第二章 何でもお助け探偵団
団地妻マリアと、ガチャ狂いの幼馴染
エルフの国を「亡命」してから3年の月日が流れた。
かつてマンルシア大陸の辺境だったその土地は、今や世界最大の軍事経済国家『太郎国』として、異様なほどの発展を遂げていた。
高層ビルが立ち並び、アスファルトの道路を魔導バスが走り、夜になればネオンが輝く。
ファンタジー世界の住人が見れば腰を抜かすであろうこの景色も、元日本人の俺、ミルマ・クラウディア(3歳)にとっては「懐かしい日常」でしかなかった。
「行ってきます、ミルマ。ポーンの言うことをよく聞くんだぞ」
「行ってきますね、ミルマちゃん。冷蔵庫にプリンがあるからね」
玄関先で、父ルークと母マリアが手を振る。
ルークは国防軍の騎士団へ、マリアは王立セーラ治療院へ。
エルフ国では「VIP待遇(という名の監禁)」だった二人は、ここではイチ市民として額に汗して働いている。
「ああ、行ってらっしゃい。戸締まりは任せて」
俺は3歳児らしからぬ落ち着いた口調で送り出した。
今の俺は、言葉も流暢に話せるし、箸も使える。
両親は最初こそ「うちの子、天才すぎて怖い」と震えていたが、最近は「まあ、ミルマだしね」と順応してくれた。人間の適応能力とは素晴らしいものだ。
ガチャリ。
鉄製の重いドアが閉まり、静寂が訪れる。
俺たちが住んでいるのは、首都タロー・シティの一角にある巨大集合住宅、通称『マンモス団地』の11号棟。
3LDK、南向き、日当たり良好。
家賃はルークの給料の2割程度で、福利厚生も手厚い。
「ふぅ……。さて、今日も平和なニート生活を謳歌するか」
俺はリビングのソファ(ポーンが出した植物製ではなく、ニトリ風の布製)に深く座り込んだ。
横には、エプロン姿のポーンが紅茶を淹れて待機している。
『マスター。本日の予定は?』
「午前中は株式市場のチェック。午後は昼寝だ。……と言いたいところだが」
俺は壁の向こう、隣の棟の方角を見た。
来るぞ。
あいつが。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!
チャイムが連打される。
この遠慮のなさ。間違いない。
ポーンが解錠すると、嵐のように小さな影が飛び込んできた。
「ミルマくん! ミルマくん! 見て見てーっ!!」
現れたのは、天使のような愛らしさと、泥だらけの長靴というミスマッチな格好をした3歳の少女。
黒髪のツインテールに、大きな瞳。
この国の英雄『勇者・鍵田竜』と『聖女・セーラ』の一人娘、リリス・カギタだ。
「……おはよう、リリス。また朝からドブ臭いな」
「失礼ね! これは努力の勲章なんだから!」
リリスは鼻の頭についた泥を拭いもせず、興奮気味に自分の腕についたブレスレット(魔道具)を見せつけてきた。
「見て! 今朝、団地の裏のドブ掃除を完璧にこなして、50KP(善行ポイント)ゲットしたの! これでやっと100ポイント貯まったわ!」
彼女の瞳孔が開いている。
完全にキマっている目だ。
「……で、また回すのか? その怪しいガチャを」
「当然でしょ! 今日の私の『運命力』は最高潮なの! パパの星座占いも1位だったし!」
リリスはリビングの中央に陣取ると、ブレスレットに魔力を込めた。
ユニークスキル『ランダムボックス』発動。
「お願い神様! 来て! ウルトラ・スーパー・レア!!」
虚空に巨大なガチャポンマシーンの幻影が現れ、リリスのポイントが吸い込まれていく。
ゴゴゴゴゴ……という重厚な回転音。
