の木が待ってましたとばかりに情報を流し込んできた。
『あ、ミルマ様だ! 聞いてよミルマ様!』
『昨日の夜も来たの! **「金色の悪魔」**が!』
『黒いニョロニョロも一緒!』
植物たちの悲鳴に近い報告が、脳内に響く。
『夜中にね、悪いおじさんたちが「人攫い」の話をしてたの』
『そしたら、暗闇から「小さい人形」が飛んできて、プスッて!』
『おじさんたち、バタリって倒れて……そのあと、金色の男の子が来て……』
『――「処理」しちゃったの』
俺は眉をひそめた。
「処理? 殺したのか?」
『ううん、もっと怖いよ。「黒いニョロニョロ」が出てきて、おじさんたちをムシャムシャって……服も、剣も、血の一滴まで全部!』
『あとには何も残らないの。だから誰も気づかないの』
(……完全な証拠隠滅か)
俺は背筋が寒くなるのを感じた。
死体を隠すのではなく、消滅させる。
それをやってのけているのが、植物たちの証言によれば「金色の髪をした、俺と同じくらいの幼児」だという。
「ミルマくーん! 錆びた釘を見つけたわ! 5ポイントよ!」
砂場からリリスの無邪気な声が聞こえる。
この光と闇のギャップよ。
俺は視線を、公園の端にある古びたベンチに向けた。
一見なんの変哲もないベンチだが、そこだけ植物たちが寄り付こうとしていない。
『あそこには座っちゃダメ。……「聞かれている」から』
欅の木が震えながら警告した。
(盗聴器か……。なるほど、ここが奴の狩場というわけか)
俺はポーンに目配せをした。
ポーンは小さく頷き、目立たないようベンチの下に「蔦の種子」を弾き飛ばした。
俺の目となり耳となる、生きた監視カメラの設置だ。
「リリス、そろそろ帰ろう。今日は『ポイント2倍デー(マリアの手作りおやつ)』だぞ」
「えっ!? ママさんのプリン!? 帰る! 全力で帰る!」
俺たちは公園を後にした。
だが、俺の意識はすでに、今夜訪れるであろう「掃除の時間」に向けられていた。
***
その日の深夜。
俺は自室のベッドで、狸寝入りをしていた。
隣の部屋では両親の寝息が聞こえる。ポーンはベッドの脇でスリープモード(に見せかけた警戒モード)に入っている。
(……リンク開始)
俺は意識を集中し、昼間公園に設置した「種子」と感覚を同期させた。
視界が切り替わる。
月明かりに照らされた、無人の公園。
そこに、足音が近づいてきた。
「へっへっへ……ここか? 噂の『悩み解決ベンチ』ってのは」
現れたのは、粗暴な男たち三人組だった。手にはバールやハンマーを持っている。
いかにもチンピラといった風情だ。
「このベンチの下に『お宝』が埋まってるって噂だぜ」
「壊して掘り返せば大儲けだ!」
(……質の悪いガセネタを掴まされた泥棒か。あるいは、奴をおびき出す餌か?)
男がバールを振り上げた、その瞬間だった。
ヒュンッ!
風を切る音と共に、闇の中から「何か」が飛来した。
それは、30センチほどの……人形?
『――排除開始』
無機質な声(録音?)と共に、人形の腕から「針」が射出された。
「あぐっ!?」
「な、なんだ!?」
針が首筋に刺さった男たちが、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
即効性の麻酔薬。それも、致死量ギリギリの劇薬だ。
「て、テメェ何だ!? どこにいやがる!」
最後の一人が腰のナイフを抜いて喚く。
だが、彼の背後にはすでに、もう一体の人形――弓を持ったドワーフ製の人形が音もなく立っていた。
ドスッ。
鈍い音。
男の頸動脈に、正確無比な手刀(あるいは刃物)が入った。
プロの仕事だ。迷いも、無駄もない。
静寂が戻った公園に、茂みがガサリと揺れた。
そこから姿を現したのは――俺の予想通り、3歳くらいの金髪の少年だった。
仕立ての良い貴族の服を着ているが、その目は冷徹な殺し屋のそれだ。
彼は倒れた男たちを見下ろし、吐き捨てるように呟いた。
「……チッ。ただの野盗か。太郎国の治安も当てにならねえな」
その声。その口調。
そして何より、彼が懐から取り出した「黒い芋虫」に向けた言葉が、俺の疑惑を確信に変えた。
「ほら、喰丸。夜食の時間だ。……一本たりとも残すなよ。痕跡が残ったら、俺が『自動販売機』にされちまうからな」
(……は?)
俺の植物越しの聴覚が、奇妙な単語を拾った。
自動販売機?
なんで暗殺がバレたら自販機になるんだ?
少年――リアン・クラインは、芋虫が男たち(と装備品)をバリバリと咀嚼する音を聞きながら、ブツブツと独り言を続けている。
「ネット通販の履歴……よし、消去済み。マグナギアの回収……完了。ふぅ、今日もバレずに済んだ。……危ない危ない。太郎王に見つかったら、一生100円を入れてジュースを出すだけの生体パーツに改造されるところだ……」
(……こいつ、とんでもない勘違い野郎だ)
俺はベッドの上で、思わず吹き出しそうになった。
「自動販売機への改造」なんて刑罰、この国にはない。
そもそも太郎王は、そんな面倒なことをする性格じゃない。ラーメン食って寝てるだけだ。
だが、同時に理解した。
「ネット通販」「自動販売機への恐怖」。
こいつは間違いなく「転生者」だ。それも、前世の日本知識を持った。
芋虫が全てを平らげ、公園は何事もなかったかのように綺麗になった。
リアンは満足げに頷き、闇へと消えていった。
リンクを解除した俺は、天井を見上げてニヤリと笑った。
(見つけたぞ、同類。しかも、かなり使い勝手の良さそうな『被害妄想持ち』だ)
隣のポーンが、俺の思考を読み取って単眼を光らせる。
『マスター。対象の危険度を判定しますか?』
「ああ。危険だが……面白い。明日、もう一度公園に行くぞ」
俺は枕元の観葉植物に、明日の作戦を囁いた。
「リリスも連れて行く。……『お友達』になりに行こうぜ」
最強の幼児たちが出会うまで、あと半日。
公園のベンチが、歴史の転換点(カオスな日常の始まり)になろうとしていた。