そして、コロンとカプセルが出てきた。
カプセルの色は――銀色(SR)。
「おっ! 銀だ! 悪くないんじゃないか?」
俺が身を乗り出す。
リリスが震える手でカプセルを開ける。
中から出てきたのは――
『最高級・亀の子束子 ~職人の手編み仕様~』
「…………」
リリスの手から、タワシがポロリと落ちた。
俺とポーンは顔を見合わせた。
「……まあ、なんだ。掃除が捗って、またポイントが貯まるじゃないか」
俺の慰めに、リリスはその場に崩れ落ちた。
「違うのぉぉぉぉ! 私が欲しいのは『プリキュアの変身コンパクト』なのぉぉぉ! なんでタワシなのよぉぉぉ!」
床を転げ回ってギャン泣きする勇者の娘。
ポーンが無言でタワシを拾い上げ、キュキュッと音を立てて検品する。
『品質良好。市場価格800円相当。リリス様、損はしていません』
「うるさいわねこの木偶の坊! あんたの頭を磨いてやろうか!」
リリスはひとしきり暴れると、スッキリした顔で立ち上がり、ポーンが出したクッキーをバリバリと食べ始めた。
メンタルが強すぎる。さすが勇者の遺伝子だ。
「で、ミルマくんは何してたの? また植物とお話?」
口の周りをクッキーの粉だらけにして、リリスが尋ねる。
「ああ。情報収集だ。この国は平和に見えて、裏じゃ色々あるからな」
俺は窓際の観葉植物に手を触れた。
スキル『植物愛』。
俺のネットワークは、今や団地周辺だけでなく、タロー・シティ全域の街路樹にまで広がっている。
植物たちは、その前を通る人々の会話、密会、犯罪の匂いを全て記憶し、俺に教えてくれるのだ。
『ミルマ様~、聞いて聞いて~』
パキラが葉を震わせて報告してくる。
『3号棟のタナカさんがね、ヘソクリを植木鉢の下に隠したよ~』
「(どうでもいいな)」
『商店街の裏で、酔っ払いがお花を踏んだの。痛かった~』
「(後でポーンに肥料を撒かせよう)」
『あとね、最近、「夜の公園」が怖いの』
俺の眉がピクリと動いた。
「……怖い?」
『うん。夜になるとね、金色の髪をした男の子が来るの。その子が来ると、悪い人たちが「消えちゃう」んだよ』
「消える?」
『うん。いなくなっちゃうの。血の匂いがするんだけど、すぐに匂いもしなくなるの。……大きな芋虫さんが、ムシャムシャ食べちゃうから』
俺はパキラから手を離した。
背筋に冷たいものが走る。
金髪の男の子。
悪い人間を消す。
巨大な芋虫。
「……なんだそりゃ。都市伝説にしては具体的すぎるな」
「どうしたの? 怖い顔して」
リリスがタワシを握りしめたまま首を傾げる。
「いや……ご近所に、ちょっと面白い『掃除屋さん』がいるみたいだ」
俺は窓の外、街外れにある公園の方角を見た。
リリスの「ドブ掃除」とはわけが違う、社会のゴミを処理する掃除屋。
(金髪の子供……まさかな。俺以外にも、こんなマセたガキがいるのか?)
「ねえリリス。今日のお昼、公園に行かないか?」
「公園? いいよ! ゴミ拾いしてポイント稼ぐ!」
俺はポーンに目配せをした。
ポーンが静かに頷き、右腕のパイルバンカーを「外出モード(偽装用カバー装着)」に切り替える。
平穏な団地生活。
その裏側で蠢く「同類」の気配。
俺のニート生活を脅かす存在なら、早めに摘んでおかねばならない。
「よし、行こうぜ。……新しいお友達に会えるかもしれない」
俺は不敵に笑い、リリスの手を引いて玄関を出た。
その先に、運命の(そしてカオスな)出会いが待っているとも知らずに。
次回、公園のベンチで待ち受ける「パラノイア幼児」との遭遇戦。




